五十八話 繋がりは確かに残っていく
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依琥乃は、出会ったばかりの私に話しかけ、見かけるたびに声をかけてくれた。あの個人経営の精神科を進めてくれたのも依琥乃だ。おかげで母さんの私への態度は時々起こすヒステリーを除けば全体的に柔らかくなり、母は陽苓征司と巡り合った。私が小学二年生の時に二人は結婚し、私は家庭での平和を手に入れる。依琥乃はそのことも予言していた。
依琥乃はたくさんのものを私に残した。それは物ではない。彼女との思い出も、どうしてか徐々に薄れゆく。
依琥乃が遺したのは、人との繋がりだった。
射牒さんと出会うきっかけをくれた。
更科君に逢わせてくれた。
もしかすると、依琥乃が居なくても私達は出逢っていたのかもしれない。けど、依琥乃が居なければ今よりちょっとだけ冷えた関係だったろうというのは確かなのだ。
だからきっと私は、依琥乃に感謝しているんだと思う。
私にたくさんのものをくれた依琥乃。
私は彼女のことを、実はよく知らない。私の幼少期を依琥乃という存在無しに語ることができない程、私にとって重要な人だったのに。
依琥乃は私に、何かを隠していた。それを更科君だけが知っていることも、なんとなく感じていた。
けれどきっと、それでいいのだ。更科君は依琥乃が自殺した理由を探している。でも私はあまり、興味がない。
あの死が、依琥乃の意思であったのなら。もう二度と会えないことは悲しいけれど、依琥乃が自らその死を選んだのなら、それでいい。依琥乃は自由奔放に私達を振り回しているほうが似合っている。
思う存分振り回されよう。私に探偵役は荷が重い。道化で十分だ。それが彼女の遺した望みなら、いくらでも付き合おう。
けれどただ一つ、彼女に伝え忘れたことだけが、心残りというやつで。
今もどんどん薄れていく記憶の中の彼女へ、私は呼びかける。
依琥乃。貴女は私の、一番大切な友達だった。たぶん今までそうだったように、依琥乃という存在を私が完全に忘れてしまったとしても。
これからの永遠で、依琥乃は私の大好きな友達であり続けるのだろう。
つまるところ、私の人生なんて、そんなものなのだ。
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有給休暇が明けて出勤した私へ、熊に似た容貌の先輩が笑顔で接近してきた。
「祇遥、有給は楽しめたか?」
「ええ、満喫させていただきました」
「それは良かった。こっちはお前が休んでいる間にいろいろあってな。警察関係者のうちでまことしやかに囁かれてた例の人間大量失踪事件がこの町で起きたんだと。捜しても犯人は捕まらないだろうから、これから市民の皆様へどう説明するか局長が頭抱えてるよ。
それとついでに、昨日の深夜にアヴァールの社長が自首してきたぞ。わざわざアヴァールの不正の証拠持ってな。おかげで隣の県でやってた上城町の都市開発計画が無期限凍結になりそうだと」
「それはそれは、大変ですね。私もはりきって業務にあたりますよ」
ほとんど知っていることだったので、当たり障りなく笑顔で返す。連休で溜め込んだ仕事を片付けなければ。
しかし先輩は一向に私の前から立ち去らない。しかも、これからが本題だというように腕を組んだ。
「ところで祇遥、お前昨日、ガス爆発のあったビルに居なかったか?」
突然の言葉にどきりとした。内心肝を冷やしながらも、私はしらを切る。
「なんのことでしょう?」
「証拠は挙がってんだ」
目の前に一葉の写真を見せつけられる。そこに写っていたのは、確かにビルにいた私だった。
写真の出所は考えるまでもない。
梶宮、あの男ただでは転ばなかったか。
「事情はいちおう聴こう。だが、後十年は昇進の機会はないと思え」
先輩から厳かな声でそう告げられる。
ふっ、この三日間、得るものもあったが、失うものもあったわけだ。
「はい……」
気落ちしながら返事をして、大人しく先輩の後に続く。所属する階級に固執する気はないが、努力が認められないのは確かに辛いな。こんなことで動揺するなんて、まだまだ私も修行が足りない。そんなふうに現実逃避をするしかなかった。
第五章 冷笑の硝煙 了




