十三日目
昨日の疲れからか、彰浩が目を覚ましたときには皆起きて食事を済ませていたようだった。唯一、同じく遠征に参加した隆太だけが体を丸めて眠っている。
中央にあるかまどの横には隼人とフェイ、そして笹原が昨日の戦利品を抱えて話し込んでいる。とくに笹原は太い竹に興味津々の様子だ。彰浩が彼らに近づくと、隼人が明るいで挨拶をする。
「あ、おはようございます」
「おはようございます。すみません、寝坊してしまいました」
「いや、大丈夫っすよ。まだ隆太も真凛も鈴子も寝てますから。何なら、もうちょっと休んでてもらっても大丈夫っすよ? 疲れたでしょ?」
気遣う隼人に彰浩は首を振った。確かに今日は熟睡してしまっていたが、体調には何の変化もない。筋肉痛で痛むこともないし、昨日の疲れも残ってはいなかった。そういうと隼人は感心したような顔で「普段から鍛えてる人は違うっすねぇ」と呟いた。
彰浩は笹原から受け取った朝食を食べながら、三人に尋ねる。
「もう、他の皆さんは採集に行かれたんですか?」
「はい。省吾と依里奈が薪割りで、さよさんと子供たちは干物を作ってます。残りは森に」
「でしたら、自分も薪割りに向かいます」
「いやいや、彰浩さんたちは今日はお休みっすよ。それに、俺たちもそろそろ休みを入れようって話になってるんすよ、食料も薪も十分にありましたし。だったら、やっぱ一番大変な人たちから休むべきですしね」
「……わかりました、お言葉に甘えます」
「それで、他の奴らが寝てるんで彰浩さんに昨日のことを伺いたいんすけど、大丈夫すか?」
ペットボトルを手に持った隼人の問いに、彰浩は不安ながらも頷いた。自分で過不足なく説明できるかは不安だったが、疲れて眠っている者たちを起こすのも忍びない。
「まずはこれっすね。ぷるぷるとした透明なゼリー、オレたちは朝からこいつを観察してるんすけど、昨日崩れたはずのこれは朝起きたらやっぱりくっついてました。だから多分、生き物なんだと思います。寒天とかって一旦崩したものが再構築されたりしないっすよね?」
「当たり前だ。白アボカドみてぇに、一旦火にかけて溶かしたのならともかく、そいつはずっと温度が保たれてるはずだしな」
「昨日の話では、この透明なゼリー……まあ仮に、スライムと呼ぶっす。このスライムは何者かによって捕食されていた跡があったと」
「はい。マリさんがかじられた後があったと言っていました」
「しかもわざわざこいつの詰まっている太い竹をへし折って食べていた……そこでオレとフェイさんはひとつ仮定を立てました」
隼人が人差し指を一本立てる。
「まず、彰浩さんたちの探索した右手側には水辺はなかった」
立てた指が一本増える。
「そして、このスライムを竹をへし折ってまで捕食している生物がいた」
また一本、指が増える。
「最後に、このスライムは純粋な水分を蓄える性質がある。この下、見てみてください」
そういって隼人が彰浩の眼前へとペットボトルを差し出した。それをまじましと見つめると、そこの方にわずかな土や木の葉が沈殿している。昨日彰浩が詰めた際に混じってしまったものだ。確かに、そのゴミの上でふるふると震えるスライムには不純物は一切見当たらない。
「よって、スライムはこの森の動物たちの水分補給元になっているのではないか、と仮定して食べてみました」
「え」
「わしも食ったぞ」
隼人の瞳はキラキラと輝いていた。まるで、夏休みの自由研究にいそしむ子供のような瞳だった。その反面、彼の隣に座るフェイの顔は渋い。
「体調とかは?」
「今のところは問題ないっすね。で、味ですけど無味無臭。一時期流行った、水信玄餅……ですっけ? あれみたいな感じでした。刺激臭とか、変な味もしなかったから多分大丈夫だと思うっす。まあ、フェイさんにはめちゃくちゃ怒られましたけど」
「まあ、フェイも食ったけどな」
そういった笹原の言葉に彰浩は耳を疑った。信じられないものを見るような瞳で、彰浩から視線を逸らすフェイを見つめる。いったい彼に何があったというのだ。あんなにも慎重で、誰よりも衛生管理に目を光らせていたというのに。
「……冒険心に、勝てなかったんですか?」
彰浩の呟きに、フェイの事情を知っているらしい隼人が噴き出した。日本語が理解できなかったらしいフェイが体をくの字に折り曲げて笑う隼人を見ながら、困惑している。しばらくしてようやく落ち着いた――しかしそれでも口から笑い声が漏れている――隼人に通訳されると、険しい顔でペラペラとまくし立てるように話していた。
「あー、何か色々と言い訳してるっすけど、その通りです。というか、彰浩さんも聞いたんすね、フェイさんが博識の理由」
「はい、伺いました」
「まあ、フェイさんって彰浩さんたちから見たら言葉も通じないからよくわかんない人だと思いますけど、けっこー愉快な人なんすよ。本当は誰よりも薪割りとか探索とかしたいはずなのに、かえって邪魔になるつって遠慮してるんすけど」
「意外です」
「最近は色々と切羽詰まって集める必要もないですし、ゆとりが生まれたら薪割りに連れてってあげてください。多分、すっごい喜ぶと思うんで」
笑う隼人と、それを嗜めるフェイの二人はとても仲が良さそうだった。
□
薪割りから戻ってきた省吾はタープの端に座りささくれだった竹の縁をナイフでそぎ落としていた。彰浩はそこから少し離れた場所で、長すぎる竹を節に合わせて切り落としている。手斧で割るように切られた竹はぎざぎざとして手を傷つけてしまうので、それをなだらかにするのが今の省吾の仕事だった。
砂浜では既に省吾の手によって節を抜かれた直径四十センチ、長さ五十センチほどの竹が煙突のようにか細い煙を吐き出している。何度作っても崩れてしまっていた燻製窯の代わりに、この太い竹が採用されたのだ。
蓋は上に大き目の石を積んだだけだが、今のところ順調にいぶせているようだ。現在この砂浜には三本の煙突が建っていた。
そして海辺の近くでは、さよが節ごとに切った竹を桶のようにして残していたタコ貝と塩を漬けこんでいた。今までは容器がなく作れなかった塩漬けに取りかかっているのだ。最終目標は魚醤のようで、何度もそれを作ったことのあるらしいさよは鼻歌交じりで深さのある桶のような竹に手を入れていた。
スライムは火にかけると、牛乳を熱したときにできる湯葉のような薄い膜を一枚だけ残してただの水になってしまった。その水も、テストと称して笹原は飲んでみたが今のところ何ともない。明日までに一番スライムの摂取している笹原の体調に何の問題もなければ、スライムは大丈夫だろう。
そして、フェイの提案で彰浩と省吾の作った竹の桶の一つに、海水とスライムを入れてみた。
これはあくまで実験だ。成功する確率は低い。今は海水の中でスライムがぷかぷかと浮いているが、この試みが成功したのなら生活が楽になるはずだ、とフェイは言う。笹原は実験の結果がどうなるかは知らないが、珍しいペットを見つめる気持ちでその桶を覗き込んでいた。
一方、隼人とフェイ、隆太はというと森の深い場所で地面を物色していた。その周りにはどんぐりもどきの木があるのか、足元にはいくつもの木の実が散らばっている。
そこに目星をつけた隼人たちは、括り罠と呼ばれる一番簡単な罠を仕掛けることにした。まずは、動物の通りそうな場所の枝にパラコードを結びつける。そしてその端に輪を作った。もちろん、ただ結んだだけのものではなく、輪のサイズが自由に調節できるタイプのものだ。本来ならば形を保持しておけるワイヤーを使い作るタイプの罠ではあるが、幸いパラコードには太く貼りがあるため小さめではあるが獣が入るための輪を保持していた。
「……これで行けると思う?」
隆太が微妙そうな顔で尋ねたが、他の二人も同じような表情で首を振った。
地面から数センチのところに仕掛けた括り罠は、獣が通れば枝のしなりを利用して輪が狭まる仕掛けだ。しかしこれに引っかかるマヌケがいるとも思わない。これならば、鋭い反射神経と野生の勘を持つ依里奈に尖らせた木の枝でも持たせて森に潜ませておいた方が成功率が高そうだ。
「やっぱり、これより穴罠だっけ。そっちの方が捕れそう。特に猫ねずみには」
「あれはちょっと準備に時間かかるからなあ」
「じゃあ、さっさと取り掛かろうよ」
そういって、隼人たちは砂浜へと戻る。括り罠に期待していなかった彼らは、後ろの茂みが僅かに揺れたことに気づくはずもなかった。




