ウルフを探して
エルドラルド国立図書館。 国立とはいったものの蔵書数は少ない。一戸建てのこじんまりとした建物だ。
「こんにちは」
「は、はい、どうぞ」
ドアを開けてまずは挨拶から。受付の司書はのんびり欠伸をしていた不意を突かれる。すぐ近くの席をとるセラ。その横にエリがつく。
エリが本棚の端から持てるだけ本を取り出してセラの前に置く。セラはそれを手に取ると順次読み進める。
<記憶力強化>
<容量増加>
<分析>
使われている文字を比較して理解していく。エルダ語の規則性を掴むとセラの速さが一段上がる。エリによって積まれた本が易々と片付けられていく。言葉、歴史、魔物、魔法、経済、おはようからおやすみまであらゆる情報がセラへ蓄えられる。一冊。ぱらぱらぱらぱら、ぱたん。そしてまた一冊。
蔵書が半分以上取り出しては片付けられ、エリがヘトヘトになり椅子にもたれる。広くないスペースとはいえ、何往復したことか。肩で息をして、脹脛は硬くなっていた。
「エリは運動不足ね」
「え~……」
言葉を返す気力も体力もなかった。エリが持って来た最後の本を読み、ぱたっと閉じる。
<応急処置>
セラが能力をエリに展開する。身体中で脈打つ感覚がして疲れがとれていく。驚きを隠せないエリ。
「え、えぇっ」
荒らげていた呼吸はすぐ落ち着いた。硬くなった筋肉はほぐれて柔らかさを取り戻す。風呂上がりのような安らぎが身体を包んでいた。
「セラさん、魔法使いだったの?」
「あー、こっちでは魔法か。私の国では能力って言ってたけど」
「凄い、凄い!」
エリがキラキラした羨望の眼差しを向ける。さっき目を通した本に書かれてたな。魔法使いとは、経験の無い満三十歳の独身男性に与えられる称号。いや、違う、そうじゃない。皆まで言うな。
魔法使いとは、自身や大気中や鉱石、魔石に含まれる魔力ーーセラ自身は魔素と定義づけしたが人の持つ魔力と物質の魔力はこの世界で差異はない。同質として扱われているーーを思念によって魔法陣を描き具現化する“魔法”の使い手。その素質を持つのは人口の一割に満たない程。セラが使う能力と同じことだが、精神力を使うか魔力を使うかの差がある。
似たようなケースとして精霊使いがいる。こちらは自然現象に思念のみで干渉して効果を得る。存在する物を媒介として発動するため使い所が限定されてしまうのが難点で地形に合った動きを要求される。こちらはエルフの八割弱が先天的に素質を取得している。他の種族ではエルフが祖先にいない限りは難しいようだ。
「エリは特技ないの?」
「私は風の精霊を少し」
へぇ、と相槌を打つ。そうか、精霊にしても属性と強度、もしくは習得具合があるのか、と頭の中の情報に補足しておく。
「魔法の素質が無いので、魔力はわからないんです」
「なるほど」
つまりは魔法使いは少数派で周りには知られない存在。いらぬ火種を撒かないように気をつけないと。つい前に考えた有名になって見つけてもらう方法は控えるのが賢明か、と思うセラだった。
図書館を後にする頃には日が落ちかけていた。橙色が辺りを侵食しながら闇と静寂を連れてくる。先走った街灯がその役目を早くも果たそうと光を放っている。
時雨亭に辿り着いて食事を。帰り道からこの食事に至るまでセラとエリの会話は途切れることは無かった。この世界を知りたいセラと凄い人と会えたと歓喜するエリ。歯車はぎこちなくも噛み合っていく。風呂に一緒に入った時にお互いに安心したのは余談である。二人ともまだ成長期。
部屋に戻りベッドに横になる。色々ありすぎた一日。ふと過ぎる妹の顔は拗ねていた。がばっと起き上がり窓を見る。薄く反射で映し出される自分の顔。うん、疲れてる。が、ここでやっておこうとした事を思い出してエリの部屋へ。
既に寝間着姿のエリが迎えてくれた。一張羅となっている自分に気付き、依頼の報酬で服買わないとな、と思うセラ。荷物が増えたら今のバッグでは無理か、と欲しい物は増えていく。
ベッドに腰掛けたエリに続いてセラも隣に座る。
「どうしました?」
「能力を使いたくてさ」
今日図書館で読んだ内容を整理するから、と詳しい事は省いて説明をする。
「起きるまで何日かかるかわからないけど」
「そんなにっ」
大丈夫、今まで長くて二日だったからと楽観的なセラにそれでも長いですとエリは言う。
そこまでして使っておきたいのは<悪魔の図書館>と名付けている、記憶にある情報を元にあらゆる事象を演算して先々を予測する能力。仮定する前提を含めるか、尚且つ何手先まで計算するかによってその情報量は膨大ともなる。幼い頃は脳が焼け付く勢いの頭痛に悩まされたものだ。
「じゃ、お願い」
言ったそばから眠りにつくセラ。すぐさま落ち着いた寝息を立てる。添い寝する格好でエリもまた眠りについていった。
窓から射し込む光が強まる。お天道様は今日一番の高い位置へ到達していた。掛布団は寝相の悪さに蹴られて床に落ち、捲れたシャツからは臍が見える。短い腕と足を大の字に広げ寝ているセラ。
「ほぁっ」
身体をびくっと震わせて起床する。そんな怖い夢は見てないはずなんだけどなー、と上体を起こし頭を掻きむしる。今日も寝癖は絶好調のようだ。見慣れない、むしろ初めての宿屋での宿泊。ドライヤーは……無ぇな。
(あ、そうだ、家じゃなかった)
大きな欠伸をして、腕と足を伸ばす。次第に起きてくる脳は能力の完了を知らせる。まだ帰宅方法の決め手は無かったか。と深く息を吐く。色々世界の事がわかっただけ御の字、と髪を両方の掌で挟み込み体温で梳かしていく。
部屋を出て下の階へ。席に座りポケットの中をまさぐっていると奥から看板娘がやって来た。
「よく寝てたね。連れのエルフの子はギルドに行くってさ」
「へぇ、ありがと」
パンとコーヒー、卵焼きにサラダと肉串を注文して銀角貨を出すセラ。エリの行方がわかったことで、とりあえずここでのんびりしようとする。能力でフル回転した脳は栄養を求めていた。後ろを向く看板娘に、やっぱり今の全部二人分、と声をかけ銀角貨を追加するセラ。看板娘につられて隣の客も驚いていた。
平らげてお腹をさする。この時間帯は客もまばらで視界に入りやすい為か目立っていた。もう一人前はいけそうだが影であだ名が食いしん坊になりそうなのでやめておく。暴食なんて二つ名がつくのはちょっと嫌だ。錬金術師の敵にそんなのいたな。食後にまわしておいたコーヒーを飲みながらぼんやり。
「あ、セラさん起きたんですね」
このペースで食べてしまうとすぐ路銀が尽きてしまうな、と思った頃合に、戻ってきたエリが声をかける。手には紙袋。聞けばおやつにしようと揚げパンを屋台で購入したと。
「私どのくらい寝てた?」
「今が昼過ぎですから十五時間くらい」
結構かかったな、と腕を組む。寝る子は育つというがそんな気配はない。寝ながら能力使用は睡眠学習にあたるのか。どうでもいいか。
「んじゃまず手始めに」
「はい?」
揚げパンを齧り幸せそうにするエリ。油と糖は最高よね。
「食べたらウルフ行こうか」
あ、と依頼を思い出すエリ。さては考えるのを諦めていたな、と目を細めるセラ。てへ、と可愛くしても誤魔化されません、と支度を促すのだった。
■■■
「いぃぃやぁぁっ」
エリの叫びは風となり溶けて消える。定点観測であればドップラー効果になっただろうか。お姫様抱っこをされて道を駆け抜ける。落ちるまいとセラの首に回した腕に力が入る。
エルドラルドの南門を出て東側へ向く。遠く視界の隅、地平線より先に広がる山脈の麓にある森にウルフは群れで生活しているという。爪と皮は服飾に肉は食用にされ需要は絶えない。
「距離はどのくらい?」
「馬車で四時間ほどです」
街中に戻れば厩があります、とエリ。いまいち馬車への時間換算がピンとこないセラ。それだけあると徒歩で行く人も少ないか。屈伸をして、爪先に指をかけて片脚ずつ後ろに伸ばす。ラジオ体操でスタンプ集めた時もあったな。最後に深呼吸。
「まさか」
「走るよ」
「遠いですよ?」
「は・し・る・よ?」
いや、だって、そんな、と恐怖を感じながら後退しようとするエリに、にじり寄り両手を伸ばして掴みかかる笑顔のセラ。断末魔の雄叫びが始まった。
身体強化でエリを抱えて疾走。原動機付自転車を軽々しく追い越す速度だ。街道で行き交う馬車を避ける度に、行者の唖然とした顔が残る。
「エリ、次の道どっち?」
「え、え、街道から外れた脇道ですっっ」
街道は曲がり、直線には舗装されていない道。分岐を指定されたとおりに走り続ける。喚くエリの腕に一層力が込められていく。
木々が生い茂る中に入り、道を照らす光が少なくなる。目的とした森に到着。だんだん細くなって行く道の突き当たりは狭い広場となり、その先にあるのは獣道となっていた。ここで休憩しようとエリを降ろして水筒に口付けるセラ。足腰に力入らず地に手をついて項垂れるエリ。
「あんな速さ初めて.......」
「目覚めた?」
「目覚めませんっ!」
一時間も経ってないのに、と水筒の蓋を閉める。一万一千まできっちり回せ、と豆腐屋の主人は言っていた。そこまで速さは求めてないか。
<魔力感知>
<生命感知>
感覚を研ぎ澄まして集中する。暗くなる前には帰りたいと思うのは人として闇を恐れる本能か。それとも葡萄酒をまた飲みたいと思う煩悩か。
<広範囲化>
能力の適用範囲を徐々に広げていく。十一時の方向に見つける、四足歩行の生物を七体。顔を上げて目に付いた木の枝へ飛び乗る。
<感覚拡張>
<視力強化>
視野強化が広角で遠くを見るのに対し、見たい範囲が定まっている時にはこちらを使う。少しでも精神力の消費と脳の処理は軽減したい。
凝らした目はウルフの群れを捉えた。本の記述より一回り大きいな、百聞は一見にしかずとはこの事か。エリの方へ振り向くと、立ち上がろうと足を震わせていた。生まれたての小鹿か。
エリの傍へ降りて、その白く細い脚を人差し指でつんつん突くセラ。あ、ちょっと、やめてと悶えるエリ。正座で足が痺れた子と同じ反応だ。おいこらいちゃいちゃすんな。
顔を赤らめて少し涙目のエリは立ち上がったところでセラを睨む。してやったり、とセラは満足気な表情をしていた。
先導するセラの後にエリが続く。胸の高さまで育った草をかき分け進む。相手が狼なら音も匂いも気付くだろうと特に気配も隠さずにいく。エリは弓を持ち矢を番えて腰を低く構えて着いていく。
草むらの端になり視界が開く。雑草は高さを変えて足首ほど。疎らに聳える木の間にその群れはいた。警戒されていたようで全てがこちらを見ている。低い音で唸る。
「狼はテレビでしか観た事無かったけど」
「オオカミ?テレビ?」
姿勢を崩さずに問うエリ。気にしないで、と手をひらひらさせてすたすた近づいていくセラ。え、危ない、とエリの言葉を振り切る。
無防備に近づくセラに獣の容赦は無い。先頭にいた一匹が牙を剥く。飛びかかり口を開けて、セラが前に突き出した右腕へと噛みつく。エリが慌てながらも弦を引き狙いをつける。
ウルフは噛んだはずだが、硬化された皮膚を牙が破ることは出来なかった。咥えて離さないまま、後脚で地を踏む。
「ふっ」
右腕を上げ左足を少し退く。身体を内へと回すように、あらわになったウルフの喉元へ左手による掌底を叩き込む。逃げ場のない衝撃が牙を顎を脳を抜ける。噛む力は無くなりその口は腕を放して、身体は地面に横たわっていく。
二匹目、三匹目と続くが潜りこんでからの下から喉元を捉える蹴り、体捌きで地に伏せさせての眉間に肘打ち。及び腰になったウルフには飛び込んでの回し蹴りで頭部を打ち抜いていた。
弓矢への力は既に緩んでいた。エリの目には魔法も能力もセラの体術も計り知れず、その戦い方に釘付けになっていた。
「ね、楽勝」
あっという間の七匹。手首、足首を回して体をほぐすセラ。
「.......私、いらない子?」
エリが悲壮感を漂わせてセラを見る。ちっちっと人差し指を立て横に振るセラ。ここからエリが強くなる、と耳元で囁き、エリの腰に手を回し抱きつくセラ。離れないように、ぎゅっとする。
<思考同調>
セラは考えていた。魔法も精霊も能力も、ただ使うだけでは最大効率は出せない。蔵書から汲み取ったそれぞれの構成する陣、悪魔の図書館で精査した情報をもとに。エリにはもっと可能性が広げられるものがあると信じた。
「目を閉じて感覚を受け入れて」
エリの中に、セラを媒介とした魔力、精霊、陣の構築論、思念、効率化といったものが情報として流れ込んでくる。
「あぁぁっ、うぁぁっ」
目頭が熱く、脳の血液が激しく流れ、身体中の皮膚は産毛すら逆立って静電気のようにばちばちとひりつく。
セラが抱くのをやめて手をはなす。エリは膝から落ちて地に倒れ込むところをセラが支える。姿勢を変えて膝の上に頭を置いて、額から髪へ、手のひらでゆっくり繰り返し撫でるセラ。
「エリ、貴方は最高の仲間だから」
いつも妹に向けていた、無条件の愛の、穏やかな表情をしていた。




