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哀傷ゾルレン  作者: まじりモコ
第二章 狂気の隆替
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十二話 指令と市街地


          3


 外はまだ寒いので、いったん教室に戻る。先導する誡さんが入っていったのは二年三組の教室だった。自分(ぼく)が四組だから隣のクラスだ。


 体育の授業は二クラス合同であるけど、男女は別れて行われるし、そもそもクラス替えからそう日にちも経っていない。自分(ぼく)が誡さんのことを知らなかったのも仕方ないことだ。誡さんも自分(ぼく)のことを知らなかったという。お互い交友関係の広いタイプではないらしい。


 誡さんは自分の席に。自分(ぼく)はその向かいに座る。中学校の机は高校と違って二つ一組でくっついて置くから、隣に座ると距離が近い。気恥ずかしさもあって自分(ぼく)は会話のしやすい位置についた。


 この教室に残っている生徒はいない。廊下から聞こえる声もまばらだ。机を挟んで、自分(ぼく)らは携帯の画面を覗き込んだ。表示されているのは、依琥乃からのメールだ。


 結構な長文のそれを、誡さんは簡潔に要約してくれた。


「……つまり県内で起こっている連続殺人事件を、私たち二人で解決しろということです」


「相変わらず無茶苦茶なこというなぁ。そもそも、そんなの警察の仕事じゃないか」


「……警察だけでは早期解決は難しいと、依琥乃は踏んだのでしょう」


 薄いため息をついて誡さんが携帯を閉じる。さすが依琥乃の親友だけあって、こういった事態には慣れているのかもしれない。その点では自分(ぼく)も他人のことを言えない面があるけど。


「その本人が疲労で欠席なのがな。でも本当は依琥乃も参加する気ではあったんだろ? 自分(ぼく)ら二人だけで大丈夫かな」


「……依琥乃が大丈夫と判断したからこのメールなのでしょう。後は我々が依琥乃の予定外のヘマをしなければいいだけです。……それに、依琥乃の回復はおそらく望めないでしょうし」


 入学式で早退した依琥乃だ。これから新入生を襲うイベントの数々を無事に乗り切れるとも思えない。目下の敵は体力テストと宿泊研修、そして、


「……体育祭、乗り切ることができるのでしょうか…………」


「小学校同様、いつのまにか救護テントの守り神にでもなってると思う」


「ああ……、やはりそうなっていたのですね」


 自分(ぼく)と依琥乃は同じ小学校だったけど、誡さんは別の小学校出身だ。だから学校での依琥乃のことは詳しくないようだった。


「……会うのはだいたい休日でしたから」


「制服姿を見られたくなかったんだろうな……。『いつまで経ってもランドセルは恥ずかしい』とかなんとか言ってたし」


「……そんなことも言っていましたね」


 初対面の自分(ぼく)達の共通の話題は依琥乃のことしかない。会話がそう偏るのも、仕方ないことかもしれなかった。


 そんなこんなで談笑──誡さんはずっと無表情だが──している間に、周囲からわずかに残っていた人の声もしなくなっていた。


 放課後に女の子と二人きりでいることに、若干の気恥ずかしさが無かったわけじゃない。


 それでも紛れるものが無くなって、ぽっかり空白に浮いたように二人きりだという状況に、自分の心臓は自然と早鐘を打ち始めていた。なんだか悪いことでもしてるかのようだった。


 ずれた話を元に戻そう。そうじゃないと、なんだか意識しすぎて顔が熱くなってしまいそうだ。


「調査と言っても、どうすればいいんだろう?」


「…………とりあえず、私は警察関係者に知り合いがいるので、その人に話を聞いてみます。そこでなにも情報が得られなかった場合、犯行の範囲が広いので地道に聞き取り調査でしょうか。……夜を中心に回ったほうが効率がいいかもしれませんが」


「依琥乃は何か言ってた?」


「……『被害者が未成年なら、噂を集めるのもいいかも』とメールに」


「噂か…………」


 確かに普通に生活していても、連続殺人事件にまつわる眉唾な噂はいろいろ聞こえてくる。被害者が学生だから、みんな面白がって噂を流すんだ。そのどれかに真実が混じっている可能性も否定できない。警察も案外そういった都市伝説じみた噂に目をつけてないかもしれないし。


「心当たりがあるから、そっちは自分(ぼく)がやるよ。それと、夜の聞き込みは二人でやろう。危ないから」


「……危ないから、一人のほうがいいのですが」


 すごく嫌そうな雰囲気が出ている。表情があまり変わらなくても、さすがにそのくらいは読み取れる。


「駄目だよ。依琥乃は『二人で解決しろ』って言ったんだろ?」


 依琥乃の名前を出すと、誡さんは案の定言葉を詰まらせた。


 自分(ぼく)の経験則として、依琥乃と深く関わった人間は自分(ぼく)も含めてたいがい彼女に弱い。依琥乃が怖いというのもあるけど、やはり、みんな依琥乃が好きなのだ。だから依琥乃にはあまり逆らわない。それに依琥乃の言葉は、ほとんどの場合正しいから。


「………………わかりました」


 しぶしぶといった感じで誡さんが頷く。よし、言質はとった。これでいい。


「それで、誡さんが警察の人に話を聞けるのはいつになる?」


「……あの人も忙しいですので。三日後くらいになるかと」


「じゃあ、噂の方もそれまでに調べておくよ。今日からは……聞き込みくらいはやれそうか」


「……事件の発生する時間帯は決まっていますから。その時間帯を中心に」


「分かった。今日はどの辺を回る?」


「……まだなにも情報がありませんから、人の多い市街地を適当に──」


 そうやって話を詰めていって、今後の簡単な予定を立てた。今夜はその日最後のバスで目的地に出向き、始発で家に帰ることになった。


 今日は城の周辺を回ることにして、とりあえず解散する。


「じゃあ、また後で」

「……お疲れ様でした」


 挨拶を交わして校門を出る。ここからは逆方向のようだ。一度も振り返らず真っすぐ歩いていく背中を見ながら、自分(ぼく)は依琥乃から教えてもらったことを思い出していた。


 ──あの子も、稀人(まれひと)なのよ。


 自分と同じ異端。人間としての異質。強すぎる願いに引きずり込まれた魂の末路、稀癌罹患者(きがんりかんしゃ)

 初めて見る自分以外のそれは、なんだかどうにも捉えどころがない。浮かぶ感想と言えば──。


「……寒いなぁ」


 浮かんだ感情を言葉で打ち消して、自分(ぼく)は歩き出した。

 だって、出会って一時間程度で女の子に好意を抱くとか、


 ただの浮かれたクソ野郎ってもんだろう?


          4


 自宅に帰って少し眠った。目が覚めてから、すぐに着替えを済ませる。家の中には誰もいない。時刻は十七時過ぎ。義父さんはまだ仕事だろう。母さんは、おそらく買い物だ。


 一応義父さんにメールで夕食は要らないと伝える。必要無い行為でも世間一般で必要なことならやりなさいと、依琥乃に昔注意されたからだ。


 そんなことにいったい何の意味があるというのだろう。依琥乃の言うことはだいたい正しい。しかし、私には理屈の分からない理論が飛び出すことも稀ではなかった。


 学校指定のカバンから護身用に持ち歩いている拳銃を取り出す。そして家にいつも置いているリボルバーを引き出しから取り出し、両方出掛け用のウエストバックに詰めた。


 そういえばあの時、角度的に彼にもこの拳銃が見えてもおかしくはなかったのだけど。なにも反応が返ってこなかったから、見えなかったのだろうか。


 あれは、変な少年だ。どこにでもいそうな顔立ちと雰囲気。依琥乃は無個性と表現していたが、あれは──。


 ……思考が、すこし傾いた。


 更科奏繁。

 私と同じ、稀癌(きがん)罹患者(りかんしゃ)


 だとしても、別段特別には見えなかった。興味がないではないが、自分から関わろうとは思わない。そもそも私は他人に関心を持つことがあまり無い。


 これも、本当はおかしいことなのだろうか。普通の人間は他人のことが知りたいから、人生の大半を人間関係に浪費するのだろうか。そうして、私と同じ「異端」であるはずのあの少年も、やはり私とは違うのだろうか。


 どうでもいい思考に浸かりながら、バスの時間を確認する。私の住む地区は割と田舎なので、一つバスを逃すと、一時間ほど間が空いてしまう。見ると、三分後にバスが来る予定だった。走ればまだ間に合いそうだ。


 スニーカーを履き、玄関を出る。扉が閉まりきる前に、私はまた必要のない普通の言葉を呟く。


「いってきます」


 もちろん返事はなかったけれど。


          5


 幾度目かの夜が明ける。願いは変わらず。ただ一つのみ。

 種を撒き、水をやり、作物を育てるが如く丁寧に。

 何度失意を繰り返そうと、我は必ず、たった一つのソレを探し出す。

 生まれてのちに一度も我が目前に現れなかった、妬ましき、麗しき、甘美なソレを。

 誰の世界がほろぶとも、ほろびずとても、何事ぞ。

 我は必ず、見つけてみせる。


          5


 心地よい振動に揺られること五十分。県の中心街でバスを降りる。


 本当は途中から市電に乗り換えた方が数十円安く済むのだけれど、いつのまにか眠っていた私にその選択肢はなかった。


 どうしてバスに乗ると眠たくなってしまうのだろう。高校はバス通いになる予定なので、この問題には早々に取り組むべきかもしれない。


 わが県の「街」は、市電の通る大通りを境に、それぞれ上通り、下通りと呼ばれる一直線のアーケード街を中心としている。むしろ、県民が「街に行ってくる」と言った場合は、十中八九、99,9%ここを指す。イメージとしては、上通りは大人向けの静かな雰囲気で、下通りは若者向けの店が多い。


 バスを降りた私は、そのまま下通りに入った。事件の被害者は全員学生だったからだ。そしてこの通りは、二番目の被害者が発見された場所からも近い。


 そのせいもあるのだろうか。平日とはいえ、この時間帯なら学校帰りの学生が大勢いるはずの通りは、人通りもまばらで、活気がなかった。下通りの入り口からは見えないが、上通りの中も同じような状態なのだろう。


 実際、学校でも集団での登下校が推奨され、放課後の部活動も時間が制限されている。ニュースでは無差別殺人事件としてもてはやされているから、親たちも自分の子供に一人で外出させないようにしている節があった。


 しかし人々の警戒とは裏腹に、街は安全に満ちていた。危険はどこからも感じられない。人が少ないから問題の起こりようがないとも言える。見渡す限り、平和そのものだ。


 広々とした通りを歩いていると、携帯が震えた。師匠──射牒(いちょう)さんから返信が来ていた。


『明日の午前からなら時間がつくれる』


 射牒さんらしい、簡素な文体だ。イエス・マムと返信を打ち終える頃には、通りの突き当りについていた。ここが下通りの終わりだ。右に曲がればまだ少しアーケードは続いているが、そこはサンロードという別の通りだった。


 予想以上にこの街は安全だ。やはり、昼間では情報は入手できなさそうだ。角に店を構える大手ファーストフード店で時間を潰そうかと考えていると、後方から声をかけられた。


「あのぉ、ちょっといいかな?」


 振り返ると、少し困ったように眉を寄せた女性が立っていた。当たり前だが私よりも背が高い。自然と見下ろされる姿勢になる。大学生くらいだろうか。オシャレなお姉さんといった装いだ。


 特にというか全く危険を感じない。初対面の人間でこれほどまでに危険信号の無い人間は珍しい。先ほど会った更科君ですら若干の──おそらくは警戒心だろうけれど──反応を感じたのに。


「ごめんね、ちょっとお店の場所がわからなくって。知ってたら、教えてもらえないかしら?」


 観察しているとそんな風に続いた。どうやら迷子のようだ。よく見れば、片手にグルメ本のようなものを携えている。


「……私に分かる所でしたら」


 断る理由も特になかったのでそう応じる。すると女性は嬉しそうに顔をほころばせた。


「ありがとう! このカフェなんだけど……」


 見せられたページに映っていたのは見覚えのある建物。知っている店だ。


「……ここなら…………いえ、案内します」


「えっ、さすがに悪いよ! 場所教えてくれるだけで助かるわよ? それとも、そんなに入り組んでる所にあるの?」


「……いえ。場所そのものは単純なのですが、……説明が面倒で」


 そもそも私は説明が不得手だ。どこで曲がって何歩歩いてなど、口頭で教えられる気がしない。というか私も場所はうろ覚えだった。


 正直にそう話すと、お姉さんは無邪気に笑い、なぜか私の手を取った。


「――わかった。じゃあお願いするわね。どうかあたしをお店まで連れて行ってちょうだい!」


 そう言って、私を引っ張る。そっちは逆方向です。やめてください。


 面倒だが仕方なく女性を先導する。なぜか手は繋がれたままだ。振り返ると、にこにこと笑うだけで黙ってついてくる。なんだか注意するのも面倒になったのでそのまま前に向きなおった。表情の機微が激しい女性だ。顔面の筋肉強そう。


 元来た道を辿るように歩く。目的地まで数分とかからない。私の記憶が正しければ、店はこの下通りから横の道に入ればすぐだ。


 問題はどこで曲がるかなのだけれど、歩いているうちに思い出した。路地を一度素通りしそうになったことには、女性もつこっまずにいてくれた。案外本当にいい人なのかもしれない。


 店の目の前まで案内して去ろうとすると、つないだままだった手を引っ張られてたたらを踏む。散歩中の犬みたいになってしまった。いったいなんだというのだろう。


「待って。あたし、あなたのこと気に入ったわ。お礼もしたいし、よければご一緒しない?」


 と目的地のカフェを指さす。


「……いえ、結構です」


 女性に非はないけれど、あいにく今日は持ち合わせが無い。交通費を除けばカフェの飲み物代もあるか怪しい。早急に断るのが良策だ。


「今ならお姉さんがスイーツ奢るわよ?」

「……よろこんで」


 糖分に引かれてしまった。まあ、元々時間を潰す予定だったから、いいだろう。


 重たい扉を引いて開く。女性に先に入るように促し、後から私もついていく。

 扉をくぐる瞬間、ふと頭に今朝見たニュースが思い出される。


 そういえば、二人目の被害者が発見されたのは下通りではなく上通りの裏手だったような……。


「…………間違いは誰にでもあります」

「え?」

「……なんでもありません。座りましょう」


 記憶違いさえしていなければこの女性にも出会わなかったに違いない。そう考えるとスイーツ分は得をしているので、私は己の過ちを反省しないことにした。


 依琥乃も言っていた。この世は偶然か必然かのどちらかしかないのだと。ともすればこれは、幸運というやつなのかもしれなかった。






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