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野生の牢獄  作者: 鴨野朗須斗
12人の生存者たち
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彼女/彼の好きなもの

 友里亜はいつも通り太陽の光と共に目が覚め、誰もいない砂浜を浮葉と共に歩いていた。大人たちは疲れているのか、ここ最近1番に目が覚めるのは友里亜だ。彼女は毎朝顔を洗うと日に焼けてばさばさになってしまった赤茶色の髪を小さな手で不格好にまとめて、砂に埋もれている小さな貝を拾い上げる。


 友里亜は自分にできることがあまりないとわかっていた。大人たちはいつも忙しそうに動き回っているし疲れ切っている。麟太郎はどこか遠くへ行ってしまったし、誰かに遊んで欲しいという彼女のわがままを叶えてくれるのは浮葉だけだった。

 浮葉は浮葉で友里亜を群れの中の保護する存在だと思っているのか、大きな波が迫ってくるとその太い腕で彼女の体をいとも簡単に抱え上げ、波から守っている。「ありがと」と小さな手が自分の体をなで回すのは、浮葉は嫌いではなかった。


 ひとりと1匹が波打ち際で戯れていると、次に目を覚ますのは笹原夫婦だ。

 さよは毎朝友里亜の髪を結い直してくれるし、簡単な仕事も与えてくれる。おばあちゃんのような存在のさよは大好きだが、その隣で不機嫌そうな顔をしているおじいちゃんのことを友里亜が少し苦手にしているのは彼女とさよとのふたりだけの秘密だった。



「おはよー」



 ほとんどの人が起きてきた後も眠っているのは、決まって省吾と米村、それにジェシカだ。以外と寝汚いジェシカは起きた後もしばらくは使い物にならないし、省吾に至っては毎朝隼人や隆太たちから蹴り起こされている。

 寝坊組は低血圧や疲れを言い訳にしているが、ゆっくり休んだ日の次の日でも寝坊することを早起きの友里亜は知っていた。



「友里亜、美香、これ着てみて?」



 そう言って友里亜と美香に不格好なワンピースを差し出したのは真凛だ。友里亜はその大人用のTシャツを詰めただけのそれを心底うれしそうに胸に抱いて礼を言う。

 残年ながらかき集めた衣類の中には、幼い彼女たちに合うサイズのものはなかった。今だって大人用の分厚いタイツの下を切っただけのものをズボン代わりにしているし、大人用の半袖シャツだって美香には立派なワンピースになる。友里亜も年の割に小柄で肩が出てしまうが、着れるものがあるだけましだ。

 真凛は裁縫が得意ではないらしく、彼女の縫う服はいつもどこか糸が飛び出ていたり縫い目ががたついてしまっている。しかしそれでも、少しでも友里亜や美香を楽しませようと端布で作られたリボンをちりばめた服は、またひとつ彼女の宝物を増やした。


 みんなで朝食を終えると、珍しく友里亜は森の中へ入る採集の手伝いへと誘われる。美香は残念ながらが留守番だ。彼女のたどたどしい足取りでは、あのでこぼことした道を歩くのは難しいだろう。友里亜は美香に一言断りを入れると、浮葉を伴って隼人と米村と共に森の中へと足を踏み入れた。



「はやとくん、今日は何をさがすの?」

「そうだな、友里亜ちゃんは何が食べたい?」



 隼人のシャツの裾を掴みながら上機嫌で歩みを進める友里亜の前には、米村が飛び出た枝や足を取られそうな草を踏み倒している。そんなことにはまったく気づかない彼女は、ころころと話題を変えながら大人たちについて回った。

 体一つで流されてしまった彼女に、ビーチサンダルを小さく切って脱げにくいサンダルを作ってくれたのは隼人で。

 夜さびしくなって泣いていると、お姫様の話を聞かせてくれるのは米村だ。

 両親に会えなくてさびしいけれど、みんなが大好きだから我慢できる。わたしはもう10歳だから、と彼女より頭一つ分小さい浮葉をなで回しながら友里亜は皆をさびしさを吹き飛ばすように大げさに声を上げて笑った。





 彰浩たちが遠征から戻ってからはしばらくは持ち帰った植物の検証に費やした。その中でも彰浩が諸手をあげて喜んだのはきのこが食べれるということだ。


 しかもただ食べれるだけではない、これがたいそううまい。

 木に寄生するように張り付いていた2本の足の部分は、身がぎゅっとしまって煮込めば味わい深い干ししいたけのような芳醇なだしが取れる。だしが出きってしまうと味は薄くなるが、それでもふわふわとしてスープをよく吸う具になった。

 特に大きい胴体――マスコットのような顔の部分はよく見ればへこんでいるだけで、実際に目や口らしきものはなかった――は味こそ足部分には劣るが、エリンギのような歯ごたえで焼いて魚醤を垂らせば食べ応え抜群のシンプルな料理ができあがる。しかもそれがエリンギ何百個分かもわからないほどの量がとれるのだ。

 今だって笹原が網の上であぶりながら、酒が欲しいと呟いている。魚醤を少し垂らせば淡泊な白の上に広がり、あっという間に熱にあおられて香ばしい香りがあたりを漂った。目だけではなく耳や鼻にも、食欲をそそる情報があふれていて先ほど食事をとった彰浩でさえ口の中がよだれで満ちてしまった。


 そして問題の笠とも花弁ともとれる赤い部分だが、笹原が内側にびっしり生えた牙のようなものをそぎ取り外側のゴムのような弾力のある薄皮をむくと、真っ赤で、やわらかくて、しかし弾力もあり――とどこかで見たことのあるような、少なくとも加工前よりから食材らしくはなっていた。



「……内臓っぽいな」



 今まで数々の食材を手にしてきた笹原が拍子抜けしたように呟く。彼は水鳥の鱗で作った薄く鋭いナイフで削ぐと、そのまま網の上へとのせる。花弁は炭火の熱にあぶられ、しばらくすると白みを帯びて身を縮める。それを笹原はためらいもせず口へと運んだ。

 味は、足や胴の部分と比べると薄い。しかし鳥のレバーのようなまったりとした食感は、好みは分かれるだろうが悪くはない。それに植物だから当たり前ではあるが、レバー特有の血なまぐささもないのだ。風味はあくまでしいたけに近く、刻んだ足や肉を入れてパテにすればパンによく合うだろう。


 一通り新しく収穫された食材の味見を終えると、笹原は先ほど昼食を済ませたばかりだというのに早速夕食の支度に取りかかった。

 まずは一番時間のかかりそうな、土手で採集してきたイネ科のような植物からだ。彰浩たちはぞんざいに穂先を摘んできていただけなので、茎と実に分ける作業から始める。

 この植物は土手などに群生しており、収穫は容易だ。しかし残念ながら味の面では大きく米に劣る。隼人はホームステイで口にしたワイルドライスに近いと言っていたが、笹原はそんなものは食べたことがないので生煮えのかたい米のような印象を受けた。少し草の青臭さもあるし、どれほど長く煮たとしても中の芯がやわらかくなることはない。わずかに青みがかっていて見た目も然程良くないと酷評を受けている。


 房から外した野生米をきれいに洗い、大量の水で炊く。ややふっくらしたようなそれを少しずつ石で潰していくのは笹原の仕事だ。こういった単純な作業はさよに任せがちな彼だが、野生米はかたく力の要る作業だ。汗をかきながら細かくなめらかにしていく。

 本来ならば生のまま潰し、干して米粉のようにしたいところだがそれをやるにはどうしても機材が足りない。店に戻ればミキサーがあるのに、と笹原は久方ぶりに現代の利便性に懐かしさをはせた。


 夫が古代米と格闘している横で、さよはきのこを中心に煮物を作り始めた。先日とれた猫ねずみの肉を下ゆでし、木のスプーンで丁寧に灰汁を取っていく。そこに焼き目をつけたきのこの花弁と足を加えて魚醤と樹液で甘辛く煮付けていく。

 今回使用した魚醤はタコ貝から作られたもので、2度腐らせてしまったが3度目の正直でなんとか完成にこぎ着けたものだ。魚から作ったものよりも生臭さが少なく、塩分が高い白醤油のような感覚で使える。

 煮汁を煮きってしまえば樹液の甘みでとろりとコーティングされた味の濃い煮物が完成した。それをつまみにきた省吾の手を楽しげに叩いて、さよの調理は続く。


 木に実った卵はいくつか中身ができていたものがあったが、タコ貝ときのこの胴をにんにくで炒めたものをふんわりと包んでしまえる程度には量があった。分厚い葉の皮を剥ぎ刻んだものが歯ごたえと彩りにアクセントを加えて自画自賛してしまう味だ。

 日持ちするかわからない猫ねずみの卵は数個だけとっておき残りは紅やまいものスープを卵とじにする。いつも代わり映えのしないスープだが、卵を落とすだけで贅沢に見える。いや、この生活では贅沢なのだろう。ひとつ20円ほどで売られていた卵も、今の彼女たちにとってはどうあがいても得られない代物なのだから。さよは楕円形の殻を貝塚のようになりつつあるゴミ捨て場に放り投げた。


 皆が作業を終えて砂浜に戻ってくる頃、笹原はようやく古代米のペーストを焼いていた。樹液を固めて作った鉄板の上には猫ねずみからとられた油が薄くひかれ、そこに古代米のペースト、塩、卵が混ぜられたクレープ生地のようなものを遠火で薄く焼く。フライ返しなどという便利なものはないため、柔らかいそれを2本の箸を使いながらなんとかひっくり返すとそれなりに見られるものはできた。

 その笹原の努力の結晶――ガレットにさよが作った甘辛い煮物と、湯引きした葉の薄切りを乗せて包んで食べる。ガレットの生地は小麦粉やそば粉で作ったものよりもちもちしていて食べ応えがあるし、具の味付けが濃いので青臭さは気にならない。少々潰しきれなかった野生米がぶつぶつとダマになっているがご愛敬だ。


 きのこの形に倦厭気味だった女性陣も形を変えてしまえば気にならないようで、今日の進捗を話しながら楽しそうにそれを口に運んでいる。笹原は自分の苦労も知らず何枚もおかわりをねだる彼らに満足そうに頷いて、夕食の時間中黙々とガレットを焼いていた。

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