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野生の牢獄  作者: 鴨野朗須斗
14人の漂流者たち
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十五日目

 朝日に照らされた彰浩は砂浜の上で目が覚めた。隣にはフェイが眠っている。

 昨日、ひとまず危害を加えるぶりを見せなかったサルを見張るために、フェイと真凛、彰浩と隼人で見張ることとなった。流石にサルを連れて他の者が眠るタープにはいられないのでこうして砂浜にあるかまどの隣で寝ずの番をするはずだったのだが、日中荷物を抱えて森を動き回った疲れからか途中で眠ってしまっていたらしい。



「おはよ」

「おはようございます。すみません、眠ってしまいました」

「いや、いいよ。昨日はきつかったしね。というか、あたしも途中で寝ちゃったらしくて、さっきフェイと交代したとこ」

「ところで、サルは?」



 彰浩が尋ねると、真凛は半笑いで海に浮かぶ岩場を指さした。ここからでは距離があるが確かに、岩の上で腹を出して寝転がっているサルが見える。



「サルって泳ぐんですね」

「うん、さっきは海に潜ってた。水に怖がる素振りもないし、もしかしたらここってあいつのテリトリーだったのかも」



 笑えない。



「うちさぁ、祖父母の家がかなり田舎でさ、山とかあんのよ」



 真凛はサルの方向を向いてはいたが、どこか遠い場所を見つめるようなまなざしをしていた。フェイ同様グルーミングされたらしい乱れた髪を手櫛で梳かしながら、言葉を続ける。



「じいちゃんも山でサルに遭遇したことがあるっぽくて、サルは狂暴だ、特に一匹で行動しているのは群れから弾かれたオスザルだから気をつけろって耳にタコができるほど言われたんだけど……何か思ってたのと違った」

「そうですね、警戒心も感じられませんし」

「どっちかっていうと好奇心?」

「人間を見たことがないのでしょうか? ですが、自分は野生のサルは知りませんが、行動は触れ合える動物園や公園にいるサルに近い気がします。物怖じせず、人間の持ち物に興味を引かれる」

「そうなの? あたし、行ったことないからわかんないわ」

「家の近くにそういった類の公園があったもので」



 彰浩は、仕事が休みの日はよくその公園へと訪れていた。時間の潰し方がわからなかったからだ。家にいてもすることがなく、遊ぶ友人もいない。だから公園のベンチに座って一日中仲良く過ごすサルを見つめていた。



「へー、じゃあ詳しいんだ?」

「いえ、専門的なことなどは左程は」

「でも餌とかわかるんでしょ?」

「そうですね……物類が多かったと思います。それに野菜。飼育員の話によると、虫も食べるそうですよ」

「確か、肉や魚は食べないのよね?」

「食べている姿は見たことはありませんが、自分の知っているサルはニホンザルだったので」

「何にせよ、人食いサルじゃないみたいだからよかったけど」



 髪をまとめ上げた真凛は、「よっこらせ」と年齢に似つかわしくない掛け声と共に腰をあげた。彼女の丸みを帯びた体が朝日に照らされる。

 真凛は、か細い鈴子や引き締まった筋肉を持つ依里奈と比較すると健康的な肉付きの体躯をしていた。彼女はたまに自虐的に己のことを「デブ」と称するが、ジェシカとはまた違った男を引き付ける魅力がある。顔の造形とて、こんな状況では申し訳程度の化粧しかできないし日に焼けていたが、彰浩は素直に彼女を美しいと思った。彼女の持つそれは、若さというみずみずしさと大人の女性の艶やかさを併せ持っている。



「ん? 何?」



 まじまじと彰浩が見つめていることに気づいた真凛は、その視線をどう受け取ったのか眉をひそめて彼を睨み返した。彼女は喧嘩っ早い嫌いがある。自分が嫌だと思ったことはすぐに口に出してしまうし、表情にもありありと現れてしまう。しかし表面上だけ取り繕って生きていくことに慣れた彰浩には、その正直さがまぶしくも思えた。



「そんなに寝癖酷い?」

「いえ、綺麗です」



 彰浩の返事に髪以外が含まれていたことに気づかない真凛は、眉尻を僅かに下げてやわらかくほほ笑んだ。



□



 皆が起き出してきてからは、ひとつ騒動があった。麟太郎が熱を出したのだ。

 慣れない野宿生活もようやく生活基盤が整おうとしている。足りないものは数えきれないほどあったが、徐々に森や海の情報が増え当初のように毎日あくせくと森へと分け入り日暮れと共に泥のように眠る生活とはおさらばしたのだ。

 そうすると、今まで張りつめていた糸が切れてしまうことがある。

 麟太郎や美香は無邪気に振る舞っていたが、親元から子供だけで放り出されたことの苦痛は状況を理解できる大人たちとはまた別の次元だろう。雨風をしのげる屋根と、温かい食事。それらが揃いつつあったことで麟太郎の気も緩み、今までの疲れが出てしまったのだろう。誰しもがそう思っていた。


 体温計などはないので人肌というあやふやな診断方法ではあるが、それでものせた手のひらの上から伝わってくるほどに麟太郎の熱は高かった。

 幸か不幸か、流れ着いた荷物の中には少しだけ薬の類も含まれていたので、彼には風邪薬を飲ませている。看病としてジェシカが傍についてはいるものの、苦しそうに胸を上下する麟太郎の姿は彰浩に無力感を思い出させた。


 感染しないようにと女性用のタープで麟太郎が眠る中、彰浩たちは今後の話し合いを行った。

 一晩経ったところでサルによるけが人は飛びつかれたフェイが額と鼻を強打した程度だが、それでもまだ、未知の野生動物が自分たちの周りをうろつくことに不信感と恐怖心を感じる者もいる。ひとまずは、数人だけいつも通り食料を集め、残りは何かあったときにすぐ駆けつけられるように砂浜の近くで作業を行うこととなった。


 森への採集班は、隆太、鈴子、米村の三人。海産物と薪は現状足りているので、残りはめいめい身の回りの仕事をすることになった。

 笹原とさよ、友里亜と美香はいつも通り海辺で加工食を作ることになったが、兄が心配なのか美香は気もそぞろだ。そんな彼女を気に掛けるのは、十二歳にしてはやけに大人びている友里亜だ。


 真凛とフェイ、隼人がサルの相手をしている横で省吾と彰浩は採取してきたばかりの樹液を手に組み立てる途中の椅子を眺めていた。先日ロ型に組んだ木は接着剤代わりの樹液がしっかりと固まっており、彰浩が力を込めてもわずかにしなるだけで外れそうにはない。まるで琥珀のような強度をもつそれは、はがれる前に木が折れてしまいそうなほどの丈夫さだ。

 高さを合わせたはずの木枠だったが、地面に並べてみるとどうしてもわずかな差が出てしまう。しかし、安定のため地面に埋めてしまう予定だったため、二人は構わず座面となる木へと着手した。


 まずは木枠を人の歩幅ほどの長さに立てて並べ、それをつなぐ数本の板を接着する。予定では便座として使われるものなので、板は丈夫さを加味しても大人の腕ほどの太さの丸太が一本だけだ。一応、先に作っておいた木型の上に載せる形になるので強度は問題ないと隼人やフェイにも太鼓判を押されている。

 それを省吾が樹皮を丁寧に剥ぎ、ささくれがないようにして溝を作り、木型の上へと乗せる。樹液が固まるまではすぐに倒れてしまうので、スーツケースや薪を支えにして何とか椅子の形を保たせた。



「……これって、どこに座るんだ?」

「確か、カバーとして割った竹を乗せるそうです。それに、試作品は男性用なのでこの大きさで、と」



 上から除くとコの字型になった椅子は大柄な省吾や彰浩からすれば普通に座れそうなものだったが、女性陣では臀部がすっぽりと収まってしまいそうなものだった。省吾はそれを懸念したが、流石のフェイと隼人は先手を打っていた。確かに、小さくても十五センチほどある竹をカバーとして乗せるのならばこのくらいは必要になってくるだろう。



「汚せねぇな」

「そうですね」



 男女別とはいえ、自分以外のものが座るものだ。それに現代の陶器やプラスチックでできている便器とは違い、いくら竹が木よりも撥水性があるとはいえ掃除にも気を使わなければならない。



「男は小便用の穴を作りましょう」

「そうだな。座ってするなんて、俺には無理だ」



 彰浩の言葉に、省吾は大きく頷いた。

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