アデーレの部屋は俺の隣にしろ。今日中に用意しておくんだ
「ジャック様!」
宝物庫の入り口で怒鳴り声上げたのはケヴィンだ。
後ろにはルミエがいるので、彼女が案内したのだろう。
「ジラール家の宝を渡すとは、何を考えているのですか!?」
俺の指輪を渡しただけなんだが、その場面は見ていなかったようで勘違いをしている。
薄暗い部屋からでも、眉を釣り上げて怒っているのがわかった。
ケヴィンの体格が良いことからわかるが、ゲーム内では、いくつもの戦場を渡り歩いた古強者という設定だった。
実力行使に出たら今の俺では勝てない。
このままだと我が身が危ないかもしれないので、アデーレに追加の依頼をしよう。
「実はこの家で信頼できる人は少ないんだ」
「え、そうなんですか? 可哀想……」
「だから、訓練以外の時間は護衛してもらえないか?」
「わかりました。安心してください。ジャック様は私が守りますからッ!」
今ならノリで頼めると思って言ってみたのだが、本当に了承してもらえて驚いてしまった。
まだ条件や金の話すらしてないのに。
とはいえこれは、俺のことを信用している証拠となるので、悪いことではない。
好感度や忠誠心に気をつければ裏切ることはないだろう。
「頼んだ。毎月の給金については、後で話し合おう」
「弟子を守るのは師匠の役目です。タダでも働きますよ?」
「それはダメだ。アデーレの剣には、対価を支払う価値がある」
「ジャック様……!」
感動したのか目をウルウルとさせていたアデーレだったが、ケヴィンが宝物庫に入った瞬間、表情が一変した。
戦闘のスイッチが入ったようで、目が鋭くなり俺の前に立つ。
屋敷の中だったので双剣は持っていないが、彼女の実力であれば素手でも勝てるだろう。
「ケヴィン、俺に文句があるのか?」
だからこういった横暴な態度に出れる。
もう家臣の裏切りに怯えて気を使う必要なんてないのだ!
これからは厳しい態度で接してやろう。
「先ほども言いましたが、ジラール家の宝をそこの少女に――」
「少女ではない。アデーレだ。俺の剣術の師匠になる女性である。無礼は許さないぞ」
「ッ!」
驚いて言葉に詰まりやがった!
反抗されるとは思ってなかったんだろ!
笑いが止まらない!
ようやく好き勝手な生活をする最低条件が整ってきたな!
「…………ジャック様は剣術を学ばれるのですか?」
俺が強くなったら困るとでも言いたそうだな。
言葉にしなくても目を見ればわかる。
「そのつもりだ。少なくとも、自分の身ぐらい守れるようになりたいからな」
「!!」
ケヴィンは先ほどよりもさらに驚いている顔をしていた。
裏切った後の始末が面倒になりそうだと思っているのだろう。
「アデーレの部屋は俺の隣にしろ。今日中に用意しておくんだ」
命令を出してからルミエを見る。
深く頭を下げてから階段をのぼっていった。
文句は言わず、命令に従う。
メイドらしい姿を見て気分がよくなる。
「俺はこれからアデーレに屋敷の案内をしてから給金について話し合う。施錠は任せたぞ」
ケヴィンを押しのけて、歩き出す。
「ジャック様! 宝物庫について、まだ話は……ッ!!」
うるさいヤツだな。
立ち止まると、振り返って顔を近づける。
「お前はいつから、当主に意見できるようになった?」
人間には魔力を製造・蓄積、そして解放できる場所が三つある。
額、下腹部、胸だ。
そのうちの一箇所、下腹部の臓器に溜めていた魔力解放する。
さらに俺の意思――ケヴィンに対する敵意を乗せることで、殺気や威圧というものになった。
「……ッッ」
クズで使えないと思っていた俺に気圧されている気分はどうだ?
体に魔力がまとわりついて動けないだろう。
ゲームの主人公だったということもあり、元々ジャックは戦いの才能はあるのだ。
俺自身が実戦に慣れてないので、戦いになったら才能は活かせず負けてしまうだろうがな。
「当主である俺に逆らうことは許さない。わかったな?」
「は……い」
力なく返事をしたケヴィンから離れる。
魔力放出は止めてアデーレを見た。
「アデーレ、これから住む屋敷を案内する」
コクコクと頭を振ったのを見てから歩き出す。
後ろから付いてくる音を聞きながら階段をのぼる。
最強の矛と盾を手にれた俺に、敵はいない。
気分は上々。
万能感を味わっていた。
◇ ◇ ◇
ジャック様が地下室から出て、ようやく緊張から解放された。
何度も戦場で戦ってきたが、あれほどの威圧を出せる者は、ほとんどいなかった。
わがままで怠惰な性格だと思っていたが、いつの間にかよい男になった。
許されることなら私が鍛え上げたいくらいだが、嫌われているようなのでこの願いは叶わないだろう。
その事実が少し寂しかった。
「誰もいないな」
宝物庫の中が無人だと確認してから、ドアを閉めて預かっているスペアの鍵で施錠する。
アデーレという女に騙されてジラール家の宝を渡したと思っていたが、間違っていたようだ。
ルミアが言ってたとおり何か考えがあるんだろうが、今は気にならない。
それよりもジャック様が剣に興味を持ったことの方が重要なのだ。
自分の身を守るために戦う力をつけたいと言われていた。
ジラール家がおかれている状況を正しく把握しているのだろう。
前当主の悪事が広まっていることもあって、周囲は敵だらけ。
さらに税の滞納が続いてるので王家からも睨まれている。
普通の感覚であれば領地なんて引き継がず、逃げ出すレベルの危機的状況なのだ。
だがジャック様は真っ正面から戦うことを選ばれた。
私の手が汚れてでも、その覚悟に応えたい。
最後までお付き合いさせてもらいますよ。




