四十二話 師弟
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依琥乃について隠していること、か。
確かに、あるにはある。けれどそれは、依琥乃から誰にも言わないで欲しいと頼まれていたことだ。それに話しても理解されるとは思わなかった。
「そんなことありませんよ」
だから誤魔化す。しかし、射牒さんは引き下がらなかった。
「この間は見逃した。だが、これ以上伊神依琥乃について調べるならば、知っていることは話してもらわなくてはならない」
その目つきは本気だった。背筋が震える。滅茶苦茶怖い。つい喋っちゃいそう。でもできない。故人との約束を破るほど自分は落ちぶれちゃいない。
「ほう、だんまりか。ならば、こちらから話すか」
そう言って、射牒さんはいくらか眼光を和らげた。呼吸が戻る。どっと汗が噴き出した。
やっぱりこの人ちょー怖い。無理、この人が師匠とか無理。誡は本当にすごいな。
だが、話すとはなんのことだろう?
「遠回しな話は苦手でな。単刀直入に言おう。レーゾン・デートルは私の師だった」
「えええ!?」
「うるさい! 場所をわきまえろ!」
「す、すみません」
いや、でも、ええ? レゾンに自分の他に弟子がいた? しかもそれがよりによって、祇遥射牒? どういうことだ?
「落ち着け、更科奏繁。弟子といっても、もう昔のことだ」
「あの、なんか頭に入ってこないんですけど、それはいつのことですか?」
訊くと、射牒さんは少し考えたあと、指折り数えだした。
「そうだな、弟子入りが六歳で、最後にアイツに会ったのが大学の入学式だから……」
「六歳!?」
「ん? ああ、漆賢悟と同じく、私も親戚一同をアイツに喰われてな。喰い残されたんで、それから共に行動していた」
「そんな残飯みたいな……」
情報が濃すぎてなんとも言えない。んん? つまり射牒さん、家族の敵に弟子入りしたの?
「まあ、その時はそうするしか生きる道はないと思っていたからな。安心しろ、別にレゾンを恨んではいない。家族の顔なんて忘れたし。現弟子のお前に八つ当たることは何もないさ」
「うわぁ…………」
絶句だった。薄情すぎないかこの人。そんな軽く話すことでもないでしょう、それ。
そうだ、射牒さんがレゾンの弟子なら、射牒さんの弟子である誡は、レゾンの孫弟子にあたるのか。なんだかこんがらがってきた。
「そんなに驚くとこなのか? お前だってレゾンの弟子だろう」
「弟子っていっても、魔法を教わったくらいですから」
「そうか。やけに軟弱だと思ったら、あの地獄の特訓を受けていないのか。納得だ」
「その特訓って、いったい……」
「聴くか? やわな精神ではトラウマになりかねんぞ?」
「やめときます」
ニヤリと意地の悪い笑顔で言われたので丁重にお断りした。そういう表情はどことなくレゾンに似ていると言えなくもない。長く一緒にいて影響されたのだろうか。
自分以外にも弟子がいたことにも驚きだが、それ以上に射牒さんとレゾンの関係性も不思議だ。射牒さんの話を出した時のレゾンが、やけに毒気を抜かれた顔をしていたのは、愛弟子だったからだろうか。
「まさか、このまま弟子一号とか二号とか登場するんじゃ」
「安心しろ。弟子など私が初めてだと言っていた。二度と弟子など取らんともな。私にしてみれば、お前という新弟子がいることの方が驚きだったんだが」
自分の場合は依琥乃の紹介だったという点が大きいだろう。そうでなくては、あんな化け物とは一生会わなかっただろうから。
「それはよかった」
他に弟子がいたら、たぶん射牒さんと同じかもっと濃ゆいキャラをしているはずだ。正直会いたくない。
「というか、どうしてそんなこと自分に話したんですか?」
たぶん、誡ですら知らない情報だろうに。
疑問に思って訊いてみると、射牒さんはイタズラの成功が目前に迫った子供みたいな表情で答えた。
「これからすることに必要だったからな。さて、更科。お前は、術者の弟子の決まり事を知っているか?」
「なんです? それ」
聞いたことがない。なんのことだ?
なんのことか本気で分からず困った顔をすると、射牒さんは頷いて説明を始めた。
「術をうまく扱えるかは、家系や年月に縛られないことは知ってるな? 素質こそが物をいう。最初に弟子入りいた人間が、数年後に弟子入りした弟弟子に越されることもしばしばある世界、らしい」
「らしい、って……」
射牒さんが突然自信なさげになる。ちょっと呆れると、射牒さんは少しふてくされたように顔をしかめた。
「仕方ないだろう、私は術を使えないからな。そっちの世界には疎いんだ。
──とにかく、術者世界は、弟子入りの年月で技術は決まらないということだ。しかしそれでは兄弟子側に不満も募るだろう。そこで、師は考えた。ほんの少しでもその素質の差を埋めることはできないかと。そこで、だ」
唐突に射牒さんが自分を指さす。それも、手の平を上に向け、人差し指と中指の二本で。
なにか不味い。しかし自分の身体が動く前に、射牒さんは言葉を発した。
「──原始の妖獣が師兄、祇遥射牒が、師弟、更科奏繁に命ず」
「ぅぁっ──!?」
全身にしびれが走った。身体が動かない。それどころか、喋ることすらままならない。呼吸を確保するので精一杯だ。
なんだ、これ。
「ふはっ──おっと変な笑いが。んんっ、わけが分からないという顔をしているな。術者の兄弟子は弟弟子に一度きり、どんな命令も順守させることができるんだ。あの吸血鬼に教わらなかったか?」
「っぁ」
首を横に振ることもできない。これは魔術か? けど、射牒さんは術を使えないって。嘘だったのか?
「不思議そうな顔をしているな。なに、私に術なんて使えないさ。術を使っているのはお前だよ、更科。これは、相手に強制的に術を作動させているに過ぎない。これなら素質の差など関係ないだろう?
もちろん、弟弟子に素質がゼロでも使用できる。師の──ここではレゾンの──力を一度経由するからな。お前らがきちんと師弟の契りを交わしていてくれて助かった」
なるほど。それなら魔術の素養がない自分にも効くわけだ。って、納得している場合じゃない。ていうか本当に動けないから、せめてどうにかしてくれませんか。
「さて、更科の困惑顔も堪能したところで、本題に入ろう」
この人まさかのドS。この師と弟子、変な所で共通点が多い。というかレゾンも射牒さんも、自分の困った顔なんて見てなにが楽しいんだ。そんなに嗜虐心を煽るのか自分の顔は。
さんざん楽しんだ射牒さんは、また自分を指さし、今度こそ命令を下した。
「更科奏繁、伊神依琥乃について隠していることを洗いざらい話せ。──全てはそれからだ」




