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だからこそ、アデーレに渡したい

「恩人にゴミを渡したと知れ渡ってしまえば、家臣からも馬鹿にされてしまう! 考え直してくれ!」


 ヒュドラの双剣を与えて恩義を感じたアデーレが俺に仕える。


 このシナリオが崩れてしまいそうで、俺は焦っていた。


 ジャックに憑依転生したときも、両親に毒を盛ったときも、これほど慌てなかったぞ。


 心が薄汚れてしまった俺には、純真な心をもつ彼女の行動や思考は予測できず、恐ろしい怪物のように見えてしまう。


「うーん。確かに、それだと困っちゃいますよね……」


 アデーレの視線が棚に向かうが、見た目からして高そうなものばかりなので、すぐに木箱の方へ移る。


「開けてみてもいいですか?」


「好きにしていい」


 許可を出したら、すぐに蓋を外して中を見た。


 冒険者にとって興味のない書類や皿が出てきたので、すぐに閉じて、別の木箱を開けた。


 アデーレが物色している間に、今後の対応について必死に頭を回転させる。


 強引にジラール家の家臣にしてみたらどうだろうか?


 腕が立つとはいえ出自が不明の冒険者なので、周囲が反発するのは必至。


 領地が衰退しているのに身内から裏切り者が出てしまったら、贅沢な生活は遠のくどころか手に入らなくなる。


 数年後はともかく、今は配下にも気をつかわなければいけないので、家臣にする方法は見送ろう。


 こうなったら適当な物を選んでもらった後に、護衛と剣術の師匠として雇う交渉をするしかないか。


 恩義という鎖がないので裏切るかもしれないという恐怖は残るが、ルミエやケヴィンよりかは信じられる。


 アデーレが俺から離れてしまう最悪のパターンを回避するためには、妥協も必要か。


「ないですね……」


 宝物庫に大したものがないと言っているような発言だ。


 普通の貴族であれば無礼者だと叫んで激怒しているだろうが、俺には剣となり盾となる人物が必要なので気にしないことにする。


 物色を終えたアデーレが俺を見て、視線がやや下がっていき……。


「あ、それじゃ、ジャック様がつけている指輪なんてどうですか? これも宝物庫にある物ですよね」


 また予想外の提案をしてきた。


 確かに今現在、宝物庫にある物だ。


 認めてもいいのだが、小指につけている指輪はミスリル製で魔法の抵抗力が少し上がる程度の効果しかない。


 ヒュドラの双剣に比べれば価値なんて、ほとんどないような代物だ。


 とはいえアデーレが気を使って提案してくれたのだから、断れない。


 妥協するべきか……って、何で俺は諦めているんだ?


 物の価値は常に変動する。


 価値がないのであれば、これから、ねつ造すればいい!


 今日は冴えているぞッッ!


「これか……」


 ゆっくり指輪を取ると、親指と人差し指に挟んで持つ。


 ランタンの光に照らされて光っており、何か由来がありそうな雰囲気を出してた。


「私が十五歳の成人を迎えたときに、誕生日プレゼントとして買った思い出の品だ」


 もちろん、嘘だ。


 ジャックの記憶をあさってわかったことだが、商人が献上したものを使っているだけである。


「え……そんな大切――」


「気にいってくれたのであれば譲ろう」


 アデーレが何か言い出す前に手を取って、指輪を握らせる。


 これで拒否はできないだろう。


「大切な物なんですよね?」


「そうだ」


「でしたら――」


「だからこそ、アデーレに渡したい」


「…………どうして私なんですか?」


「村を助けてくれたというのも理由だが、もう一つある」


 ゴクリと、つばを飲む音が聞こえた。


 よし! 雰囲気にのまれている。


 この状態なら冷静な判断はくだせないはず。


「俺が使える魔法は妨害や補助系のものがほとんどで攻撃系がないんだ。昔、魔法の先生から才能が皆無だって、言われたほどだよ」


 なるべく悲しそうに、でも目だけは諦めてないような表情をするように心がける。


 狙い通り共感してくれたようで、俺のことに見入っている。


 剣術を学んでいた時代にアデーレは無能と罵られていたので、姿を重ねてもらったのだ。


 彼女の頭の中では、才能がないことに絶望して涙している俺の姿がイメージされていることだろう。


「目の前で領民が殺されそうなのに、何も出来ない自分が嫌なんだ。大蜥蜴やリザードマンと戦って勝てる力が欲しい。俺の師匠になってくれないか?」


「私が、ジャック様の師匠、ですか?」


「そうだ。紅い剣が舞って魔物を斬り刻む姿を見て、ああなりたいと思ったんだ。一目惚れだったんだ」


「戦っている姿を見て一目惚れ……」


 次は自尊心をくすぐるような言葉を使ってみた。


 ずっと認められてこなかったアデーレの心が満たされたように見える。


「どんな過酷な修行でも耐える、耐えてみせる。その覚悟の証として大切な指輪を渡す。それとは別に毎月の授業料も支払おう。だから、俺の師匠になってくれないかッ!」


 最後に頭を下げた。


 俺が強く、アデーレのことを求めていることが伝わっただろう。


 すぐにでも肯定の言葉を聞けると思ったのだが、待っていても何も言ってこない。


 どういうことだ? まだ褒め足りなかったのか?


 顔を上げてみると静かに泣いていた。


「な、なにがあったッ!?」


 やばい! 口説き落とすのに失敗したか!


 ここで涙のお別れになったら、俺の命が危うい!


『悪徳貴族の生存戦略』はメインクエスト以外にサブクエストもあり、そのどれもが危険で、失敗すればジャックが死ぬ結末になるため、アデーレの力は絶対に必要なのだ!


「剣の腕を認めてもらえたのが……嬉しくて……ありがとう……ございます」


 どうやら焦るあまり、俺は考えすぎていただようだった。


 まさか泣いてしまうほど喜ぶとは思わなかったぞ。


「こんな私でよければ……ジャック様の師匠にさせてください」


「アデーレ、君じゃなければダメなんだ。こちらこそ頼む」


 なんだか俺も雰囲気にのまれてしまったようで、思わずアデーレに抱き着いてしまったが、体が強ばるようなことはなかった。


 心から俺のことを受け入れてくれたのかもしれない。


 だとしたら、ヒュドラの双剣を渡したとき以上の成果を出したはず。


 って、そんなことを考えてしまう俺は、どこまでもクズだな。


 なんだか罪悪感が湧いてきたので、しばらくは甘やかしてやるか……。

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