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野生の牢獄  作者: 鴨野朗須斗
12人の生存者たち
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小屋作り 2

 小さな丸太小屋の完成には20日ほど時間を要した。大きなバナナの葉のような植物をミルフィーユの様に重ね樹液で固めた扉はすきま風が吹き込んでくるが、それでも野ざらしというわけでもない。

 サドルノッチ工法で積み上げられた丸太は今ではがっしりと固定されており、彰浩が力一杯押してもぐらつくことはなさそうだ。屋根は薪小屋や扉と同じように葉を組み合わせて片流れに作った。



「かんせーい!」



 美香が友里亜の手を引き我先にと家の中に駆け込む。扉が重いので開閉は彼女たちには難しく、隼人が手を貸した。

 小屋自体はとても小さなものだ。1辺がおおよそ3メートルほどの正方形、せいぜい4畳半といったところだろうか。天井は彰浩が立つと頭が当たらない程度には高さを取ってあるが、それでも2メートルちょいとやや圧迫感がある。

 「弟の部屋より狭い」とは隆太の言葉だ。女性ならば何とか4人は寝そべることができるだろうが、全員が入るとなると座ることすら難しい。


 美香たちが靴を脱ぎ捨て足を踏み入れると、やわらかな木と土のにおいがする。床は遠征で発見した龍のひげに似た頑丈な植物をかごのように編み合わせ、それを3重にしてぴんと張っている。1枚では数人乗ると流石の龍のひげも穴が開いてしまっていたが、3枚重ねれば彰浩をはじめとした大柄の男衆が乗っても破れるどころかたわむこともない。

 入って右側に窓がわりの穴が開いている、ただそれだけのがらんとした何もない空間だ。家と呼ぶには小さすぎるし、全員がここで足を伸ばして眠れるわけでもない。

 それでも雨漏りもしないし、海風に巻き上げられた砂が体を叩くこともない。朝目が覚めて砂を噛んでいたり、床の堅さに背中が痛くなることもないだろう。龍のひげで編んだ床は柔らかいわけではないが、プラスチックでできた畳のようにつやつやとした肌触りと柔らかさを持っている。



「もう1軒……いや、最低2軒は必要だよな」



 隼人が入り口から中をのぞき込んでしみじみと呟く。

 この小屋1軒で一人あたりのスペースをそこそこ取ろうと思えば4人がやっとだ。それでも手狭であるし、彰浩や省吾の図体を考えれば彼らは2人部屋が好ましい。



「ここに永住する気なの?」

「それはわからないけど、いつ冬が来るかわからないからな。彰浩さんたちの言ってた移住候補地も見ておくべきだと思うし……」



 家を建てながら生活することはできるが、家を建てながら遠征を繰り返していては生活がままならない。やるべきタスクは山のようにあるのに、人手は足りていない状況だ。



「はい!」

「何か意見が?」



 ジェシカが子供のように手を挙げる。そして花がほころぶような笑みで、言った。



「ひとつずつやればいいね?」





 ジェシカの言葉は至極当たり前のことであったが、今後の方針になっていた。

 隼人も真凛も自分たちがいっぱいいっぱいになって早急に物事を進めようとしていたことに気づいておらず、ジェシカの言葉にはっとさせられる。もともとのんびりとした気質が目立っていた彼女であったが、今回はそれが良い方向に働いた。

 確かに、焦る必要などないのだ。いや、焦るべきではあるのだが。

 蒼炎の言う冬がどの程度のものかわからないし、それがいつやってくるかもわからない。じりじりと砂を焼く太陽は今も忌々しいまでに熱く、すべてを燃やし尽くさんばかりだ。今日明日冬が来る、ということもないだろう。


 それから彼らは、小さな丸太小屋を作った経験を生かしながら今度はもっと大きなものを作り始めた。丸太はまだ何本も余っていたし、長さが足りなければ樹液で接着しながら継ぎ足せばいい。

 先の小屋作りではしごをはじめとした道具もいくつか増えていたし、省吾に至ってはサドルノッチを掘らせればぴたりと丸太同士が合うようになっていた。


 そうして――今度は十分に材料が余っていたため――15日ほどで2軒目の小屋が完成した。1辺が縦6メートル×横5メートルほどの大きな、家と呼びたくなるサイズだ。屋根を張るときに彰浩が資材を踏み抜いてしまうアクシデントもあったが、おおむね順調に作業は進んだ。



「土間が広いな」

「もしかしたら煮炊きをここでしてもらわなきゃなるかもしれないから」



 笹原が出入り口から連なる土間を眺めて呟く。もし冬が過酷ならば、家の中で火を焚くこともあるだろうし、調理することもあるだろう。5メートルある横の壁中心につけられた扉から1メートルほどはすべて土間になっている。あまり奥行きがあるとはいえないが、かまどの形を工夫すれば十分だろう。

 火を焚くことを考えて、窓も多めに作っている。からっとした季候なので日が陰り風が通れば、夏でも家の中の方が過ごしやすいかもしれない。

 前回作った小屋は窓が1つしかないので風の通りが悪く、夜でも暑くて寝られないと女性陣から苦情が入っており結局は全員で野宿しているのだ。


 天井は丸太小屋よりも高く、枝を加工して上には龍のひげで編んだハンモックをかけられるようにした。今のところ床の分しか材料が足りず、1つハンモックがぶら下がっているだけだが、残り3つのハンモックが完成したら全員で寝転がっても寝返りくらいは十分にうてるだろう。



「他に何することある?」

「えーっと、窓を塞ぐバナナの葉と龍のひげが足りてないからそこら辺を取りに行かないといけないかな?」

「樹液もあまりありませんね」

「じゃあそれも追加っすね。でもとりあえず今日は、だらーっとしましょーよ」



 そういって隼人が大の字で床に寝転がる。ひやっと冷たい床は心地よく、毎日あくせくと働いていた体は疲れ切っていて今すぐにでも眠ってしまいそうだ。彼に倣い、皆が思い思い床に寝そべったり、壁を背にして座り込む。



「あー疲れた。3日くらいだらだらしたい」

「窓もないのに?」

「そーなんだよなあ」



 大人たちが疲れ切った顔でだらけている横で、友里亜と美香はふたり完成したばかりのハンモックに乗せてもらい、きゃっきゃとブランコのように揺らして遊んでいた。



「みかちゃん、おうちね」

「うん、美香のおうちより小さいけど」

「わたしのおうちは……これくらいだった気がする」

「そうなの? 美香のおうちはニワトリさんもいたからもっとおっきかったよ!」

「じゃあ、お庭もあったの?」

「うん、ここのお庭くらいあったよ」



 ここの庭とは、つまり森のことらしい。そう考えると美香の実家は広大だ。話を聞く限りではかなりの田舎のようだが。



「じゃあ、ここは別荘ね」

「べっそう?」

「そう、おうちとは別の、遊びに行く為のおうちよ」



 呑気な子供たちの会話を聞きつつ、隼人は心の中でため息を吐いた。

 ――別荘、か。自宅に帰れる保証なんて欠片もないのに。

 親から引き離された子供たちは当初、泣きわめいていつも不安そうな表情をしていた。あの頃に戻ればいいとは思わないが、如何せん危機感が欠如している。いや、自分たちがそうさせたのだ。

 せめて子供たちが不安にならないよう、真綿でくるむように極力快適な環境を与え、大人たちの不安を隠してきた。何も知らない子供たちが安心して笑顔で暮らせるのは良いことだが、隼人はその脳天気さがうらやましかった。

 本来ならば隼人たちとて未成年で庇護される立場だ。彼らより年長者である彰浩たちが不満とは言わないが、どうしても人数が多く行動力のある彼ら高校生グループが率先してことに及んでいる。


 どうして自分たちがこんな目に合わなければならないのか。


 そんな不満が隼人の中に渦巻いている。彼は知らないが、そんな自身の境遇を呪う気持ちは大小あれど誰もが持っていた。それを表に出しても何にもならないから、皆心の内に秘めていたのだ。



「オレさ、ドラゴン見たいわ」

「……馬鹿じゃないの?」

「いや、興味本位とかじゃなくて。聞きたいこととかあるし」



 壁にもたれていた真凛が伸びた髪をうっとうしそうにかき上げる。



「あたしは川の近くを見に行きたい。家も何とかなったし、水辺が近いなら暮らしやすそうじゃない? あの……きのこもあるし。冬になったら海に入れないでしょ」

「水が飲めるとは限らないだろ?」

「スライムがあるじゃん。それに洗濯とか、水浴びとか、お風呂とか。水があれば色々できるし」



 そういう真凛の髪は皮脂でてらてらと光っていた。確かに海水では水浴びできないし、薪を得るのも重労働で水浴びなどは雨だけが頼りで不衛生だ。男たちは慣れつつあったが、女性陣には堪えるのだろう。

 隼人とて、毎日汗だくになって仕事しているのにごわごわとしたタオルで体を拭くだけの生活は少し嫌気がさしていた。



「風呂入りてぇー」

「わかる」

「薪なら、きのこの森に行った方が手には入るかもしれません」



 大きな図体を小さく丸めた彰浩が、ぽつりと漏らす。それに賛同するように寝っ転がったままの隆太が大きく手を振った。



「ああ、そうそう。きのこの寄生した木って枯れるみたいなんだよね。だから枯れ木が結構あったよ」

「生木を燃やす必要がないならもっと料理が楽になるな」



 いつもすすで顔を汚していた笹原も、静かに賛同する。



「じゃあとりあえず、ドラゴンに会いに行く班ときのこの森を見に行く班で分けて遠征するか」

「いっぺんにやる必要なくない?」

「そんなに人数いらないだろうしなぁ。ドラゴン……蒼炎だっけ、あそこにいた水鳥っぽい魚も色々と使えるから採っときたいんだよな。でも冬が来るなら移転は早めにしておきたいし」



 よっと、体を起こした隼人が懐からメモ帳を取り出した。



「蒼炎と仲いいのは誰だっけ」

「隆太さんですね」

「じゃあドラゴンの方は隆太とオレと……」

「何ちゃっかり自分入れてんのよ」

「他に行きたいやついるか? だってドラゴンだぞ? マリ、お前行くか?」

「パス。あたしは森の方に行く」

「だよな。で、水鳥をとるために泳ぎの得意な依里奈を連れて行く。いいだろ、依里奈」

「…………3日歩くんだろ?」

「片道な」

「面倒だな」



 窓から顔を出していた依里奈は至極嫌そうな顔をした。いつも必要以上に働きたがらない怠け気質のある彼女には過酷なノルマを課しているのだが、それすらさっさと終わらせて木陰でだらけている。そんな依里奈が何日も歩き通しの遠征に行くのは酷く骨が折れるようだ。

 拒否権はないからな、という隼人の言葉にしぶしぶと彼女は頷いた。



「はぁ、めんど」



 周りに聞こえるように大きくため息を吐いた依里奈だが、彼女が何だかんだ文句を言いつつもきっちり働くことを隼人はよく知っていた。なまじ能力があるから余った時間でだらけているように見えるが、実際は人並み以上に成果を出しているのだ。

 それに読書家の彼女が蒼炎の話を聞いたときに、いつもは剣呑そうな雰囲気をした瞳を輝かせていたことも知っている。



「きのこ、見る」



 所々単語を拾ったのか、フェイが会話に割って入った。

 彼も何ヶ月も日本語に囲まれていて、スピーキングはともかくリスニングは大まかに理解し始めていた。しかしいつもはつたないしゃべりを晒したくないのか全く日本語を話さない彼が、珍しく片言の日本語を披露する。



「フェイさんが行くんすか!?」

「結構遠いよ?」

「大丈夫」

「確かにフェイさんが色々と調べてくれたら安心なんすけど……」



 フェイの知識は誰も並ぶことのないくらい深い。本から得たサバイバルの知識は、彼の記憶の宮殿に一言一句違うことなく保存されている。経験があるわけではないが、その深い知識は今まで彼らが生存していくために大きく貢献してきた。そのフェイが実地を見て、調べるのならば他の者では見落としていたことすら発見できるだろう。

 しかしならばネックは、彼の運動能力だ。

 森を歩けば転ぶし、体力もない。言い切ってしまうとフェイはどんくさいのだ。



「フェイさんが行かれるのならば自分も行きます。いざとなれば担いで行けばいいでしょう」



 体力おばけの彰浩が控えめに手を挙げる。

 体力と知力、伸ばした能力が対極である二人だが、セットで考えるとその組み合わせは悪くない。一つだけ問題があるとすれば意思疎通の難しさだが、英語がある程度理解できる真凛も一緒ならば大丈夫だろう。



「じゃあドラゴン班はオレ、隆太、依里奈。きのこ班は真凛、フェイ、彰浩でいいか?」

「他に行きたい人はいない?」



 真凛の言葉に美香が元気よく「はーい」と手を挙げるが、友里亜にそっと下ろされていた。

 拠点を開ける訳もいかないし、妥当な人数だろう。もちろん数日分の食料などは事前に準備して、残る者たちへもあまり負担をかけないようにしておく。



「何日かは食材集めだね。最近は小屋のことばかりで貯蓄もあんまりなくなって来てるし」

「じゃ、明日からまたよろしくお願いします!」



 隼人が頭を下げると、ばらばらの返事が小屋の中に響いた。

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