1、異世界産大量破壊兵器③
団員の配置は頭に入っている。矢の軌道を計算し、流れ弾に当たらないよう走る。
とはいえ安全な場所などここにはない。
矢が何度も体を掠めた。
サンドワームの尾が目の前に叩きつけられた時はさすがに死んだかと思った。
しかし生きてる。
そしてたどり着いた。
生きたサンドワームをこの近さで見るのは初めてだ。
村の集会所に頭を突っ込んでいる。宴のために用意した食料品を食っているのだろう。
この隙に頭を吹っ飛ばしてやる。
ダイナマイトに素早く火を付ける。
あとは爆発に巻き込まれないよう、さっさとこの場を離れるだけだ。
顔を上げ、固まった。
生きたサンドワームの顔をこの近さで見るのは初めてだった。
巨大な口にはカミソリのような歯がビッシリと並んでいる。どんどんと近付いてくる。反応ができない。
あぁ、そりゃそうだ。
こんなバケモノに勝てるはずない。世界を救うなんて馬鹿げている。
だから、俺たちは馬鹿げた力に縋らざるを得ない。
悔しい。やはりその力に俺たちは引き込まれる。
それがただの子供だと分かっていても、神々しさを感じずにいられない。
「あぁ~! キモイキモイキモイ!」
勇者が甲高い叫び声を上げている。
目前に迫ったサンドワームの口をその細い手足で押し退けている。
「はっ、早く! 逃げてぇ!」
「な……なぜ君が」
勇者はこちらを見下ろし、屈託なく笑う。
「私も見つけた。戦う理由!」
勇者の正体は、凄まじい破壊力を持った子供だ。
そのコントロールは非常に難しく、下手をすれば世界が滅ぶ。
しかしきちんとコントロールができれば。
それはまさに世界を救う英雄にもなり得る。
でもきっと放っておいても英雄には育たない。
普通の子供を教育するのと同じ。近くで支え、導く大人が必要だったんだ。
俺はサンドワームの口の中にダイナマイトを投げ入れる。
そして怒鳴った。
「閉じて押さえろ。巻き込まれるぞ」
「え!? は、はい!」
勇者が動く。
サンドワームの顎を蹴り上げ、腕で頭を押さえつける。
ぼんっ、というくぐもった爆発音が響いたのはその直後だった。
この巨大なバケモノも体内での爆発には耐えられない。
暴れまわっていた尾が地面に落ちる。砂煙が立ち上る。
サンドワームはそれっきりピクリとも動かなくなった。
全身から力が抜けていく。
戦いは終わった。
村人と騎士団員たちの歓声に包まれながら。
*****
もうすぐ夜が明ける。長い一日だった。
日が出たら王都へ出発だ。
泥のように眠りたいところだが、色々とやっておかなければならない事もある。
俺は勇者の隣へ腰を下ろした。
「ありかとう。さっきは助かった」
差し出した杯を手に取り、勇者が小さく頭を下げる。
俺も城に戻ったら報告書やらなんやらで大忙しになるだろうが、彼女ほどではないだろう。
王国はこの少女の姿と感情を持った生物兵器をどう運用するのだろう。
まぁ俺が決めることではないが……
本人が後悔しない力の使い方ができるよう切に願う。
「あ、あのー……いや、や、やっぱ良いです」
不思議な少女だ。
騎士団の人間に不遜なことを言ったかと思えば、俺とはなかなか目を合わせない。
まぁ子供受けする顔ではない。
やはり怯えられているのだろうか。
少しでも場を和まそうと、俺は笑顔を浮かべて言った。
「君が戦う理由って?」
「えっ!?」
「言ってただろう。助けに来てくれたとき。この世界の人間じゃない君が戦う理由、聞かせてもらっても良いかな?」
少女の目が泳ぐ。口をパクパクと開いているが言葉にはならない。
口が乾いているのだろうか。
手に持った杯を一気に呷り、その勢いのまま言った。
「めっちゃタイプです! 付き合ってください!」
「……は?」
子供は苦手だ。
未成熟の精神は不安定、感情の起伏が激しく、こちらの都合などお構いなし。
そしてすぐ大人への憧れを恋だと勘違いする。
まぁ結果的にその気持ちを利用してしまったのは申し訳なく思うが。
俺は空になり、地面に落ちたコップを拾い上げる。
ぐったり動かなくなった少女を縛り上げている部下に指示を飛ばす。
「昨日の十倍量を入れたが、毒の効果がいつまで持つか分からん。さっさと馬車へ運べ」
もしも大人としてアドバイスをするならば。
彼女がまず覚えるべきは恋心ではなく警戒心だ。
まぁ、俺が彼女にアドバイスをする機会などないだろうけど。
が、事態はそう簡単には終わらなかった。
俺たちの技術では彼女を拘束することなどできなかったのだ。
少女は縛った縄を軽々引きちぎった。
しかし逃げ出しもせずおとなしく馬車での旅を楽しみ王都に到着。
そしてぶち込まれた王国地下牢の鉄格子を飴のようにへし折って脱獄。
武器を持った屈強な衛兵十人を伸したところで王は白旗を上げた。
ここにまできてようやく勇者の要求を聞いてみようということになったらしい。
バケモノを退治したにもかかわらずこの仕打ち。
恨みを抱かれても仕方がないような状況だったが、彼女はとことん能天気な子供だった。
やはり子供は苦手だ。
こちらの都合や空気を無視し、とんでもないことを平気な顔で言い出す。
「では勇者カレンよ。魔王を倒し、世界を救うのだ。さすれば異世界への道も開かれん」
「はーい」
「もしも神に選ばれし勇者にあるまじき行為を行えば――」
王様が壇上から指を差す。
それは勇者の横にいる俺に向けられた。
「その男を処刑する」
最悪だ。
この国の大人たちは彼女の恋心を全力で利用しやがった。
こうして俺は少女の形をしたバケモノと旅に出る羽目になった。
「そんな顔しないで! ギル君のことは殺させないし、二人一緒なら魔王だって倒せるよ」
「ギル君……」
勇者カレンが俺の腕に飛びついてくる。
骨が軋む。凄まじい力。無邪気な笑顔。
恋心でもなんでも利用して、この力を近くでコントロールするのがこれからの俺の仕事だ。
失敗すれば責任をとって死。
この少女が癇癪をおこして暴れれば死。
魔物の戦いの巻き添えになれば死。
死が身近にありすぎる。なんてハードな仕事だ。
正直うんざりしてくる。
でもこれは紛れもなくこの手で世界を救う仕事だ。
「行くぞカレン。まずは東に進む。サイクロプスの討伐要請が――」
「サイクロプス……? よく分かんないけど、手懐けて一緒に写真撮ろ! 王様からお金も貰ったし」
こうして金貨120枚のはした金で城から厄介払いされた俺たちは、長く険しい旅へと足を踏み出したのだった。