1、異世界産大量破壊兵器②
「……え? ゆ、勇者様!?」
駆け寄ろうとする村人を押しのけ、勇者を抱え上げる。
それを合図に部下たちが動き出す。なにもかも予定通り。
「村のみなさんはどうぞ宴を続けてください。大丈夫、勇者様の杯にしか入れていませんから」
“蜂蜜ジュース”というのは我々の隊の隠語だ。
キラーホーネットという魔物から抽出した毒は蜂蜜に似た香りがする。
一滴でドラゴンも動けなくなる強力な麻痺毒だ。
「神の遣わせた勇者様になんてことを! 人類の宝だぞ。分かっているのか悪魔め!」
「悪魔? それは誰の話だ?」
村人が怯むのが分かった。
当然だろう。俺と彼の戦力差は歴然。しかしそれは同じ人間という種族の中の強い・弱いの差だ。
勇者と他の人間の戦力差はそうではない。あまりにもかけ離れていて、比べるのもおこがましい。
それほどの力を持ちながら見た目は普通の子供と大差ない。そして文化の違う異世界人。トラブルが起きないはずがないのだ。
「二百年前、勇者共がどうなったか知らないだろうな。ヤツらはやりたい放題に暴れまわって、最期は仲間内での殺し合いで死んだ。その戦いのせいで世界は滅ぶ寸前だった」
また悲劇が繰り返されようとしている。
しかし幸いにも一人拘束することができた。
「その方をどうするんだ」
村人の言葉を背中に受けながら、俺は馬車へと歩を進める。
「……さぁ。俺の決めることじゃない」
とは言ったが、予想ができないわけではない。
二百年前の惨劇は世間には秘匿されているが、上層部の連中の間では常識だ。
恐らく、殺される。
しかしサンドワームを屠ったあの力をみすみす逃すのは惜しい。もしも進言を許可されたなら、ぜひ自我を破壊し完全なコントロール下に置いた状態で兵器としての運用を――
彷徨わせていた思考が引き戻される。
腕の中の少女が動いたからだ。
「……んん……あれ?」
息が止まった。
そんなはずはない。麻痺毒を小瓶一本まるまる入れたのだ。普通の人間の致死量をはるかに超えている。
しかし勇者は目覚めた。
そのせいで反応が遅れた。
轟音と共に地面を破り、夜空を突き上げるぞれを見た。
暗闇の中だとしてもその正体を見誤ることはありえない。
サンドワーム。
コイツと対峙するのはもう何度目か。だが一日に二度見るのは初めてだった。
何度見ても見慣れるということはない。むしろ恐怖は増していく。死んでいった仲間の顔を思い出すからだ。
「ど、どうしてあの魔物が。勇者様が倒したはず」
「別個体だ。昼間のヤツの親かもな」
怯えを悟られぬよう無理に笑ってみせる。
今度の個体は昼間みた死骸よりもデカい。頭から尾まで、村を横断するような長さだ。
それも村の中心に出るなんて。絶望的以外に言葉が浮かばない。
しかし村人たちは目を輝かせてすらいる。
「大丈夫だ。俺たちには勇者様がいる!」
「勇者様。この悪魔たちにそのお力を見せつけてください!」
「勇者様」
「勇者カレン様! さぁ!」
群がる村人たちに、しかし少女は怯えた視線を向ける。
ゆっくり首を横に振った。
「あ、あんなの無理」
「どうしてですか! 昼間はあんなに簡単に」
「あれはここに飛ばされた時、たまたま足元にいたから蹴飛ばしただけ。あんなキモイのと戦えるわけないじゃん。私、普通の女子高生だよ!?」
そうだ。そうなのだ。
勇者として召喚されるのはいつだって思春期の少年少女だ。
なんの戦闘訓練も受けていない子供がいきなり強大な力を手にしたらどうなるか。
ほとんどの者は力を使うことを恐れる。そして慣れてくると力に溺れ、それを誇示するようになる。
まるで爆弾だ。それが世界中に散らばっている。
そんな不確定なものに頼ろうだなんて、笑わせる。
「それで良い。君は下がっていろ」
俺は弓を構えた。
部下たちも次々得物を手に取る。
色々とイレギュラーがあったが、最初からそのつもりだ。
我々騎士団はバケモノ退治に来た。
まずはサンドワームを。次に「勇者」を。
「行くぞ」
それを合図に駆け出した。
サンドワームを包囲。矢の雨が降り注ぐ。
ヤツとの戦いは、つまるところ削り合いだ。
俺たちがサンドワームの肉を削りきるのが先か、あるいはサンドワームが俺たち全員をひき肉にするのが先か。
「そ、そんな」
変わり果てた村を前に、老人が力なく膝をついた。
昼間、勇者に跪いていた村長だ。
戦いが進むにつれ、戦場はどんどん凄惨さを増していく。
まだ死者は出ていないが時間の問題だろう。
村の建物はサンドワームの巨体に押し潰され、おもちゃのように壊されていく。
勝敗にかかわらず、この村は地図から消えるかもしれない。
「村人は避難しろって言っただろ!」
「私はこの村と生き、この村と死ぬ。全力を尽くしてダメだったのなら、そこが私の寿命だったのです。でも……でも……!」
村長が地面を蹴る。
ヨタヨタした動きで勇者に縋りついた。
「勇者様! どうして戦ってくださらないのですか。これでは死んでも死にきれない」
「そんなの知らないよ! 急にこんなとこに呼び出されて、戦えとか意味分かんないし」
「神から与えられた力を持ちながら……そんなのは怠慢だ。この役立たず!」
老人の目に神を見るような眼差しはもうない。
あるのは村を救わない勇者への憤りと憎悪。
勇者は村長の想いを受け止めきれないのだろう。
うつむき、そして口を真一文字に結んだまま震えている。
こうしてみるとやっぱり普通の少女のようだ。
だからだろうか。口を出してしまったのは。
「そのへんにしとけよ」
村長の肩に手を置き、勇者から引き剥がす。
「あんなバケモノと理由もなく戦えるわけない。頼るなら俺たちにしろ。こっちにだって奥の手がないわけじゃない」
「ギルベルト隊長、あれはダメです! 危険すぎます」
「その通りだ。隊長が錯乱したとみんなに伝えろ。指揮はお前に任す」
このサイズのサンドワームに対抗できるだけの戦力を我々は持ち合わせていない。
今、危険を覚悟で動かなければ全滅は免れない。
部下の制止を振り払い、俺はそれを取り出した。
反応したのは意外にも勇者だった。
「それ……ダイナマイト?」
「良く知っているな」
そう口に出してからこの兵器の出自を思い出した。
これは二百年前に召喚された勇者が製法をもたらしたものだ。
結局俺たちは異世界の人間や技術に依存している。
でもこの世界は俺たちの世界だ。
異世界から来た者だけに、ただ強いというだけの理由でこの世界を任せるなんて間違っている。
だから二百年前の惨劇は起こったんだ。俺はそう思う。
「まさか、それ持って突っ込むってこと? この矢の中を走って? 死ぬかもしれないのに?」
「ああ」
勇者が息を呑んだのが分かった。
しばしの沈黙。
勇者が口を開いたのは、俺が準備をすっかり終えた後だった。
「あなたたちが戦う理由って、なに?」
「決まってるだろ」
俺は異世界生まれの兵器を背負い込む。
「俺たちの世界を救いたい」
地面を思い切り蹴り、駆け出した。




