十四日目 3
サルは、動揺して固まっている彰浩たちにお構いなしに距離を詰めてきた。彰浩と隼人の前で立ち止まると、じっと二人の顔を見比べる。隼人はサルに見つめられながらも
しかし彼らはサルのお眼鏡には叶わなかったのか、すぐに場所を移動して怯える美香と麟太郎、二人を庇おうとする険しい表情の友里亜、警戒しつつも興味深そうに観察しているフェイ、と漂流者の間を渡り歩く。
そしてじりじりと距離をとろうとしていた真凛を見つけたサルは、再び甲高い声で一鳴きすると彼女の顔へと飛びかかった。
「ぐっ」
最低でも十五キロほどの重さがありそうなサルの突進に、真凛が苦悶の声を漏らす。サルはそのまま真凛の持っていた夕食――磯汁、タコ貝と紅山芋のにんにくソテー、燻製、樹液を煮詰めて飴がけにしたどんぐりもどき――を一つずつ鼻を鳴らしながら匂いを嗅ぎ始めた。
唯一ナイフを握っていた笹原が腰をあげようとしたが、フェイがそれを制止する。彼の手には、笹原が今まさに切り分けようとしていた土鍋に入った白アボカドに樹液を加えたデザートが握られていた。
「wei!」
フェイが呼びかけらしき言葉を投げかけると、どんぐりもどきを食べていたサルは振り返る。そして彼には重いであろう土鍋を抱えて、ゆっくりとした足取りでサルへと近づいた。そんなフェイの様子を、サルは左程気にも留めずどんぐりもどきを食べ続けている。そしてサルとフェイとの距離が一メートルほどになると、彼はサルの興味を引くように中身を見せつけながら土鍋を地面へと下ろした。
フェイの行為は成功したのか、あるいは真凛の持っていたどんぐりもどきを食べつくしたからかはわからないが、サルはようやく真凛の頭から離れて首をひょこひょこと動かしながら土鍋へと近づく。その間に、変な顔をしていた真凛とフェイ、その他の者たちは十分にサルから距離を取っている。
サルはまず、大きな腕で牛乳寒天のようになっている白アボカドをつついた。ぷるんと表面が揺れる。そしてふんふんと匂いを嗅ぐと、大きな両手ですくい上げ、口へと運ぶ。普段スライムを食べているサルには慣れた行為なのだろう。白アボカドのゼリーが気に入ったらしいサルは、こそこそと密談する彰浩たちのことなど眼中に入れず十五人分のそれを夢中で食べている。
「逃げる? 逃げたらいいの?」
「でも荷物があるし」
「そもそも逃げ切れるの?」
方向性が定まらないうちに、サルは白アボカドのゼリーを食べつくしてしまった。そして真っ黒なつぶらな瞳が、一か所に集まっていた漂流者たちをとらえる。思わず、体がすくむ。
頼むから、帰ってくれ。そんな漂流者たちの心の叫びなど知る由もないサルは、両手と尾で器用に体を支えながら距離を詰め、彰浩の肩へと飛び乗った。彼の隣にいた隼人の顔が「ぎゃー」と叫び声をあげたように縦に延びる。しかし声は漏れない。
しかし彰浩はあくまで足場だったのか、そこからサルは器用に人だかりの中心にいたフェイの背中へと飛びついた。
「わっ」
飛び乗った重さに耐えきれず、フェイが頭から砂浜へと突っ込む。受け身を取る技量は彼にはなく、見事顔から着地したようだ。彼の隣にいたはずの真凛は受け止めようとすらせず、我先にと体を翻し距離を取った。
蜘蛛の子を散らしたように広がっていく輪の中心に、フェイとその背中に乗ったサルだけが取り残される形になる。皆、声をかけることすらできずに見守っていると、サルは尾をフェイの細い腰に這わせながらご機嫌な様子で彼の頭をかき回し始めた。
「……グルーミング?」
サルはフェイの頭を両手でかき分けるようにしながら、何度も何度も髪の毛をこねくり回している。それはニホンザルがよくしている、毛づくろいの行為に見えた。少なくとも今のところフェイの髪の毛は無事なようであるし、どこからか血が流れている様子もない。
「なんで?」
「餌、やったからとか?」
「確かに、真っ先に向かったマリさんも餌付けのような行いをしていましたし……」
「あ、噛んだ」
「フェイさん、蚤いるのかな」
漂流者たちが好き勝手に言っていると、しびれを切らしたらしいフェイから叫び声があがった。隼人の通話く曰く、重くて起き上がれないから早くこいつをどかしてくれ、だそうだ。とりあえず、叫ぶ元気はあるらしい。
「隼人、倉庫からちんすこうとってきて、一個でいいから」
「う、うん」
「ダッシュ!」
「はい!」
隼人が砂に足を取られながら持ってきたちんすこうを受け取ると、真凛は覚悟を決めた顔で言う。
「ひとまず、あたし行くから……彰浩と省吾もついてきて」
サルはフェイの頭のグルーミングを終えたのか、黄ばんだワイシャツをめくって背中の皮膚をツンツンとしていた。そこにちんすこうを手に持った真凛が近づくと、彼女に気づいたサルはようやくフェイの背中からおりこちらへとやってくる。
「待て。だめ、飛びかかるな」
真凛は両手を開いて前に突き出しながら牽制するが、サルには通用しない。投げて与えようとしていたちんすこうも、今では真凛の肩によじ登ったサルの口に収まっている。しかし、サルが真凛や背後に控える彰浩たちに危害を加える様子もない。
「あー…………とりあえずそんなに、狂暴じゃない?」
重いさるを肩に乗せたまま、真凛が疲れ切った顔で呟いた。




