不思議な生態系だ
「彼らが、あなたたちの悩みを解決してくれる」
「……本当か?」
ドライアドの言葉を聞いて、疑わしそうな目でアラクネが俺を見てきた。
敵意は感じないが、信用していないといった感じだろう。
少しだけ、体中にねっとりと絡みつくような視線だったのが気になったが、今は指摘するタイミングではない。
「ドライアドからは何も聞いていない。内容次第では、解決できんぞ」
交易はしたい。
アラクネの糸を使った布は売りさばきたいし、俺の普段着や寝巻きにも使いたい。
しかしだな、詳細が分からない状況で約束などできないのだ。
「ったく、何も話してないとはどういうことだ?」
何故か少しだけ、アラクネの表情は柔らかくなったようだ。
質問されたドライアドは頬を膨らませると、俺の後ろに回り込む。
盾に使うなよ!
「彼はアノ人と似ているし、素敵な目をしている。信じて、大丈夫」
アノ人とは初代ジラールのことで、似ているからといって無条件で信用してしまうあたり、奴隷の首輪を付けられただけはあるな。
信じやすいというか、無邪気なんだろう。
精霊というのは危うい存在だと感じさせる。
「説明になっていないぞ……」
ため息を吐いたアラクネは再び俺を見る。
ドライアドとの会話を諦めたようだな。
「外部に話すことではないのだが……我々に残された時間は少ない。ドライアドの推薦もあることだし、概要だけ伝えてやる。それで、受けるか、受けないか決めろ」
「わかった。話してくれ」
会ったばかりの俺に言える内容なのだから、そこまで深刻ではないんだろう。
そんなことを考えながら返事をした。
「アラクネは、女性しか生まれないと知っているか?」
ゲームに登場したアラクネは女だけだったのだが、そんな理由があったのか!
女好きのセラビミアがニヤニヤと気持ち悪い顔をしながら、設定を考えている姿が思い浮かんだ。
「初めて聞いた」
「そうか。なら、子孫を残すのに他の種族が必要というのも知らんな?」
「だな。何ともいび……いや、不思議な生態系だ」
歪と言いそうになって、慌てて言い換えた。
流石に相手の気分を害するだろうと思ったからだ。
交易が決まるまでは多少の気はつかうべきだろう。
「私としては、男がいる種族の方が違和感ある……まあ、いい」
首を小さく横に振ってから、アラクネが話を続ける。
「昔は他種族との交流もあったのだが、三百年ぐらい前を最後に途絶えてしまった」
百年単位で子供が生まれなければ、全員老婆となって全滅しているはず。
目の前にいる白いアラクネは二十代前半に見えるし、エルフと同様に歳を取るスピードが人間とは違うのだろう。
間違いなく俺より年上だな。
「そろそろ男を手に入れないと、集落が維持できん」
「昔、交流していた種族と交渉はできないのか?」
「三百年前に魔物に滅ぼされてしまった。たまに森に迷い込む男がいたので集落で囲っていたが、最近は探しても見つからないな」
昔から、たまに第四村の狩人が森で行方不明になる事件があった。
魔物に殺されたと思っていたのだが、一部はアラクネに捕まっていたかもしれない。
証拠なんて残ってないから想像でしかないのだが、可能性としては充分にあるだろう。
「概要は把握した。アラクネは男を欲しがっているで、あっているか?」
「その通りだ。なんなら、お前でも良いぞ。一年ほど過ごしてくれれば、数人の子供は生まれるだろう」
アラクネの目がギラリと怪しく光ったような気がした。
女に狙われるという体験が初めてだったこともあり、悪寒を感じて一歩後ずさる。
代わりにといっていいのか悩むが、アデーレとユリアンヌが前に出た。
「旦那様は婚約者である私がいます。手を出すのは許しませんっ!」
「ぽっと出にジャック様は渡さない」
二人とも魔力に殺気を乗せてアラクネを威嚇している。
俺は友好的な関係を築きたいのだが……。
「子種なんて寝て起きれば復活するんだし、交代制で使えば別に良いだろ?」
アラクネは何で怒っているのか分かっていないようだ。
女ばかりの種族だから、男は共有財産という認識のようだ。
異文化というのは、こういうことを言うのだろう。
アラクネに囲われていた男は、最後の一滴まで絞り出されて死んだことだろう。
恐ろしい話である……。
「よくありませんっ!」
「ダメです」
ユリアンヌとアデーレが同時に否定した。
こういうときは息がぴったりだな。
「残念。いい男だったから、手に入れたかったんだが……」
そんなことを言っているが、アラクネの目は諦めていない。
百年単位で男を探していたのだから、ダメと言われて引き下がるような、甘い考えはしていないのだろう。
「俺は無理だが、別の男は用意できる」
「それは本当か?」
「むろんだ。しかも一人ではなく数人を渡すと約束しよう」
後ろにいる兵がザワついた。
俺たちを生け贄にするつもりか! なんて、勘違いしているのかもしれん。
金と時間をかけて鍛えた兵を、アラクネの男娼にするなんてありえんぞ。
手に職を持っていない使えない男どもは領内にどこにでもいる。
つい先日、仕事案内所に送りつけたヤツらとかな。
「お前たちに好みはあるのか?」
「若ければ良いぐらいだな。子供なら熟れるまで大事に育てる。むしろアラクネ色に染められる分、ありかもな」
目の前にいる白いアラクネは、涎を垂らしそうな、だらしない顔をしていた。
長年積み重なった男を求める心……恐ろしいな。
領民を犠牲にして俺は逃げるとしよう。
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【あとがき】
風邪が長引いており更新が不定期になっております。
また、コメントの返信も滞っており申し訳ございません。
しばらくは現在の状況が続いてしまいそうです。
そんな流れからの宣伝です(ごめんなさい……)。
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