二十二日目 1
――盲点だった。
朝日を遮る草色の小さなタープを見つめ、彰浩は独り言ちた。彼の背中は薄っすら湿っていて、クリーム色のシャツが色を変えて引っ付いている。焚き火の横では、真凛たちが上着をぱたぱたと風に当てていた。
「あ、おはよ」
「おはようございます」
「見てよほら、ぐっしょり。草舐めてたね」
草の上に直接寝ていた彼らの服を湿らせたのは、彰浩の背中でへにゃりと潰されているそれらだ。朝露なのか蒸散なのか、理由はわからないが薄いシャツを濡らす程度には水分を含んでいたのだろう。
「そのうち、乾くよ」
「だな。飯食うか」
昨日と代わり映えしない朝食を終えて、彰浩たちは周囲の探索を開始した。周囲を見て回った真凛と省吾の話では、竹林の反対側はずっと崖が続いており簡易キャンプから一時間ほど歩いてもわずかな傾斜のある草原が広がっているだけらしい。
「だけどちょっと行った先に黒い山みたいなのが見えた」
「黒い、山ですか?」
「ん、何の山かはわかんないけど……多分山肌がむき出しで、そんな感じの地層なのかとは思う。まさか真っ黒い木が生えてる訳でもないだろうし」
「……それもありえそう、この島なら」
鈴子がぽつりと呟くが、「まさかそんな」と希望のこもった苦笑いでやり過ごす。確かに、この島ではおかしな動植物を見てきたが――現に、彰浩たちの立っている草原に群生している白い花もそのありえないものの一つである――根本から彰浩たちの常識を覆すようなものは見ていない。――光る花以外は。
ま、蛍だって光るし。と昨日現実逃避をしていたのは真凛だったか。ともかく、彼らは簡易キャンプに重い荷物を残して黒い山を目指して歩き始めた。
□
黒い山までは変わり映えのしない景色が続いた。しかし三時間も歩けば、緩やかな下り坂も終わりに近づき右手側には海が広がり始める。
結局真凛たちが言っていた黒い山まで、簡易キャンプからは五時間ほどかかった。森の中と比べると短い草が茂るだけの道で歩きやすかったため、距離としては本拠地である砂浜から森林よりもずっと長いだろう。そんな長い距離を歩いてたどり着いた山は、確かに黒かった。
「黒い」
「はい、黒いです」
半信半疑だった鈴子と彰浩の口から言葉が漏れる。確かに、簡易キャンプからは竹が邪魔をしていたが歩き始めてからしばらくすると黒い山は視界にとらえることができた。近づけど近づけど黒い山だ。
そして今はその山を見上げる程近くに来ていたが、遠くから見たときよりもなお黒い山が眼前いっぱいに広がっていた。
「何これ、石? 岩?」
彰浩たちの目の前にそびえ立つ山は、太陽に照らされ黒く光っていた。ごつごつとした岩肌は角度によっては宝石のように光を反射し煌めている。その山を構成しているであろう岩は、小さく砕かれ彼らの足下にもゴロゴロと転がっていて、足場が悪い。
真凛が不思議そうにその欠片を手に取ってみると、それはまるで小さく割れたガラスの破片のように鋭かった。大きなものは真っ黒で光を通さないが、小さなものは宙に透かして見るとわずかにだが光を通す。
「何だろ、これ」
よくよく観察してみれば、その石の中にはわずかに青いラインのようなものが走っている。真凛は自分の拳ほどもある石を持ち上げ、別の塊へと投げつけた。
「あ」
石同士がぶつかると、小さな破片をまき散らしながら割れて転がっていく。打ち付けた個所はえぐり取られるようにして一部が欠けていた。
「……脆い、のかな?」
「うーん、でも人の力じゃ割れなさそう。彰浩、ちょっと柄で叩いてみて」
真凛に促され、彰浩は柄まで鉄でできた手斧で近くにあった破片を叩く。鈍い音と共に、彼の手がジンと痺れた。殴られた石は小さな小さな破片を零しただけで、びくともしない。
「とりあえずいくつか持って帰ろうか、フェイなら使い道わかるかもしれないし」
「ただ割っただけでこんなに鋭いなら、矢じりにもいいかもしれねぇな」
「矢もないのに矢じり? つーか、打製石器とかいつの時代の話よ」
「まあ、刃物に加工できるのなら便利ですよね。自分たちの道具は限られていますし」
「そっか、刃物か。うん、二人には悪いけどいくつか大き目のを持って帰ろ。周辺を探索した後にね」
小さな岩が積み重なった足下に注意しながら周囲を見回す。一面に鋭い破片が落ちているだけで、草の一本も生えていない。
「破片が刺さるから、転ばないようにね!」
真凛の大きな声が聞こえる。ふと彰浩が靴裏を見てみると、小さな破片がいくつも刺さっていた。目につくわずかな範囲でも、鋭く光る破片がキラキラと光っている。
ここで転んで手をついたとすると、彰浩の体重でこの鋭利な岩が深々と食い込んでしまうだろう。考えるだけで痛みを伴うような気がする恐ろしい想像で体がぶるりと震えた。
きょろきょろと辺りを見回してみると、省吾が何か黒いものを抱えてやってきた。持ち帰り用の岩か、と思うとその岩がばたばたと暴れだす。
「おっ」
省吾の手から落ちたものは、一匹の黒い鳥だった。大きさとしては鶏の雄鶏ほどだろうか。その鳥は羽をばたつかせながら地面に降り立つと、逃げることもなく首を小さく前後へと振っている。
「何ですか、それ」
「山に近いところで捕まえた。あっちにはうじゃうじゃいるぞ」
野生動物にしては警戒心を全く感じさせないその鳥は、保護色なのか頭の先からしっぽまで真っ黒だった。正面から見ると体の半分以上を占めるペリカンを思わせるくちばしですら黒く染まっている。
「間抜けな面してんだろ? 逃げようともしねぇし、夕食にどうだ?」
「飛びもしませんよね……」
彼らの目の前で尾を振りながら首を動かしていた鳥だったが、しばらく地面を見つめるとぐわりと大きな口を開く。
「おわっ、キモ!」
その様子を正面から見ていた省吾は大きく後ずさった。無理もない、ただの鳥に見えたそのくちばしの中には、人間のような歯がびっしりと生えていた。歯の大きさは省吾の親指ほどもあり、その太い臼歯でがりがりとすり潰すようにして地面に散らばった岩を食べている。
「…………こいつ、食えるか?」
「どうでしょう……」
彰浩と省吾は二人に目を向けることすらなく岩を食べ続けるその鳥を前に、見つめ合った。




