1、異世界産大量破壊兵器①
「……どういうことだ」
むせかえる血の匂いと赤く染まった大地に呆然とする。
サンドワーム。地中から現れる大飯食らいの巨大ミミズだ。
性格は獰猛、食欲は旺盛。小さな村を地図から消すのに数時間とかからない。
そして我々騎士団が報せを受け、王都を発ってから丸一日。
たどり着いたのはすべてが終わった後だった。
湖と見紛うような血だまり。その中心にあるのは、かつてサンドワームだった巨大な肉塊。
「良かったじゃないですかギルベルト隊長。まさか被害ゼロで帰れるとは……痛っ」
「帰れるわけないだろ」
呑気なことを言う部下の頭を叩く。
サンドワームとの戦闘は命がけだ。隊が全滅することだって珍しくはない。
たとえ勝ったとしても、その戦場は目を覆いたくなるような凄惨なものになる。
戦いが終わった後にはサンドワームの死体と同じ重量、あるいはもっと多くの人間の屍が出るのが普通だ。
しかしここはどうだ?
見回せど、人の死体は見当たらない。
しかもサンドワームの死骸には傷がほとんどなかった。あるのは巨大な体を断つように穿たれた大穴だけ。何の犠牲もなく、一撃であの巨体を屠ったのだ。普通の人間にできるような芸当ではない。
俺は部下たちを睥睨した。
つまりこういうことになる。
「気を引き締めろ。サンドワームよりも危険なバケモノが近くにいる」
結果的に俺の予想は正しかった。
サンドワーム討伐要請を出した村にそれはいた。
幸いにもサンドワームの被害は免れたらしい。草を食む家畜、遊びまわる子供たち。のどかな村の日常がそこにはあった。
しかし大人たちは違う。
村の中心にある集会所。神妙な顔をした村の面々がそれを囲んでいた。
予想と違っていたのは、それが人の形をしていたこと。
もっと言えば少女の姿をしていたことだ。
見たことのない変わった服を纏っている。白いシャツ、紺の上着、柄の入ったスカートはギョッとするほど短い。
よく手入れされた黒髪は長く艷やか。手は水仕事などしたことがないかのように滑らか。日に焼けた様子もない。畑仕事などとも無縁なのだろう。
かといって貴族や良家のお嬢様といった感じでもない。
彼女は子供のように屈託なく笑い、俺たちを見てこう言い放った。
「うわっ、騎士じゃん。ウケる」
「なんだお前、失礼だぞ。この人は王立騎士団の――うわ!」
目の眩むような閃光。「ピピッ」という聞きなれない音。
それは彼女が手に持った黒い板から発生していた。
「すごーい! これネットに上げたら絶対バズるでしょ。って圏外かぁ~」
「……この方は、まさか」
そこまで口にして、息を吞む。
彼女の正体については思い当たるところがあった。口に出すのも憚られる荒唐無稽なもの。
しかし目にするなにもかもがそれを肯定していく。
そしてとうとう村人までもが。
村の長だろうか。しわしわの老人が少女に跪き、涙を流しながら手を組む。まるで神が目の前に降臨したかのよう。
だがそれも無理からぬことだろう。
「このお方こそ勇者様。勇者カレン様です」
前回その現象が起きたのは二百年前。
魔王やその眷属の魔物に対抗すべく、神が異世界から遣わせた戦士たち。それが“勇者”だ。
跪き、こうべを垂れる。
俺がそうすると、部下たちは困惑しながらもそれに倣った。
「これ“異世界転移”ってヤツでしょ? ヤバ!」
勇者様は椅子の上に登り、また板を掲げる。
これはこちらの世界に来たばかりの勇者様たちが度々行う儀式のようなものであるらしい。
以前召喚された勇者にも同様の行為をした者が複数人いたとの記録がある。
「勇者様の召喚を祝わせてください。おい、甘い蜂蜜ジュースを用意しろ」
その夜、村では盛大な宴が催された。
村中綺麗に飾り付けられ、まるで祭りのような騒ぎだ。
そして長机いっぱいに並べられた料理。こんな辺境の村でこれだけのものを用意するのは苦労したに違いない。
それだけ村人たちは村を救った彼女に感謝をしているのだろう。
勇者様も村人たちの気持ちに感銘を受けているようだ。
「すごーい! 中世風ファンタジーじゃん」
さっきからしきりに例の板を村のあちこちに向けている。
俺は彼女に杯を差し出した。
「さぁこちらへ。村人たちが勇者様の言葉を待っていますよ」
「あ……うん」
杯を受け取りながら、勇者様がジッとこちらを見上げる。
「どうしました?」
「んー……いや、なんでもない。です」
短く答えて、勇者様は俺に背を向ける。
嫌われてしまったのだろうか。
しかし杯は素直に受け取ってくれた。それだけの信頼があれば十分だ。
村人たちの前に立った勇者様は、見れば見るほど普通の少女だった。緊張しているのか。声が上ずる。
「えっと、今日は私のためにありがとうございます。その……えっと、か、乾杯!」
杯を掲げて、中の甘いジュースを飲み干す。
村人たちの歓声。視線。拍手。それらが惜しみなく彼女に浴びせられる。
音楽が鳴り響き、二百年ぶりの勇者の召喚が祝福される。
宴の幕開けだ。
そして俺たちにとっては宴の終わりでもある。
惜しみない祝福と歓声の中、勇者様は受け身も取らず倒れ伏した。




