ぶっ殺す!!
「無駄口叩いてないで、さっさとこいよ」
「ぶっ殺す!!」
片腕が使えなくなっても心は折れていないようで、無防備にも走ってきた。
タイミングを合わせてヴァンパイア・ソードを振り下ろす。
精神体を真っ二つにできるタイミングだ。
避けるのは不可能だと思っていたのだが、
『シャドウ・ウォーク』
ジャックが魔法を使って移動しやがった。
俺が愛用している魔法ということもあって、考えなくても狙いはわかる。
振り返りながら床を見ると、ジャックの姿があった。
影から肩ぐらいまでが浮かび上がっている。
一瞬だけ目があう。
「あッ」
蹴りを放つと顎に当たって影から引きずり出される。
勢いよく吹き飛ぶと、ゴロゴロと白い床を転がっていく。
止まったのと同時にヴァンパイア・ソードを投擲した。
「グフッ」
腹に突き突き刺さったようで、ジャックは苦しみながら刀身を握る。
抜き取ろうとしているのだ。
俺はその姿を眺めているだけ。
追撃はしない。
ジャックはヴァンパイア・ソードを抜き取り、手に持つと立ち上がった。
「はぁ、はぁ……」
肉体なんて持ってないのに肩で息をしている。
かなりのダメージを受けているらしく精神体は薄くなっていて、今にも消えてしまいそうだ。
「降参するなら、生かしてやるが。どうする?」
「ふざけるなッ! 俺の体だぞ!」
「違う。もう、俺のものだ」
残念だったな。
昔のジャックを覚えているヤツなんて誰もいない。
俺のために全てをよこせ。
「人間関係、立場、評判、その他すべてが俺が作った。誰も、お前のことなんて覚えてないぞ」
心を折るには充分な充分な言葉だったようだ。
この部屋から、俺がやってきたことを見ていたであろうジャックは反論できない。
ヴァンパイア・ソードを手放すと、カランと音がなって床に転がった。
怒りの感情は消えているようで、泣きそうな顔をしている。
完全に戦意喪失したようだ。
「みんな、中身が入れ替わったことに気づかない。いや、気づいているが何も言わない」
少なくともルミエやケヴィン辺りは変化を察しているだろう。
俺の行動に疑問を覚えることもあっただろうが、昔よりも領地が良くなっているから指摘しないのだ。
変なことを言ってしまい、また浪費がひどい領主になったら困るだろうからな。
「賞賛されるのは、いつもお前だ。誰も俺のことを見てくれない」
ジャックが憔悴したような声で呟いた。
お前は他人を利用し、尊厳を踏みにじってきたのだから、当然の結果だろ。
なぜ怠惰な自分を受け入れてもらい、褒められると思っていたんだよ。
「どうしてだ。どうしてなんだよ!」
ついに膝をついて、涙をボロボロと流してしまった。
アデーレやユリアンヌと結婚すると決める前だったら、体を奪った罪悪感を覚えたかもしれないが、今は違う。
哀れだなとは思うが、体を譲ってやろうなんて思わない。
これは生存を賭けた戦いなのだ。
弱い方が負け、全てを奪われる。
そういうルールなんだよ。
「運がなかったな」
まあ、俺が体を乗っ取らなくても、ジラール領は疲弊していて崩壊寸前だったので、長くは持たなかっただろうけど。
デュラーク男爵の策略にハメられて殺されていたはず。
「運がないだとッ! 俺は悪いことなんてなにもしていないのに! 神は見捨てたのかッ!」
こいつ、領民を搾取している自覚はなかったようだ。
ジャックが贅沢な暮らしをしている裏で、領民が重税や賄賂によって搾取され、悲惨な生活をしていたことに気づいていない。
「自分の手で運命を切り開こうとしない者に、神は振り向いてくれないぞ」
「奪い取ろうとしているお前が言うなッ!!」
ヴァンパイア・ソードを持ちながら、ジャックはゆっくりと立ち上がる。
涙を拭いて、眉を釣り上げながら俺を見た。
面倒だな。
早く心折れろよ。
「お前は今までずっと、領民から奪ってきたんだ。奪われても仕方がないだろ?」
「平民と貴族の俺では価値が違う! 同じように語るなッ!」
選民思想に支配されているな。
貴族である自分たちは特別な存在だと言いやがった。
その思い上がった態度が原因で、破滅の道を進んでいたなんて気づけてないんだろうな。
改めてお互いにわかり合うことの難しさを感じた。
「だったら、俺に勝ってみろよ。特別な存在なんだろ?」
「…………」
煽ってみたがジャックは睨みつけるだけだった。
精神体が消えかかって、体が動かしにくいのだろう。
俺も一度体験したからわかるぞ。
「反応がないとつまらん。そろそろ消えてもらおう」
数歩前に進むと、ジャックの頬がピクリと動いた気がした。
何を企んでいる?
体はまともに動かせないだろうに。
警戒しながらもさらに近づく。
ジャックの口が動いた。
『シャドウ・バインド』
俺の影が伸びて足や腕を拘束した。
狙いは魔法だったか。
ジャックはヴァンパイア・ソードを前に出すと、ゆっくりと近づいてくる。
動きは緩やかで普段であれば簡単に避けられただろう。
しかし、拘束されている今は無理だ。
このままだと胸を刺されてしまう。
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