こいつ、どうしようか?
「な、なにを……」
最後まで言葉は出なかった。
視点が体から離れて天井付近に移動し、部屋全体を俯瞰して見られるようになる。
まるで幽体離脱したような感覚だ。
「さっきの尋問で、ジラール男爵が無罪だとわかった」
画面越しからレックスの姿を見ているように感じる。
反応したいが、体がいうことを聞かない。
いや、操作する権限がないと言われて、抵抗されているようだ。
「だから次の用事に入ろう。君の眠っている才能を引き出してあげるから、俺の協力者になるんだ」
なんとジャックは勝手に首を縦に振り、笑い出した。
どういうことだ? 何が起こっている!? もしかして俺は体から弾き飛ばされて、本来のジャックが目覚めたのか?
次第に意識が薄れていき、死という言葉が思考の大半を埋め尽くす。
戻ろうとしても変化はないし、諦めるしかないのか!?
せっかく第二の人生を謳歌していたというのに!
過去の失敗を糧にして二人を大切にしたかったが、本来のジャックに戻ってしまえば、それはできない。
結局、俺は全てを奪われて終わるのか……。
『―――――』
女の声が聞こえたような気がした。
言葉はわからないが、激しい感情だけは伝わってくる。
怒っているのだろうか。
諦めるなと励ましてくれているのかもしれんが、どうしようもないのだ。
体とのつながりが、さらに薄くなっていき離れていく。
もう自分の力だけでは抵抗ができない。
「いたッ」
ジャックが顔を歪めると、右手の甲を見た。
呪いの象徴として刻み込まれていた模様が光っている。
さらに変化は続く。
なんと、ヴァンパイア・ソードから人の姿が浮かび上がった。
闇をまとったような真っ黒な長い髪と、血のような赤い目をした女である。
真っ白いワンピースを着ており、姿が透けているので幽霊みたいだ。
恐ろしいほど美しい瞳で俺を見ている。
『私はお前だから使わせてやっているんだ。早く戻れ』
異性を魅了させる艶のある声だ。
返事をしようと口を開こうとしたが、精神だけでは何もできずに終わる。
相手も同じ精神体みたいに見えるのに、なぜあの女は話せ――。
「どうしたんだい?」
気がついたら目の前にレックスがいた。
部屋に充満している甘い香り、右手の甲がジンジンと痛む感覚、体を奪われかけた怒りに鼓動して荒れ狂う魔力。
その他すべての感覚が、戻ってこれたと実感させてくれる。
「いえ、何でもありません」
ずっと握手していたので離すと、ヴァンパイア・ソードを軽く叩く。
感謝の気持ちを伝えたからなのか、手の甲の痛みは消え去った。
「ふーん。何でもないねぇ」
異変に気づいたようで、レックスの目は細くなり、睨んでくる。
先ほど俺の精神が体から離れたのは、こいつが原因なのだろうか。
決定的な証拠がないので確信はもてないが、握手がきっかけと言うことであれば、肌が接触する回数は減らすべきだろう。
可能であれば、ゼロにしたい。
「本当に?」
「はい。勇者様に嘘をつく理由はございません」
じっと見つめられてから、ふと、レックスは視線を外した。
俺への興味を失ったみたいで、ソファの背もたれによりかかると、女戦士を見た。
「こいつ、どうしようか?」
「レックス様の好きにすれば良いかと」
「犯人じゃないとわかったし、俺に反抗的だ。もうどうでもいいんだよね。殺しておく?」
「後処理がご面倒でなれば」
なんていう会話を本人の目の前でしているんだよ!
殺すなんて結論が出たら、さすがに抵抗するぞ。
勝てるかはわからんが逃げるぐらいはできるかもしれない。
いや、しなければダメだ。
気づかれないようにゆっくりと右手を動かし、ヴァンパイア・ソードの柄に手を当てる。
「目障りな男を殺せ」
レックスが命令すると女戦士が飛び出す。
剣を抜いて俺の首を刈り取ろうとしてきたので、ヴァンパイア・ソードで受け止める。
ギリギリとお互いの刀身から音をだしながら、押し合いを始めた。
魔力貯蔵の臓器を全て解放して、身体能力を強化しているのだが、力は互角のようだ。
この女、強い。
「田舎男爵のクセになかなかやるな」
ソファに座りながら、力比べを眺めているレックスが言った。
どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって!
「室内で剣を抜くとは、勇者様の従者は躾がなってませんね」
嗤ってやるとレックスではなく、目の前にいる女戦士がキレた。
「レックス様をバカにするなぁぁぁぁ!!」
一気に圧力が増して吹き飛ばされてしまう。
体勢を整えて着地して追撃に備える。
「死ねぇぇ!!」
剣を振り下ろす速度はすばらしいが、太刀筋は素直だ。
どこを狙っているかなんて、目をつぶっていてもわかる。
ヴァンパイア・ソードで容易に受け流せた。
反撃として蹴りを放つと、動けない女戦士の腹に当たって吹き飛ぶ。
狙い通り、レックスに当たるコースだったんだが、座ったまま抱きしめやがった。
「女性に優しくしないと、モテないよ?」
レックスは余裕たっぷりに立ち上がると、女戦士をおろした。
「俺は何もしなくても女は寄ってくるぜ。ったく、モテない男はやらなきゃいけないことが多くて大変だな」
馬鹿にしてやると、ようやくレックスから笑みが消えた。
頭に血が上っているようで顔が真っ赤だ。
「お前はこの手で殺してやるッ!」
女戦士の剣を奪い取った。
切っ先を俺に向けると同時に、部屋の窓ガラスが割れる。
戦いを中断して異変があった方を見ると……。
「やぁ、楽しそうなことをしているね」
アラクネの集落にいるはずのセラビミアがいた。
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