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お料理をお持ちします

 脱衣所を出ようとして入り口を見ると、イナの姿はなかった。


 脅しすぎて逃げ出してしまったかもしれないが、新しい女を雇えばいいので問題はない。


 むしろ、俺が恐ろしい貴族だという噂を流してくれた方が好都合だ。


 二階に上がって廊下から外を眺める。


 少し離れた場所に兵舎が見えて、訓練場では私兵が走っていた。


 サボらずに体を鍛えているみたいだな。


 生存率を高めるために頑張れよと思いながら、私兵が一人死んだときにかかる費用を計算する。


 ……頼む、全員生き残ってくれ。


 と、思えるような額だった。


 気分が重くなると、自然と歩く速度もゆっくりとなる。


 いつもより時間をかけて食堂の前につく。


 ドアを押し開けて中を見ると、手前側にユリアンヌとヒルデが座っており、配膳やその他手伝いをするため、ルミエが近くに控えていた。


「待たせたな」


 言いつつ中に入る。


 二人は立ち上がって俺を出迎えた。


「ほぅ」


 驚いたのは、ユリアンヌがドレスを着ているからだ。


 騎士に憧れていることもあって普段は動きやすい格好をしているのだが、今日は貴族の妻と紹介されても違和感はない。


 暗い紫色でスカートが広がるデザインで、裾には花のあしらいがある。


 生地は首元まで伸びていて傷を隠しており、ネックレスがぶら下がっていた。


 蛇が黒い宝石をくわえていて、俺の紋章を意識したデザインだ。


 言葉や指輪がなくとも、どこの家のものなのか分かるようにしているらしい。


「夜会にも使えるドレスでございます」


 ユリアンヌの代わりにヒルデが説明をした。


「いつ作ったんだ?」


「ジラール男爵との婚約が決まったらすぐに、作らせました」


 一日、二日でできる物ではないと思っていたが、そんな早い段階から準備していたのか。


 結構な金がかかっただろうし、俺が婚約破棄をしていたらゴミになっていたところだ。


「俺好みの見た目だ。パーティーに行く機会ができたら、必ず着るんだぞ」


 まぁ、貴族のパーティーなんて行ったことはないがな。


 悪名高い俺を誘うような貴族がいないのだ。


 特にデュラーク男爵と争っている今、俺を夜会に誘うようなバカは存在しない。


 助けを求められて面倒事に巻き込まれてしまうからな。


「ありがとうございます。旦那様」


 ドレスを褒めたつもりだったんだが、ユリアンヌは自分のことを好みだって言われたと勘違いしたらしく、頬に手を当てて照れていた。


 まぁ、この場の空気を壊すような指摘は控えるべきだろう。


「食事をする」


 二人を座らせると、テーブルをぐるりと回って奥の席に立つ。


 ルミエが無言で椅子を引いたので、そのまま座った。


「お料理をお持ちします」


 軽く頷くと、頭を下げて彼女は去って行った。


「……」


 本来であれば二人に話しかけるべきなんだろうが、俺は無言だ。


 正面に座っているユリアンヌが、ブツブツと何かを呟いていて声をかけにくいんだよ。


「音を立てちゃいけない、肉は一口サイズに切ってから食べる、こぼさないように注意する……」


 挨拶したときとは別人だ。


 目がうつろで、操られているように見える。


 隣に座るヒルデは微笑んでいるだけ。


 それが不気味だった。


 ユリアンヌの異変は料理が運ばれたときまでも続き、皿が目の前に置かれると呟きながらフォークとナイフを持つ。


 ステーキを慎重に切っていたのだが、カチャと小さく音が鳴ってしまった。


 ビクッとユリアンヌは体が飛び跳ねてから、ゆっくりとヒルデを見る。


「また後で、徹底的に練習しますよ」


「お母様……」


 ユリアンヌは絶望した顔になった。


 きつい練習で精神が崩壊しかけてそうだな。


 暴れてばかりだったので良い薬になるだろうと思い、助けはしない。


 しっかりと教育されるんだぞ。


 俺も肉を切り分けて口に放り込む。


 味付けは肉と塩だけだなので、少し物足りない。


 香辛料をつけて味に変化を入れたいところではあるが、他領からの輸入しないと手に入らないので、しばらくは購入できないだろう。


 橋を修繕してデュラーク男爵の問題を片付ければ、商人の行き来は多少マシな状態になるはず。


 それまでの我慢だと言い聞かせて、口いっぱいに肉を入れる。


 マナーなんてくそ食らえといった感じの食べ方こそ、最高の調味料なのだ。


 塩と肉汁があわさり、柔らかい肉が溶けていく感触を楽しみながら、ユリアンヌに向けて勝ち誇った笑みを浮かべた。


「旦那……ずるい……」


 俺はジラール家の当主で、ルールだ。


 手づかみだって許される!


 ユリアンヌを馬鹿にするような顔をしながら、肉を一切れつまもうと腕を伸ばす。


「ジャック様」


 背後からルミエの冷たい声が聞こえた。


 振り返って顔を見る。


 笑って見えるが、あれは怒っているぞ。


「ジラール家の当主ともなれば相応の振る舞いが求められます」


「他家がいればそうかもしれんが、今は身内だけだ。問題ないだろ」


「問題ございませんが……」


 話ながら、ほんの少しだけルミエの顔が曇った。


「私は悲しく思います」


 クソッ、悲しいときたか!


 命令だったら拒否していたが、この言い方だと文句は言えん。


 ゲーム内でのルミエは、ジャックに愛想を尽かして出て行ったこともあって、この発言を無視するのは危険だろう。


 手を引っ込めて普通に食事を続けることにした。


 なぜかユリアンヌは勝ち誇った笑みを浮かべていたが、フォークに乗せた肉をテーブルに落としてヒルデに怒られていたので、気にしないことにする。


 俺は大人だからな。

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