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野生の牢獄  作者: 鴨野朗須斗
12人の生存者たち
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龍の導き

 それから丸2日かけて最初のキャンプ地に戻った一行は、蒼炎の言葉を信じて南――山側――を目指した。ちなみに蒼炎から貰った水鳥のような魚は既に彼らの胃袋の中に収まっており、羽のような形をした手を切るほど鋭利な鱗だけが鞄に入っている。

 小1時間ほど歩くとトマトの花が咲き誇る草原は消え、見覚えのある様な木々が茂ってきた。あれは樹液が採れる木、それは薪にしている燃えやすい木、とノートを確認しながら隆太が迷わぬよう目印をつけている。立地的には普段彼らが足を踏み入れる森林と似ているが、下よりも上の方がやや湿度が高く蒼炎の言っていた川の存在も信じられそうだ。途中、猫ねずみの生まれる歩く木も何本か見つけたので、ここ周辺で肉に困ることもないだろう。



「あれ、キモくないか?」



 暑さと湿度で汗ばむ中、省吾が指し示したのは木の根元から生える極彩色のきのこだ。そのきのこは子供ほどの大きさがあり、日本のぷっくりとした足があり、おまけに真っ赤な笠の下にはかわいらしい顔があった。どこかのゆるキャラにいてもおかしくはない愛嬌がある。



「生物?」

「きのこだろ、あれ」

「あんな大きいきのことか存在するの? 夜中動き出しそう」



 よくよく見ると、大小様々ではあるが似たようなきのこはいくつか存在していた。1本の木に対して1個、まるでそういったルールが定められているかのようにきっちりと生息している。



「さすがに動きはしねぇだろ、根が張ってる」



 そういって省吾が棒の先でつんつんと触れるが、きのこは動く気配はない。きのこは寄生するように木の根に絡みついており、大きいものははずすのが骨が折れそうだ。



「ちょっと、あんまり触らないで――」



 砂浜に打ち上げられたクラゲをつつく子供のような省吾に、隆太が文句を言った瞬間、きのこのかさに触れた棒の穂先が、でろりとラフレシアの花弁のように広がった笠部分に飲み込まれて、消えた。



「…………」

「…………」

「……ちょ、ちょっと! だから言ったじゃん!」

「け、けがはありませんか?」

「……お、おう」



 彰浩も隆太も慌ててきのこから距離を取るが、一番驚いていたのは自身の手先から15センチほど先の棒が消失した省吾だ。彼は穂先が何かの粘膜にぬれて光っていた棒を捨て去り、1歩後ずさる。しかしその後ろにも、川が近づいてきて湿度が上がったためか、小ぶりなきのこが鎮座しておりビクリと体を震わせる。



「こんな危険なものがいるなんて聞いてない」

「ですがこれ、食料になるかもしれませんよ?」

「……何であれを見て、食べようという気になるの?」

「実は、これ」



 そう言って彰浩が差し出したのは、サイズこそ手のひらよりも大きい程度だが省吾の棒をすっぽりと飲み込んでしまったきのこと同じ種類のものだ。先ほど省吾がつついて遊んでいたその後ろで、彰浩も小さなきのこを枝で収穫していたのである。



「お、おいそれ!」

「……噛みませんよ?」

「そんな犬拾ってきたみたいな話じゃないから! 元あった場所に戻してきなさいっ!」

「いえ、これが……」



 そっと手に持った棒できのこの笠をつつく彰浩。それは棒を飲み込むことなく、緩慢な動きでだらりと口を開けて動かなくなってしまった。



「死にました」

「死にました、じゃないから。何でこいつらはいつもこうなんだよ」



 隆太が項垂れながら呟いた一言に、省吾は自身のやったことも忘れて大きく頷いた。





 きのこは木に寄生しているようで、大きく育ったきのこが根元にある木は既に枯れていた。それをいくつか収穫して検証した結果、笠以外に触れるのは問題ないこと、木から離せばやがて俊敏性を失い死んでしまうことがわかった。薄暗い森の中では毒々しい赤は目立つし、夜さえ気をつけていればうっかり触れてしまうこともあまりないだろう。



「持って帰りますか?」



 でろりと口のような花弁を広げたきのこを片手に彰浩が尋ねる。隆太と省吾はそのてらてらとよだれのような体液で光る赤い花弁を見つめながら嫌そうな顔をしたが、妙に乗り気な彰浩に頷くしかなかった。

 何故彰浩は、小さな牙がらせん状に生えた食虫植物のようなきのこを食べようとしているのだろうか。彼に対する認識が二人の中で大きく変わる。


 子供サイズのきのこを背負う彰浩の背中を見つめながら半日ほど歩くと、蒼炎の言っていた通り川があった。とはいっても、川は彰浩たちがいる足場よりも一段高い山頂からわき出しているらしく、彼らのいるところは滝の中腹にあたる。手を伸ばせば届かないこともないが、一歩間違えば数メートル下の滝壺に落ちてしまいそうだ。



「滝じゃん、騙された」



 上流は遙か高く、斜面も急なので登って水を汲みにいくのは骨が折れそうだ。仕方がないので彼らは、持ってきていたロープを総動員して滝壺から水を汲む。その際、1本のペットボトルがバケツに加工されてしまったが、手持ちにバケツなど便利な道具もないのでしかたがないだろう。

 潤沢に使える真水は久しぶりのことで、そのままそこで垢を流して1泊してしまったことも、しかたがないことなのだ。





 1日ほどかけてキャンプへと帰り着いた彰浩たちを迎えたのは、女性陣の断末魔のような悲鳴だった。無理もない、彰浩が背負うきのこは省吾や隆二だって未だ見慣れないほどに不気味でグロテスクな代物なのだから。

 彰浩は必死で生前のかわいらしいマスコットのような姿に似せようと笠を縛っていたが、ぬるぬるとした体液は彼の努力を不毛なものへと変えてしまう。結局、不気味がった女性陣たちよりきのこの可食テストは彰浩たちの役目だと押しつけられてしまった。



「あんまり労われてる気がしない」



 星明かりの下のたき火の前で数日ぶりのまともな食事を口に運びながらぼやくのは、ラフな格好へと着替えた隆太だ。省吾は「報告とかパス」と早々に食事を済ませていびきをかいている。



「や、でもまるでファンタジーな話だからな。あ、信じてないとかそう言うのじゃないんすよ、ただ現実味がなくて……」



 隼人が誤魔化すように髪をなでつける。歩く木に、龍、きのこ。目の前で見てきた彰浩とて信じられないような光景だ、すぐに理解するのも難しいだろう。



「それより、人間がいるっている情報は朗報よね。その、蒼炎? 龍の言葉が正しいなら」

「多分信じていいと思うよ。聞いてた川の情報も……ちょっとした齟齬はあったけど確かだったから」

「人間がいるけど一番近い国に行くには船がいる、か。結局そのドラゴン頼りになんのかね」

「時々船が通りはするらしいけど、それがいつかがわからないのがネックだね……」



 書き込まれたノートを指でなぞりながら真凛も隼人もジェシカも、そしてフェイもうんうん唸っている。現時点でできることは多くはないが、その限られた選択肢の中でも正解だと断言できるものがないのだ。



「蜘蛛もいたんでしょ?」

「いたけど数はそう多くはないかな。拠点候補である滝の近くには全然いなかったよ」

「どちらかというと、きのこが目立ちました」

「……うぇ」



 真凛が心底嫌そうに顔を歪める。



「でもあれが食えるなら、候補地としてはいいんじゃないか?」

「ほんとうに食べるするの?」



 珍しくジェシカも不快感を露わにした。どうやらきのこは女性陣にはたいそう不評なようだ。



「海から離れると、食材の面が不安よね」

「まあ、今は安定して食物が採れるのは海だよな。森はなんつーか、たまにスカがあるし」

「一番の懸念がそこなんだよね。だけど蒼炎が言うには、もうすぐ冬が来るらしいんだ」

「冬が?」



 隆太の言葉に一同は空を見上げた。夜とはいえ海から吹き付ける風は暑いくらいだし、季候も教科書で習った熱帯そのものだ。



「涼しくなる気配が全くないんだけど」

「まだ先のことらしいけどね、蒼炎の時間の感覚がよくわからないけど。どうも夏が来て秋が来る、という訳じゃなく夏から突然冬になるみたいなんだよ」

「どういった原理で?」

「それを僕に聞く?」



 隆太が両手を広げて首を傾げた。



「ともかく、寒くなるなら海に入るのは難しいと思います」

「かといって、移住先で食料が手に入るって保証はないっすよ?」

「ふたつのあいだ、どーですか?」

「悪いとこ取りになりそう」

「冬になったら海辺は寒いんじゃない?」

「冬つっても、どこまで寒くなるかも未定っしょ? 雪降るなら手持ちの服じゃきついし」



 銘々が自身の意見を述べていくが、どちらかというと拠点移転反対派の方が多い。とはいっても、滝をこの目で見てきた彰浩たちとて、手放しで移転すれば状況がよくなるとも言い切れないのが本音だ。

 ふいにフェイがパンっと両手を大きく叩いた。



「Take a chill pills」



 彼の言葉は彰浩には理解できなかったが、察したらしい面々は苦笑いで「落ち着けだってさ」と意訳を伝えてくる。フェイはいつもぴかぴかに磨き上げている眼鏡を右手で押し上げて、早口の英語でまくし立てた。スラング混じりのそれを、ジェシカが言葉を選びながら通訳する。



「えっと、まずアキヒロらの持って帰ってきたもの、食べれるかtestする。そして住居、変わるにしても……下見必要ですね? 彼らの情報のみでは判断ムズカシイ。変わるにして、ここにも家欲しい。Cabin、ここにあるのは無駄ではないよ。そしてフェイはDoragon見たい言ってるます」

「最後のは完全に私欲だよね」



 何故か最後に自身の欲望を付け足したフェイに、隆太が呆れたようにため息を吐く。ジェシカのはにかんだ笑みと共にけんか腰になりかけていた空気が緩み、ヒートアップにつれ腰を上げそうになっていた面々も笑いながら姿勢を崩した。



「フェイの言っていることは正しい。オレもドラゴンが見たい」

「違うでしょ」



 真凛に頭を叩かれた隼人が更に笑いを誘う。そうして和やかな空気を取り戻した彼らは、ゆったりと夜が更けるまで今後について話し合った。

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