見返りは用意してもらうぞ
「そうだね。私はジラール男爵を特別な存在だと思っている。それは間違いないよ」
セラビミアがついに言ってしまった。
しかも嫁の前で。
ユリアンヌとアデーレが暴れるんじゃないかと心配になって顔を見るが、ニコニコと笑っているだけである。
怒りを抑えている感じでもない。事前に予想されていたのかもしれない。
「やはりそうだったんですね」
納得した顔をしたイングリッド令嬢が話を続ける。
「では、そんな大切な人と私を引き合わせた理由をお聞きしてもよろしいですか?」
セラビミアが決闘を利用してイングリッド令嬢と俺を引き合わせたと考えたんだろう。
勘が鋭い。
いや、この場合は頭が回ると言った方が良いのかもしれない。少しだけ警戒度が上がる。
「イングリッド令嬢がやろうとしていることに協力してもらおうと思ったんだ」
「私がやろうとしていること? 何のことを言われているんですか?」
自然な演技だ。本当に何も分かっていないように見える。
ゲームの知識がなければ騙されていただろう。
「ヴァンパイアのメルートを使った王子誘拐事件」
イングリッド令嬢はローテーブルを叩いた。
バンと乾いた音が聞こえる。
すました顔をずっとしていたがようやく崩れた。
怒りや焦りといった感情が表に出ている。
「それは私たちだけの秘密では!?」
「君の計画にはジラール男爵の協力が必要だから教えたんだよ。そのぐらい分かってくれないかな」
相手を見下すような目をしながらセラビミアは笑みを浮かべていた。
イングリッド令嬢にまったく興味がないのだろう。他よりかは多少使える道具ぐらいの価値しか感じてなさそうだ。
圧倒的な強者であるからこそ出てしまう、傲慢な態度だ。
「協力? どういうことですか?」
「今から説明するよ。慌てないでくれるかな」
「ふぅ……わかりました。大人しくするので教えてもらえないでしょうか」
セラビミアとの話し合いに負けてしまったイングリッド令嬢は俺を睨みつける。
悪いが何も知らない。
話すのは俺じゃなく勇者様である。
「王子の誘拐が終わった後、安全に生活できる場所の提供、かな。どう? できるよね?」
なんで俺の代わりにセラビミアが答えるんだよ。
そりゃぁ、可能か不可能かといわれれば可能ではある。
アラクネの集落に押し込めば数年は匿ってやれるし、何かあれば二人とも魔物のエサにすれば隠滅して逃げ切れる。
ヴァンパイアの体を手に入れるためだと思えば、適正なリスクだと考えても良いだろう。
「できるが、見返りは用意してもらうぞ」
「何が欲しいので?」
「イングリッド令嬢が持ち出せる金のすべて。それとメルートの身柄だ。生きたまま渡して欲しい」
「ムリな話ではありませんね……」
顎に手を当てて考え出した。
誘拐の計画は入念にしても、その後の生活については深く考えてなかったんだろうな。今さら計画を練り直している。
「誘拐後の生活は、どこまで面倒を見ていただけるのでしょうか?」
「アラクネが住んでいる集落になるから贅沢はできんが、住む場所と当面の安全、そして食事の面倒は見る」
どうせ後で分かってしまうことなので、ジラール領に魔族とも言われる種族がいることを伝えた。
騒ぎ立てるようであれば話は終了だ。
別の方法でメルートを手に入れるだけである。
「魔族の集落……逃げるにはちょうどいい? でも不便な生活は……」
選べる立場ではないのだが、イングリッド令嬢は悩んでいるようだ。
見かねたセラビミアが助言をする。
「王子が攫われたとなれば国中を上げた捜査になる。人間が住むような街や村だと、遅かれ早かれ必ず見つかってしまうよ。どのような選択をするかは任せるけど、普通の生活はできないと思った方が良い」
「そうかもしれませんが、自信がないのです」
「でしたら王子を諦める?」
「ダメです。それはできません。他の女に取られるぐらいなら殺します」
先ほどまで知的な発言をしていた人物と同じだとは思えない。
言葉に強い執着心を孕んでいて、理性は吹き飛んでいるように見える。
何をするか分からない人間特有の空気感というのを持っていた。
「そこまで愛している男と一緒に住めるんだから、アラクネの集落に住むぐらい許容しなきゃ」
「……そう考えると問題はないですね」
いや、あるだろ!!
令嬢が一人で選択や料理ができると思っているのか!
「しかも逃げようとしても逃げ場はない。安心して王子様を軟禁できる。結構、良い条件だと思わない?」
「確かに! セラビミア様のお話は勉強になります!」
危ない方向に会話が進んでいる。
止めようと思ったら、背中をツンツンと横っ腹をユリアンヌが指で押していた。
「どうした?」
会話の邪魔にならないよう小声で聞く。
「王子の誘拐って本気なんですか?」
「セラビミアが関わっているんだ。本気なのは間違いない」
ゲームの情報を知らないユリアンヌの顔が真っ青になった。
まさか国家を揺るがすような犯罪に巻き込まれるとは思わなかったようだな。
俺だって同じだ。
「旦那様……その、大丈夫なのでしょうか?」
「失敗しても俺たちは無関係を貫き通せる。問題はない」
「ですが……」
俺が行ったところでユリアンヌの心配は止まらない。
顔色は悪いままだ。
そんな状況を察したセラビミアは、イングリッド令嬢との会話を切り上げてこちらを見る。
「この国を滅ぼしてもジラール男爵たちは守ってあげるから安心して」
より物騒なことを言いやがった……。




