小屋作り
肩に担いだ丸太はずしりと重く、ひとりではようやく1本抱えるのがやっとだ。省吾が木を倒し、隼人が枝を落とし、米村が枝をまとめ、彰浩が拠点まで運ぶ。拠点では隆太とフェイが水鳥の鱗で作ったナイフを何本かだめにしながらも鬼皮を剥いでいる。
3日かかって3メートルほどの丸太がようやく両手の数ほど完成したが、手間がかかる皮剥ぎに大きく時間が割かれてしまっていた。
家を建てようと決めたのは彰浩たちが遠征から戻ってきてすぐのことだ。
しかし建築経験など誰もなく、フェイが記憶の神殿から引き出した野山暮らしの本の知識しか手がかりはない。知識があっても技術はなく、ほとんど手探りで彼らはログハウス作りを始めた。
まずは同じ太さの木を選び、伐採して木材へと加工する。加工といってものこぎりなどという便利な道具はなく、俗に言う丸太小屋を目標にするのがやっとだ。
「あと何本?」
「……わかりません」
手にできた豆がつぶれた隆太が疲れた表情で尋ねる。先は全く見えないし、足りない腕を補う道具もない。まだ序の口だというのに節々は痛み傷が増えるばかり。
そんな中でも10日もすれば皆作業に慣れてくる。省吾は斧を研ぎながら効率よく木を倒すし、隆太とフェイは水鳥の鱗とY字の枝を樹液で固めピーラーのような樹皮を剥ぐ道具を作っていた。
食材集めに紛争していた女性陣も、今日は猫ねずみをとってきたとたくましい笑顔で戻ってきている。
「こっち終わったからさ、そっちなんか手伝えることある?」
「剥いだ樹皮をどこかに干して欲しいんだけど」
「ああ、じゃあちびっこたちに手伝って貰えばいいでしょ」
真凛が友里亜と美香を呼ぶと、二人は短い足で砂を蹴り上げながら元気いっぱいに駆け寄ってくる。
「まりお姉ちゃん! なーにー?」
「お手伝いできる人-?」
はーい、と小さな手が二つ挙がる。
「お兄ちゃんたちの周りの木くずを集めて、大きな葉っぱな上に干してほしいの」
「どうして?」
「これを乾かすとね、よく燃える火口って名前の道具になるんだよー。火をつけるのが簡単になるの-」
「わかった! ほくち、作る!」
「じゃあ、わたしは大きなはっぱ貰ってくるね」
「みかは集める!」
友里亜はふみの所へかけていき、残った美香はぺたんと地べたに這いつくばるようにして木くずをかき集め始めた。砂浜の上で何も敷かずに作業してしまっていたので、彼女の手の中には砂の方が多そうだ。
「美香、砂が入るとだめだから大きいのだけ拾ってくれる?」
「こんなの?」
「うん、砂はポイしちゃってね」
「ポイ、ね。わかった!」
友里亜が浮葉と共に引きずってきた葉の上に美香なりに厳選した樹皮が並べられる。乾燥した気候のため樹皮は細切れにしかはげないが、何本も作業すれば不器用なフェイや非力な隆太でも慣れてくるのか、上に摘まれている皮は比較的大きく形も崩れていない。
「漁はどんな感じ?」
「特に問題はなし、かなー。今のところ目星をつけた場所に色々実ってるし、海も依里奈がバンバン潜ってくれるし」
「依里奈は万能だよね、何でもできる」
「ここじゃ知能はあんまり関係ないし」
ひひ、と真凛と隆太は顔を見合わせて笑う。生き残る上で方針を立てているのはフェイをはじめとした自分たちだが、実行するのは彼女たちが脳筋と呼ぶ彼らに頼り切りだ。適材適所と割り切ってはいても、力になれない自分たちを歯がゆく思う。
「彰浩と省吾、依里奈。この3人に何かあったらきついね」
「隼人も頑張ってるじゃん?」
「隼人は……バランス型だよね。頭の回転も速いし運動神経も悪くない。だけど特化型の3人と比べちゃかわいそうだよ」
「あたしらは何特化型なんだろ……」
「頭脳?」
「ってより、フェイの通訳?」
大きくため息を吐く。まーお互いがんばろ、と拳を合わせ彼女たちは各々の作業へと背中を丸めて戻っていった。
□
丸太の下半分を火にかけて周囲を炭化させると防腐加工になるらしい。フェイの聞きかじりの知識から丸太の長辺――土に接する部分を焼いてはみたが、素人では加減が難しく自重に絶えられず折れてしまった。
「焼きすぎたんすかね」
「……どうだろうねぇ」
隼人と米村は中央でぽっきり折れてしまった黒焦げの丸太を前に首を傾げる。焼けば良いというものではない。土台となる部分がもろければ、積み上げた丸太が崩れてしまうかも知れない。そうなれば中の安全は保証できないのだ。しかしいくら温暖で乾いた季候とはいえ、森に近い砂浜では湿度があり、やがて根元から腐り落ちてしまうことも考えられる。
「基礎って言ったら、僕の知識じゃコンクリートでできてるってくらいしかないなぁ」
「コンクリなんて便利なもん、ここにはねぇし……石とか敷いてみます?」
「石かぁ、そういえば僕の実家の近くにあるお寺は、石の上にのってた気がするな」
米村の話では、基礎がわりの大きな石の上に柱をのせた建物があるらしい。隼人はそんな作りの建物など目にしたことがなく、彼の説明を聞きながらいくつかのパターンの絵を砂浜に描く。
「こんな感じすか?」
「ああ、そうだね。どうやってのってるかは全然理解できないけど」
「よっぽど平らな石ならともかく、未加工なものじゃ転がるっすよね……」
「木を削ると強度が心配だよね」
「多少は仕方ないにしろ……平らな石を探すか、それをどうにか抉ればいいんすかね」
それから隼人と米村は平たい石探しに数日を費やした。しかしながら都合良くそんな石は見つからず、大きな石を加工する手段も見つからない。行き詰まった彼らは気分転換に、然程強度の必要のない薪小屋を試作品だと言い聞かせて作ることにした。
まずは程よい太さの丸太の下50センチほどをたき火で焼いて炭化させる。度重なる失敗により彼らは焼きすぎないという技術を得ていたため、4本の丸太は見事折れることなく垂直に地面へと突き刺さった。
基礎部分は穴を掘り、小さい小石をいくつも入れて倒れにくくしている。砂の上に建てるのは不安があった為、草を切り開いて森の入り口を建築場所として選んだ。
そこに長さを揃えた梁を乗せて行くのだが、この木材の加工に水鳥の鱗が大いに役立った。彰浩たちが持ち帰ってきた水鳥の鱗は鳥の羽の形をしているが、一つ一つが鋭利で薄いナイフのようだ。それを細い丸太を半分に割ったものを土台とし、樹液で横一列に並べて接着すると、不格好なのこぎりのようなものに仕上がる。
切れ味はや使い心地は市販されているそれと比べると雲泥の差であるし、まっすぐ切れるわけでもない。だが斧やナイフで削るのと比べれば、無駄も少ないし粗方狙ったところで切ることができた。
前と後ろで高さを変えた柱に2本の梁がかけられる。柱の上部は丸太がのることを想定して半円状に削っていたが、技術不足でぐらつくので樹液で固めておく。その上に更に4本、太くまっすぐした枝を使って直接垂木をかけていく。
それでもまだぐらつく気がしたので、丸太を2本樹液で無理矢理つないで背面に筋交いを通した。
屋根は大きな葉を集めてきてもらい、それを樹液で貼り合わせたのちコーティングしていく。
薪小屋作りのおかげで樹液が大量に必要になり、3日ほど樹液集めに奔走することになったがそのおかげで薄く雨漏りのない屋根をかけることができた。横の壁も同じように樹液でコーティングした葉を貼り合わせてあり、横殴りの雨対策もばっちりだ。
1週間ほどかかった薪小屋作りだったが、少々不格好であるが頑丈で満足いくものができたと彼らは胸を張った。その日はささやかな功労会があり、主役である彼らは誇らしげに――いつも通りの食事で祝宴とはほど遠いものだったが――とっておきのさんぴん茶でのどを潤した。大量に積み上がった丸太を視界にいれないように。
□
達成感を味わってすぐに次の建物へ、などとは考えたくなかったが1日休んだ後すぐに隆太と米村は小屋作りへと取りかからねばならなくなった。加工された丸太が山のように積み上がっていたからだ。
「それで基礎なんだけど」
「薪小屋と同じ作りじゃだめなの?」
「強度が足りないし、僕らまた地べたで寝る羽目になるよ」
ある程度木材が集まったので、彼らの他に真凛と彰浩、省吾が作業に参加する。隼人をはじめとした他のメンバーは食材厚めと丸太の皮剥の担当だ。
「基礎なんだけど、樹液を固めるのが一番じゃないかって米村さんと話したんだ」
基礎となる石探しをあきらめた彼らは、樹液を正方形に固めて基礎にすることを思いついた。薪小屋作りで余った樹液は既に四角く掘った土の中に流してあり、琥珀色の大きな塊ができている。ひとまずは丸太を抱いた彰浩に乗って貰ったが、いまいち強度が測れない。
「……彰浩乗せる意味、あった?」
何ともシュールな光景に真凛が真顔で呟く。
「ま、まあひとまずこれで行ってみようか!」
樹液で作られた基礎はずしりと重く、ひとまずは彰浩と丸太1本くらいではびくともしないらしい。5センチほどの高さのそれを草を払った地面の上に乗せ、その上に一部を平らにした丸太を乗せて樹液で接着する。残念ながら水平器やスケールといった便利な道具はないので、すべて目で合わせるしかない。
「これさ、かなり手間だね」
丸太同士を組み合わせるための丸い溝――サドルノッチという名称がある――を掘りながら隆太がため息を吐く。如何せん素人作のサドルノッチではぴたりと収まるわけもなく、隙間ができてがたつくがすべて樹液という万能接着剤でごり押しした。
元々丸太自体がゆがんでいることも多々あり、小さな隙間には目隠し代わりの葉とてかてかと光る接着剤が塗られており、甘いにおいに釣られた羽虫が捕まっては固まっていく。
積み上げる作業よりもサドルノッチを掘ったり、必要な樹液を集める方に手がかかるので早々に彰浩はお役御免となった。隆太と米村、省吾が黙々と木を削る中、彰浩と真凛、そして美香と友里亜の4人は樹液集めに森の中をのんびりと歩いて行く。
彰浩を「おっきい兄ちゃん」と呼ぶ美香は今は彰浩の肩の上でご機嫌に歌を歌っている。真凛と手をつなぐ友里亜も美香の声に合わせるようにしてぶんぶんと手を振っており、いつも砂浜で待ちぼうけをくらっている彼女たちは大人たちの手伝いができることがたいそううれしいようだ。
「あったよー!」
赤茶色の葉を持つ樹液の木を見つけた美香は、急かすように彰浩の頭をぺちぺちと叩きながら足をじたばたと動かす。彼は美香が落ちてしまわないようにその木に近寄ると、ナイフでVの字に浅く傷をつけ、竹の器をそのしたに置く。切り口から器には1本の竹を削って作られた板が渡してあり、それを伝って樹液が集まってくる寸法だ。
木の位置を真凛が大まかにメモをして、昨日傷をつけておいた樹液を回収しつつ森の中を進んでいく。子供たちがいるため今日は森の手前までしか行くことができなかったが、それでも2時間ほどで大きな竹のバケツがいっぱいになるほどの樹液が集まっていた。




