まないた仲間
「それは難儀なことだな」
金属製の鎧の男、聞けばエルドラルド国の騎士団所属の兵士。その男にセラは今の状況を掻い摘んで話した。
「とりあえずご飯と寝床の為にお金かなぁ」
「それならば」
兵士は足元に落ちていた淡く赤い小さな石を拾い上げる。
「お前さんが倒したゴブリンの魔石を売ればいい」
「いきなり情報量増えたな……」
兵士が差し出した石を受け取る。親指と人差し指で持ち目を細めてじっくり見てみるがいまいちピンとこない。
「魔力があれば識別しやすいんだがな」
「へぇ」
魔力かぁ、それなんてゲーム?と思って気付く。ゲームならばこういう世界は似たものが多い。魔力になるものを媒介に時には精霊などを通して“魔法”を使うのが定石だ。
<分析>
目を閉じて簡易的に作り出した暗闇の中で集中する。構成する成分を、構築される理を順々に紐解いていく。
(石と大気中に同じ成分があるか、濃さは違うけど……初めて見る成分だな)
あたりをつけた成分を魔力の素と仮定し、自分の中では“魔素”と名付けておく。この能力は真偽が定かでない所が弱点だ。そのため思いこみが大変な結果を招く。もっと適した能力もあるのだが、条件が厳しいために今使うことは出来なかった。
<魔力感知>
仮定をもとに能力へ落としこむ。即席で展開した能力陣は難無く効果を発揮した。セラの感覚に魔力と仮定したものが伝わる。ゴブリンからの魔石、大気中、一部の人々。
魔石を兵士たちと喋りながら拾い集める。肩掛けのバッグはすぐ一杯になってしまった。結構倒したな、ゲームなら二、三レベル上がってそうだ。
そこで得た情報を整理していく。ゴブリンと呼ばれた淡い緑色の皮膚をした人型の者、人に敵対している者を総称して“魔物”と呼んでいる。人でいう心臓にあたる“魔力核”を体内にもち生命活動を停止すると魔石になる。大半は魔物の中の上位にあたる“魔族”に召喚されるか自然にある魔力の捻れから魔力が結晶化されて生まれる。
魔物にあたらない人型の人間以外の者を総称して“亜人”と呼んでいる。先祖から代々続く種族ーーエルフやドワーフ、ホビットなどーーが挙げられる。人と似ているが身体能力やその造形に差がある。
また魔物の影響を受けて動物が魔物となる事がある。こちらは凶暴性が増すだけで本来とさして変化はない。毒になる訳でもなく狩猟して食す事も可能だ。上手に焼けますかー?
魔石の収集を終えて兵士たちが城壁に設けられた門の横にある詰所へ向かう。四、五メートルはある門を見ていると激しい音を立てながらゆっくりと開いた。
■■■
商業公国エルドラルドの開ききった門から見えたものは、舗装された石畳の広い道の両脇に二、三階建ての建物が並び、その前に数々の露店がある光景。行き交う人の多くは荷物を抱えていてここが生活の主要な通りの一つであることは想像にかたくない。
門の横にある詰所にセラは行く。最初に話を交わした兵士に合流すると、兵士長が居る部屋へ案内された。
「君が報告にあった子か」
どんな報告されてんだか、と思うセラを兵士長は品定めをするように見る。
「歳はいくつかね」
「十七です」
「大分幼く見えるな」
「よく言われます」
セラ自身数えるのをやめたよくあるやりとり。兵士長は机に茶色くくすんだ紙をひろげると羽根の筆を走らせる。
「これが仮の身分証だ」
書き終えたものを渡される。読めない文字に質感の違う紙。読み書きにおいても早急に対策が必要だと感じた。
「ギルドに行けば冒険者登録が出来る。そこでさっきの魔石も売れるぞ」
補足をしてくれた兵士に別れを告げ兵士長の部屋を後にする。魔石が売れるとの事に反応して一段とお腹が空く。腹が減ってはなんとやら。まずはこれを解決するのが最優先のようだ。
エルドラルドの中央には広場があり五つの通りに分かれていてそれぞれが用途や趣の違った区分けのようだ。ここは南門に繋がる大通りで自由な商売を許可された区画となっている。
キョロキョロしながら露店を見つつ教えてもらったギルドを目指す。目的地となるギルドは中央広場から北東側にある大きな建物ですぐわかると聞いていた。屋台から流れる匂いが鼻をくすぐる。串に刺して焼いた肉とか美味そうだな。
広場に出ると神殿に似た頑強な造りの柱を前面にそなえた広い入口をかまえる建物が視界に入る。存在感抜群のそこには色々な人が出入りしている。話に聞いていたエルフやドワーフたちの姿も見えた。どうやらギルドで間違いないらしい。
数段程度の階段を昇り建物内に入る。受付らしき人が立つカウンターテーブルが五つ、待合のように人々が座るテーブルがそこかしこに置かれていて奥には紙が沢山貼られている掲示板がある。
「あら、可愛いお客さんね」
「そりゃどうも」
近かった受付の女性のカウンターへ行くと反応に困る台詞で迎えられる。女として可愛いのか背格好でちっちゃいから可愛いのか。大抵後者だよな、と思うくらいには性格がひねくれている自信はある。
「冒険者登録と魔石買取が出来るって聞いたんだけど」
「登録は身分証必要ね。魔石はこちらで鑑定してから買取よ」
はいはい、と先程の仮の身分証と魔石を入れたバッグをカウンターへ置く。バッグの方は重みのある音を出した。受付の女性はその量に驚いて応援を呼んでいた。魔石の鑑定は受付の奥で始まっていった。
「まずは名前ね」
「柊セラ」
「ヒイラギセラ?珍しい名前ね」
お約束だな、とセラは思ってしまう。まだまだ世界のギャップには慣れない。
「セラが名前」
「セラ・ヒイラギね」
「そうそう」
簡単なプロフィールを聞かれては答える。それが終わると手のひらサイズの紙を渡された。冒険者の登録証だという。書かれているのは読めないが名前と先程答えたプロフィール、日付だろうか。その端に赤色で押された印がある。建物に描かれているものと似ていることからこのギルドの印だろうと推測する。
「身分証無しでの再発行は銀貨五枚いるから気をつけてね」
「はーい」
手元の登録証を表裏隅々まで観察する。素材は何だろう、製法、工程はどうだろう。おい、目の付け所が違うぞ。
「鑑定も終わったわ。銀角貨七枚と銀貨三枚ね」
ここで流通しているのは四角と丸に作られた貨幣で、銅・銀・金の三種類。金角貨一枚が金貨十枚、銀角貨で百枚というように素材と形を十枚刻みで動く単位となっているとの事。角貨は四角貨幣の略称のようだ。ふんふん。
さて腹ごしらえをと振り返るとニヤけた顔をした男二人が行く手を塞ぐ。なめし革の胸当て、小手、靴と腰に携えた金属製の剣。ここにいるということは冒険者なのだろう。
「嬢ちゃんいい稼ぎしてるねぇ」
「ちょっと遊ばないかい」
え?と後ろを向く。勿論、受付のカウンターだ。ん?と左右を見る。特にこれといったものは無い。ああ私か。とグーとパーの手をぽんと打つセラ。
「お前だお前!」
瞬間湯沸器となった男二人。おー、いかにも悪者しかも雑魚の反応だなぁとこの展開に感心してしまう。カウンターに向き直り、男二人を親指で示して受付の女性に問う。
「この二人の魔石いくらになる?」
「銅貨一枚にもなりませんね」
そりゃ骨折り損だなと頭を搔く。間を置いて意味のわかった男二人が剣を抜く。様子に気付いた周囲の人がざわつく。
「おちょくりやがって」
「ナメてんじゃねぇぞ!」
一人が剣を上段に構え振り下ろす。体勢、筋肉、持ち手から剣の軌道を予測、少し外側へ移動するだけで躱すセラ。力のこもった剣は空を斬り、男の体が泳ぐ。
「ふっ」
息を吐き踏み込んで空いた脇腹へと掌底を打つ。当たる瞬間に力を込める容赦のない一撃。剣を手放して、よろけて座り込む男。肩を上げ下げしてリズムの狂った荒い呼吸をしていた。
「てめぇっ」
残る一人は剣を肩の横から薙ぎ払う。振り向きざまに仰け反り躱す。そのまま両手を床につきバク転をしながら男の剣を持つ手を蹴る。
「がっ」
男の短い呻きに投げ出され床に落ちる剣。蹴られた手をもう片方の手で覆う。痛みが堪えきれず歯を食いしばる男。泳いだ視線が目の前の少女へ戻る時。
眼前には少女の足の甲が迫っていた。寸止めで当たりはしなかったが意識を刈り取るには十分だった。ゆっくりと床へ倒れていく。ざわついていた野次馬から歓声があがる。「何あの子凄い」「強いな」と賞賛の声が混じる。
(騒ぎ立てて有名になって見つけてもらうのもありか)
周りの予想外の反応に、帰宅する方法を頭の隅に追加するセラだった。
■■■
「んまー♪」
通りで目をつけていた屋台の焼肉串を両手に持ち、旨味を噛みしめるセラ。銀貨二枚で一本買うところ、店のおっちゃんはもう一本サービスしてくれた。野暮な出来事はあったが、お腹が満たされる幸せの前ではどうでもよくなる。
事後処理には国管轄の自警団が来て対応した。情報を得るために話を聞くとここでの法律を教えてくれた。旅人や行商が多く出入りするこのエルドラルドでは、盗みや殺し以外は力と思いやりが正義の風潮のようだ。昔、最強とされる勇者がその地盤を作っただとか。荒れる者も優しい者も力と金で共存か、と解釈した。
日が落ちるにはまだ早いが宿を探す。誰か話を聞けそうな人を、と見回していると、ゆっくり近づいてくる人がいた。長い耳、金髪、百七十は超えているであろう高い身長。弓矢を抱えて杖を持つ。話に聞いた種族の一つ、エルフ。
「あの、お願いが」
その声は緊張していた。怯えているとも思える。私何かしたかなと考えながら咀嚼していた肉を飲み込む。
「私の依頼を手伝って下さいっ」
セラにすがりつくエルフ。手伝う、ということはさっきのいざこざを観て私が強いと感じたのか。これは有利な交渉材料だと判断する。
「んじゃ私の頼みを聞いて欲しいんだけど」
「は、はい出来る事なら」
したり顔で意地悪な返しをするセラ。エルフはごくりと喉を鳴らす。ちょっと困った顔可愛いな、いや待てそんな性格に目覚めてはいけない。私には妹がいるんだぞ、と踏み止まる。その考え方もおかしいが。
「これから泊まる安い宿を探してるのよ」
少し安堵したエルフは肩の力を抜いて深く息を吐いた。よかった、無茶振りでなくて。
「私と同じところで良ければ」
「一泊いくら?」
「銀角貨一枚、食事無しの風呂有りです」
「よし、案内をお願い」
そして、エルフとともに行くことで今日の宿は解決するのだった。
宿が犇めく区画の路地裏にひっそりと佇む時雨亭。ぽっちゃりとした女将と看板娘の親子二人が営む。木造の築五十年は時の積み重ねを感じさせ、立地の悪さが安さを納得させる。
「まずは三日ほど」
「銀角貨三枚だよ」
嗄れた声の女将に代金を渡す。冒険者の登録証を見せると女将はさらさらっと帳簿をつけた。
「二階に上がって左側二つ目の部屋だよ」
お世話になります、と鍵を受け取る。鍵に書かれたのは部屋番号だろう。まだ読めない。
着いた部屋は三畳の広さ、ベッドが一つと机が一つ。寝るための最低限といったものだ。値段相応よね。
部屋を確認した後、一階の広間にあるテーブルの椅子へと腰掛ける。この広間は食堂も兼ねていて夜には酒場となる。食事をしながら依頼の作戦を練ることは普通らしい。呑んで酔って作戦が纏まらないのもご愛嬌。部屋に戻らず広間で朝まで寝てしまうのが時雨亭あるあるのひとつのようだ。
セラの向かいにはエルフが腰掛ける。看板娘に注文、葡萄酒を二杯、銀角貨を渡し釣りをもらう。注文と同時の精算。なかなかどうして、この世界において合理的だなと感じた。
届いた木製の樽型ジョッキを持ち、掲げて乾杯する。まずはごくごく、喉越しにすっきりした甘さが抜ける。あー、確かにこれはダメな大人が増えそうだわ。帰ったら二十歳からじゃないと飲めないね。
「とりあえず、私はセラ」
「私はティエリ・フィードです」
「ふむー、エリでいい?」
「はい、よろしくお願いします」
声といい体型といい女性だよな、とエリの胸を見るセラ。同じ属性だった。セラの目線を追うエリ。その意味が通じた時、種族を越えた最高の仲間が出来上がる。二人はがっちりと握手をした。夢と希望へ向けて、まないた同盟、発進!……なんだよ、それ。
「エリの依頼ってのは」
「これです」
テーブルに取り出した依頼書を広げる。“ウルフ討伐五匹、報酬一匹毎に銀角貨二枚、計十五匹迄良し”と内容はエリが読み上げた。
「割と楽で良さげな感じだけど」
「私もそう思ったんです。期日は十日後。これはいけると受けてから気付きました。簡単な罠に……」
エリが怪談のような話し方になっていく。止めるのは面白くないと思い葡萄酒を飲みながらのんびり聞く。
「なんと!ウルフ五匹を運ぶのが難しいことに!」
「あーそりゃこまったなー」
拳を握り悲壮感を演出するエリに棒読みで返すセラ。あー、この葡萄酒美味しくて飽きないなぁ、銘柄とか産地って何だろう。
「あの、セラさん?」
「ん?聞いてる、聞いてる」
渾身の演技だと思ったのに、とテーブルに突っ伏すエリ。どうやらこの子はからかいがいがありそうだ。エリの頬を人差し指でぷにぷにとつついてやると生気の抜けた目でエリはセラを見た。
「そんなの楽勝だわ」
「えっ?出来るの?」
その自信は何処から来るのだろう。強さに繋がるなら教えてほしいと願ってしまう。
「エリ、今から図書館に連れてって」
「は、はい」
空になったジョッキを置いて立ち上がる。こんな世界でもなんとかなると思ってしまうセラがいた。




