十四日目 1
干物を干していると鳥が狙いにやってくる。それを追い払うのが美香と麟太郎、そして友里亜の仕事だった。
干潮の時に現れた洞窟により魚介類は食べきれない程にあったが、ようやくその加工が今日で終わりそうだ。笹原とさよがせっせと拵えた干物と塩漬け、燻製は辛抱すれば一か月ほど食いつなげそうなほど在庫がある。しかしさよは今日も手を抜かずに、大判のハンカチに包んで海水に晒していた貝の加工を始めた。
青い亀の手も平べったい貝たちも、可食テストにより無事食用だと判明した。それらを塩水でまとめて湯がいて、石と端を尖らせた枝で中身を掻き出す。
つるんと素直に取れるものもあれば、失敗して身がぐずぐずになってしまうものもある。前者は天日に干して乾燥させれば良いし、後者は今日の食事に使われるだろう。
のんびりと、ただし着実に殻から取り出された貝たちは数を増やしていた。
子供たちが枝を振って鳥を追い払うのを見ながら、彰浩と省吾、依里奈と真凛は遠征の準備を進めていた。今回は調査ではなく、竹の調達が目標だ。力仕事要因として彰浩と省吾と女性のはずの依里奈が駆り出され、真凛がそのお目付け役として同行する。
一昨日遠征に参加した鈴子と隆太、そして真凛は筋肉痛でうんうんと唸っていたが、その体を圧してまでも真凛は参加すると言い張った。どうやら、余程この三人での遠征に不安があるらしい。
結局押し切られる形で真凛も参加することとなったが、彼女の荷物は小さなものだ。飲み水ですら、彰浩が持っている。真凛はそれが不満そうであったが、同行者がこの三人である以上、真凛に荷物を持たせる必要はないと隼人が判断した。
「じゃ、行ってくるから」
「気を付けて」
見送る者たちに手を振り、彰浩たちは再び森へと入った。今回は道もよくわかっているし、かかる時間も判明していたため荷物は少ない。ただ、竹を持ち帰る必要があるため帰りは前回よりもきつくなるが。
コンパスの長い三人に対し真凛の足取りは遅いが、荷物を持ったりこまめに休憩を入れるなどして前回よりも随分と早い、五時間ほどで目的地の森林へとたどり着いた。真凛には少しオーバーペースだったのか、今は岩壁に寄りかかりぐったりとしている。まあ、ここまで来てしまえば彼女の仕事はなくなるので何も問題はない。
甲高い音を響かせながら、三人は黙々と太い竹を切り始めた。ひとりが竹を伐り、ひとりがナイフで枝を落とし、ひとりがスライムを避け次に伐る竹を探す。そんな役割分担をしながら、黙々と竹を切り倒す。三十分もすれば三本の長い竹が森に寝かせられていた。
この竹林に群生する竹は長さがおよそ三十メートルほどもある。しかし彰浩たちが必要としているのは大きな容器だ。だから、根元の特に太い部分を採ることにした。寝かせた竹を省吾が玉切りにして、彰浩と依里奈が持ちやすいようにパラコードでまとめる。紐には十分な余裕がないため、持ってきた丈夫な衣類でも包む。気休めではあるが、滑り止めにもなる。
ぐるぐる巻きになった竹は重さが二十キロはあるだろうか。中は空洞ではあるが太さもあるので、五本ほどまとめるとそれくらいの重さになってしまう。天日干しにして水分を抜けばもっと軽くなるが、贅沢は言えない。そのために腕力のある人員で来たのだから。
竹の束を二つ、いとも簡単に抱える彰浩を見ながら真凛は無言でもそもそとちんすこうを食べていた。ここに来てから何をしたわけでもないが、自分以外の体力お化けと行動しているだけで疲れている。
個別包装されたちんすこうのフィルムを剥いでまた一つ口に入れる。甘い。疲れた体に染み渡る気がする。帰りは彼らも荷物が増えるので行きよりかは行進速度が落ちるだろう。むしろ落ちてくれ。そう思いながら真凛が地面へと座り込むと、彼女の頭上の竹が大きな音を立ててしなった。
作業をしていた彰浩たちも、手を止めて揺れている竹を凝視する。彼らの頭上をぐるぐると回るようにして揺れる竹の位置は、どんどん下がってきているようにも思えた。真凛が小声で、動くなと囁く。刺激しないためだ。そしてこのまま、自分たちに気づかず立ち去ってくれることを祈った。
しかし、その祈りは神に届いてはくれなかったようだ。
がさがさと竹を揺らしながら姿を見せたのは、一匹のサルのような生き物だった。真凛の顔が青ざめる。
サルは、狂暴な生き物だ。握力は二百キロを超えるものだっているし、海外では類人猿に車のフロントガラスを叩き割られ殺される事件だって起きている。ニホンザルだって、人里に降りて来て人間に危害を加えることもあるのだ。
しかし彼らの前に現れたサルは姿形だけならば真凛の知っているそれよりも凶悪だった。
まず目についたのが、異常に発達した前腕だ。体長は六十センチほどでそこまで大きくはないが、両腕を合わせれば胴体をすっぽりと覆い隠せそうなほどたくましい。顔はスローロリスやリスザルのような愛らしい顔つきをしているので、その前腕のいびつさを更に際立たせた。
そしてよくよく見ると、縞模様になっている尾も長く太い。それだけではなく太さに見合った力も持っているようで、そのサルは尾だけを竹に巻き付け不思議そうな顔でこちらを見つめた。
サルと真凛との距離は十数メートルほどしかなく、彼女から最も近い彰浩ですらその倍の距離はあった。更に遠い省吾と依里奈が警戒しながらもゆっくりと刃物を持ち直したが、どんな行動がサルの引き金を引くのかわからない。今動いたら真凛が危険だ、彰浩たちはそんな想いから一歩も動けずにいる。
そして当のサルは、特に気負うことなどないように愛らしい仕草できょろきょろと真凛を見つめていた。真凛も体が固まってしまい、呼吸をすることすらままならない。そんな中、サルは目にも止まらぬ速さで真凛へと距離を詰めた。
「――――っ」
真凛はぎゅっと目をつぶった。彰浩たちは駆けだそうとしたが、目の前の光景に再び足が固まってしまう。
頭部にかかる重みと、来るべき痛みが訪れないことを不思議に思った真凛がゆっくりと瞳を開くと、視界は毛むくじゃらの腕で覆われていた。パニックになりながらも自分の背中に乗るサルを刺激しないように、真凛が彰浩たちに待ったをかける。
そしてサルが夢中になって匂いを嗅いでいるちんすこうを、手からぽとりと地面に落とした。
――ギュ、ギュ。
梅雨の長靴のような鳴き声をあげながら、サルは地面に落とされたちんすこうを追い真凛の肩から降りる。ようやく解放された彼女は、背負っていた鞄からちんすこうを取り出しながらその一つを自分たちから離れた場所へと放り投げた。真凛の思惑通り、ちんすこうを堪能したサルは次の餌を追って彼らから距離を取る。
「荷物、まとめて! 無理なのは放棄!」
彼女の指示にひとまとめにしていた竹と、自分たちの荷物だけ背負ってサルから距離を取る。持って行きたい竹はもう少しあるが、残念ながら置いていくことになる。
サルは透明なフィルムに包まれたままのちんすこうの匂いを嗅ぎ、まるで人間みたいに首をかしげた。持てる限りのちんすこうを投げ捨てながら、真凛がサルに見せるようにしてフィルムを破り中身だけ投げ捨てる。
そして再び、サルが貪るようにしてちんすこに気を取られている隙に、彰浩たちは真凛の手を引いてその場から逃げ出した。




