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野生の牢獄  作者: 鴨野朗須斗
14人の漂流者たち
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十二日目 2

 真凛が悪魔のささやきに屈しつつも、探索は順調に進んでいた。しかし中々森林以外の地形が見える気配はない。休み休みではあるが、出発してからもう五時間は経過している。



「明日絶対筋肉痛」

「痩せそう」



 疲労の色が顔に現れ始めていた真凛と鈴子はぼやきながらも、着々と歩みを進めていた。足場の不安定な森の歩き方にも徐々に慣れて行き、それから二時間後にようやく眼前の景色ががらりと変わった。



「……竹?」



 右手にある崖は進むごとに徐々に低くなってきてはいたが、突如その切り立った岩肌が緑の竹林へと変化した。急こう配に生息しているらしい竹はみずみずしい青さをたたえている。目視では竹林の先がどうなっているかはわからないが、この急な坂も密集するように茂っている竹を足場にすれば越えられるだろう。



「どうみても竹だけど……僕が知っているのより青っぽいね」



 そういいながら隆太が一本の竹に触れる。確かに、彰浩の記憶にある竹は緑色であったが、この島に生えているそれはどちらかというと青緑と称した方が正しい色合いをしていた。

 しかし、異様なのはその色よりも――。



「っていうか、こんなに太い竹見たことないんだけど」



 太さだった。

 隆太の目の前に生えている竹の幹は、人より大きな手をもつ彰浩の両手ですら包み切れないほどの太さがあった。

 通常、日本に生息している真竹や孟宗竹などは大きくても直径二十センチほどの太さにしか育たない。彰浩たちが普段町で目にする竹も、精々十センチ程度だ。しかし目の前にそびえ立つ竹は、控えめに見積もっても直径四十センチほどで、細いものですら十五センチほどの太さを持っていた。



「……やっぱさ、ここ確実に日本じゃないわ」

「知ってた」



 真凛と隆太が大きくため息を吐く。鈴子も少しがっかりしたような顔で頷いた。





 竹林に沿って先に進むと小一時間ほどで切り立った地層へと行き詰った。彰浩たちが右手側に沿ってきた岩肌に対してほぼ直角の位置にそびえ立つ岩肌は高く、いつも食料を求めてさまよっていた森林はここまでらしい。



「想像以上に広いね、この島」

「竹林の先まで調べたいのが本音だけどそこまでの時間はないっぽいわ」



 相談した結果、今日は竹林で竹を採取して引き返すことに決めた。彰浩が森林側にある一番太い竹を前に、手斧を覆っていた布をはぎ取る。鈴子はそのまま周囲の警戒を、真凛と隆太は近い範囲を調べることにして各々の作業へと移った。


 彰浩が遠心力を利用して竹に斧を振ると、甲高い音が森にこだました。何故特に太い竹を選んで伐採することにしたかと言うと、百聞は一見に如かず、この竹の異様さを砂浜で待つ皆に知らしめるためにだ。節を避けることで中身が空洞の竹は普段倒している木よりも伐りやすいかと思ったが、どうも固くて刃が入りにくい。

 結局、太さも相まって切り倒すのに数十分の時間を要してしまった。

 うまく森側の木々の隙間に倒した竹を、一メートルほどの長さに切り分けていると、不意に頭上の竹ががさがさと音を立てる。鈴子と彰浩が見上げるが、枝のしなり方が局地的で不自然――まるで何かの生物が竹伝いに飛び交っているような気持ち悪さを感じた。



「何でしょう、今のは」

「わかんない。動物、かな」



 お互い青い顔を見合わせていると、真凛と隆太が微妙な表情を浮かべて戻ってきた。彼女たちも先ほどの気配を察知したのだろうか、と彰浩は思ったが、どうやら真凛がペットボトルを汚いものを持つようにしているので別件のようだ。



「……見て、これ」



 そういって真凛の差し出したペットボトルの中には、透明のクラッシュゼリーのようなものが入っていた。これをガラスの器に盛りつけられたのなら、デザートだと思って食べてしまいそうだ。それくらい、不純物が見当たらない。



「さっきあっちで見つけたんだよ。すごそこだから」



 そういった隆太と真凛に手を引かれながら竹林の中へと入ると、数本の竹が折れている空間へとたどり着いた。彰浩の目線ほどの高さで折られた竹は、森で見つけた樹液の倒木のように力任せに引きちぎられているような姿だ。しかし、高さが森のものとは違いすぎる。



「これは……やはり、何かしらの動物がいるようですね」

「いや、違うって。それよりやばいのが中にあるのよ」



 彰浩が折れた竹の中を覗き込むと、中には透明のゼリーのようなものが詰まっていた。



「何でしょうか、これ」

「それさ、かじったような跡があったから多分食べられるっぽい」

「自分と鈴子さんも、先ほど生物らしきものが移動しているのを見ました」

「と言っても、頭の上の竹が変にしなってただけだけど」

「……この竹を折る動物か。長いは危険だね」



 自然と皆の視線が折れた竹に集まる。その幹は先ほど彰浩が切り倒したものと同程度の太さだ。強度は彰浩が身をもって知っている。



「ま、早く帰るに越したことはないけど、ちょっと気になることがあるからこの竹切ってくれる?」



 隆太が指を刺したのは、折られてはいない細い竹だ。直径十五センチほどのそれは、先ほどのものよりも容易に倒すことができる。その竹を傾けると、中から寒天のようにぷるんとした透明のゼリーが飛び出してきた。まるで、竹の中につまった水ようかんのようだ。



「あ、やっぱりね」



 隆太がしたり顔で頷くが、飛び出したゼリーを受け止めた彰浩は困惑していた。何せこのぷるぷるとした物体、どうも竹の節よりも長いようなのだ。引き出して、と真凛の残酷な指示に従い、崩さないようにしながらそのゼリーを竹の中から取り出すと、十メートルほどの長さの竹に対して三メートルはあろうかというゼリーがぞろぞろと出てくる。



「おそらくこの竹にこれが詰まってるんじゃなかろうかと思ってたんだよね」

「どうしてわかったんですか?」

「音」



 コンコン、と隆太が近くにある竹を何本かノックする。するとそのうちの一本の竹の音が明らかに違った。



「ほら、他の竹は空洞だから音が軽いけど、これはちょっと違うだろう? じゃ、せっかくだからそのゼリーもマリの持ってるペットボトルに詰めておいてね」



 彰浩は真凛から受け取ったペットボトルにゼリーを詰め込み始める。どうしてもペットボトルの口よりも透明なゼリーが大きいため、中でぐしゃぐしゃになってしまった。長すぎたゼリーはもてなかったため地面に置く形になってしまっていたので、気を付けていたが砂も入ってしまう。

 二リットルのペットボトルに入ったゼリーは、ぐちゃぐちゃに崩れてしまっていた。それを見ながら、彰浩が不思議そうに尋ねる。



「すみません、自分は料理には疎いのでわかりかねますが、寒天とかゼリーって、天然物ではありませんよね?」

「寒天は海藻だし、ゼラチンは牛や豚のコラーゲンだし、アガーも海藻。全部加工品だから、自然界でプルプルしながら存在している訳じゃない」

「……何なんでしょうね、これ」



 彰浩の疑問に、答えられるものはその場には誰もいなかった。





 今回の遠征の成果は、ペットボトルいっぱいに詰まった謎のゼリーと竹だ。真凛と隆太はたけのこを探していたようだが時期的なものなのか発見できなかったらしい。仕方なく、直径四十センチの竹を一メートル程度に玉切りにしたものを三本と、ゼリーの詰まっていた小ぶりな竹を一メートルほどに切り落としたものを持ち帰ることにした。

 太い竹を二本と細い竹を一本抱え、そしてゼリーの入ったペットボトルを背負った彰浩の足取りはあまり重さを感じさせないようだったが、太い竹を一本抱えた隆太は辛そうだ。長さもあるので、互いにぶつからないように距離を取りながらゆっくりと進んでいる。真凛は彰浩の代わりに手斧を持ち、鈴子は隆太の荷物を持っている。行きよりも水が減った分、彰浩の負担は左程増えてはいない。

 休憩をはさみつつ砂浜へと戻る頃には行きと同じくらいの時間がかかり、太陽が姿を隠しつつあった。



「良かった、戻ってきた! けがはないか!」



 砂浜へと戻ってきた彰浩たちを迎えたのは、ほっとしたような隼人だった。彼の声に他の者も気づいたのか、わらわらと人が集まってくる。それぞれの抱えていた荷物を一番大きなタープの中央に下ろし――荷物を受け取った省吾と隼人は竹の太さに目を見開いていた――水と夕食を渡された。



「それで、どうだった?」



 既に食事を終えていたらしい隼人が、胡坐をかいて前のめりになりながらも尋ねる。



「水場はなかった」

「そっかーなかったかー。まあ、しょうがない。どんくらい先まで進めた?」

「距離はわからないけど、まあ休憩を入れながら七時間くらいかな。帰りは荷物がなかったらもうちょっと早かっただろうけどね」

「一番奥は切り立った岩肌で行き止まりになってた。高さもあったから登るのは無理っぽい。で、竹林があった」



 ポン、と真凛が太い竹を叩くと軽い音がなった。鍋を外されたかまどの灯りに照らされたそれを神妙な顔で見ながら、隼人が眉をひそめる。



「竹、か」

「うん、竹。太さも異常だけど、色もうちらが知ってるものよりもっと青っぽい」

「はー、探索すればするほど変なもんばっか出てきやがる! もっと慣れ親しんだものに触れたいよ、オレは」



 隼人は頭を抱えながら、体を左右に揺すった。そして数本の竹を手に取り見比べながら、不思議そうに首をかしげる。



「これ、何で節がないんだ?」



 彼が手にしていたのは直径十五センチほどの細い竹、つまりゼリーが入っていたものだ。いいことに気づいたと言わんばかりに真凛がにやりと笑い、リュックからみっちりとゼリーが詰まったペットボトルを取り出した。



「これが入ってたの」



 真凛が隼人にペットボトルを手渡す。炎に照らされたそれは受け渡しによる振動で、ぷるんと震えた。



「うわ、何だこれ!」

「…………あれ、それおかしくない?」



 受け取った隼人はペットボトルの中に水ではない弾力のあるものが詰まっていたことに驚いたが、悪戯を仕掛けた側である真凛も驚愕していた。確かにペットボトルの中には竹の中から採取した透明なゼリーが詰まっていた。しかしそのぐちゃぐちゃにして入れられていたはずのゼリーが、全て一つにまとまってペットボトルの形に固まっていたのだ。



「は、何が?」



 隼人は真凛の言葉の意味が分からず、手に持ったペットボトルを横に振った。それに合わせて、中身もふるふると揺れる。



「だってそれ、入れたときはぐちゃぐちゃになってた! クラッシュゼリーだったのに! 何でまた固まってるの、なにこれっ」



 真凛は取り乱したように叫ぶ。隼人も、彼女の言っている意味がようやく理解できたのか、とっさにペットボトルを投げ捨てた。敷物替わりのワイシャツの上に落ちたペットボトルは、衝撃で中身の一部がぐずぐずと崩れる。



「……つまり、何だこれは、生き物ってことか?」



 隼人が引きつった顔で尋ねるが誰も答えない。そこにいる皆、ただただ謎のゼリー状の生物の入ったペットボトルを見つめることしかできなかった。

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