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ヒルデ様をお連れしました

 同人ゲーム『悪徳貴族の生存戦略』の序盤はジラール家の争いで話が進み、中盤以降は国内の領主と争うことが多くなる。


 中盤以降はストーリーが分岐して国王になる”革命編”、領民を搾取しながら男爵から伯爵になる”成り上がり編”、国外の貴族と手を組んでヴァルツァ王国を滅ぼす”滅亡編”などが用意されているのだ。


 どれもジャックは悪者として活躍するエピソードがあって、正義とはかけ離れた行動をする。


 この国において領主同士の小競り合い程度であれば認められているので、正面から兵をぶつける場合もあれば、裏工作をして敵対する領主を暗殺といったことまでしていた。


 俺がジャックの肉体を手に入れたタイミングはゲームの序盤ではあったが、デュラーク男爵をきっかけにストーリーは中盤へ移行。他の領主とも戦う頻度が増えていくことは予想できる。


 数日前にグイントが帰還しており、デュラーク男爵が経済的に苦しい裏付けは取れている。


 そろそろ限界が近いだろうし、向こうから攻撃してくることを警戒した方が良さそうだ。


 金を手に入れるために、第一村を襲って略奪してくる恐れもあるからな。


 戦いになれば、貴族と野盗の違いなんてない。


 殺し、奪い、犯す。


 時には裏切りなども起こるだろう。


 これから、人の醜い本性をむき出しにした戦いが始まりそうな気配があった。


◇ ◇ ◇


 執務室で第一村への派兵命令を書いていると、ルミエが入室してきた。


「ヒルデ様がご到着いたしました」


 もうそんな時間か。


 急いで命令書を書き終えるとペンを置く。


「部屋の準備は出来ているだろうな?」


「もちろんでございます。ユリアンヌ様にアドバイスをいただき、部屋の全体は白、アクセントにピンクを使っております。またお化粧がお好きなようですので、大きめな化粧台も購入しております」


 相手の好みにあわせてベッドや装飾品を用意しているので、歓迎されていると感じてくれるだろう。


 デュラーク男爵との争いが終わるまでは貴重な情報源になるため、このぐらいの費用をかける価値はあるのだ。


「部屋にご案内してから湯浴みをさせろ。俺は応接室で待っているから、準備が終わったらヒルデを連れてくるんだ」


「かしこまりました」


 ルミエは両手をスカートの前に置いて頭を下げると、静かに執務室を出て行った。


 ケヴィンを呼び出して派兵の書類を渡してから寝室に戻ると、メイド見習いを呼びつける。


 ぎこちない動きで手伝ってもらいながら正式な衣装に着替えた。


 屋敷で働けるレベルにまで教育できるか試してみたんだが、なんとか大丈夫そうだな。


「応接室に客人が来る。紅茶の用意をしておけ」


「かしこまりました」


 俺の近くで勢いよく頭を下げたので、体に当たってしまった。


 メイド見習いの体は震えている。


 顔を下げたままなので、どんな表情をしているかは分からないが、真っ青になってそうだな。


 背中に軽く手を置く。


 体がビクッと跳ねた。


「次はないからな」


 甘い領主だと思われても困るので、優しい言葉をかける必要はない。


 適度な緊張感をもってもらうためにも、多少は恐れてもらわなければこまるのだ。


「は、はぃぃぃ」


 何とも間抜けな返事だな。


 馴れ馴れしい家臣ばかりだったので新鮮だ。


 俺は領民から搾取する貴族を目指しているんだし、本来はこういったヤツらが増えるべきなんだよ。


 間違っても親しみやすい、優しいなんて思われたくはない。


 利害と恐怖でつながる関係こそが全てで、友情や愛情でのつながりなんて信じられんからな。


「見習いを卒業できれば給金はあがる。しっかりと働けよ」


 メイド見習いから手を離して寝室を出ると、廊下を歩いて応接室に入る。


 誰もいないのでソファーに座ってしばらく待つことにした。


 時間にして三十分ぐらいだろうか。


 攻略メモを見ていたら、ドアのノックオンが聞こえた。


「ヒルデ様をご案内いたしました」


「入ってくれ」


 立ち上がりながら攻略メモをしまうと、ドアが開いた。


 ルミエは入室するとすぐにドアの隣に立つ。


 奥から一人の女性が入室した。


 腰まで届く銀髪をなびかせながら、俺の方に向かって歩く。


 青いドレスは胸元が大胆に開いており、スカートの裾部分には蝶が飛ぶ刺繍がある。


 生地は光沢があって、服に疎い俺でも高級品だとわかるようなものだ。


 上流階級の人と会うために作った服、といった感じだ。


 碧の宝石が付いたネックレスはデカい胸の上に乗っており、色んな意味で目が離せない。


「騎士ヨンの妻でユリアンヌの母、ヒルデです。滞在を許可していただき感謝しております」


「ジラール家六代目の当主、ジャック・ジラールだ。ヒルデ……いや、義母の来訪を歓迎する」


 義母と呼んだのはリップサービスだ。


 彼女にはユリアンヌの教育やヨン卿とのつながりを維持してもらわなければいけないので、友好的に接しようとは思っている。


「まぁ、もう私を義母と呼んでいただけるので?」


 喜んでいるように言っているが、本音なのかは読めない。


 ずっと笑顔で表情が変わらないのだ。


 感情がこもっているのか、逆に機械的に対応しているのか判断に迷う。


 ヨン卿は分かりやすかったんだが、妻のヒルデは貴族らしい技術を持っている。


 バランスの取れた夫婦だったんだな。


「もちろんだ。フロワ家とは親密な関係でいたいからな。さ、ソファに座ってくれ」


「ありがとうございます。それでは失礼しますね」


 少し砕けた反応ではあるが、俺が先に家族だと伝えたので問題にはならない。


 むしろもう少し砕けても良いぐらいだ。


 ヒルデがソファの前に立つと、シワが付かないようにスカートを持つ。


 俺たちは同時に座った。

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