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野生の牢獄  作者: 鴨野朗須斗
14人の漂流者たち
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十一日目 1

 洞窟の発見により海産物は余るほど採れたので、十一日目は森の採集を中心に行っていた。連日行っていた薪集めも順調で、今では小さくはない荷物用のタープの六分の一程は薪に占領されている。


 そんな中、手の空いた隼人はタープの隅に置いてある十字の茶色い網の様子を見に行った。昨日確認した時は外側に薄い膜が張っていてぶよぶよとしていたが、今日はずいぶんと固まっている。この分なら明日からでも網として使えるかもしれない、と自然と彼の頬が緩む。

 白アボカドに塗っていた樹液は量が少なかったからか昨日の時点で固まっていた。今見てみると、昨日内側に塗った樹液も固まりかけているようで、厚さは五ミリほどになっている。こちらも後一、二度程重ねれば十分な強度を持った厚みになるだろう。多少、中心が厚かろうが凸凹していようが何の問題もない。水分が漏れさえしなければいいのだから。



「こちらでしたか」

「あ、お疲れっす」



 器を手に取りに隼人がニヤニヤとしていると、丸太を担いだ彰浩がやってきた。運搬の手間を減らすためか、抱えている丸太は隼人が普段運んでいるものの倍ほどもある。やっぱり、彰浩さんはすげぇな、と彼は独り言ちる。

 隼人の中の彰浩は、憧れそのものだった。遭難して誰しもが困惑しているさなか、誰よりも早く海に飛び込み女性を助けようとした。隼人ならば、訳も分からず頬りだされて混乱している状態で破片や荷物が浮いている未知の海に飛び込むなんてこと、足がすくんでできないだろう。だけど彰浩はそれをやってのけた。それだけで、彰浩は隼人のヒーローだ。

 確かに、共に過ごす中で「頼りになる大人」という隼人の中の彰浩に対しての第一印象とは随分と代わってしまった。穏やかで、腰が低くて、自分に自信がない人。彰浩が脛に傷を抱えている人間だとは薄々悟ってはいたが、それでも彼は優しく、力強く、責任感のある大人だ。

 不器用ながらも皆を気にかけてくれるし――まあ、アプローチの仕方がわからずにおろおろとしていることも多いが――、自分の持てる限りの力を尽くして、精一杯この生活を安定させようとしてくれている。それだけで、今まで隼人の周りにいた口ばかりの冷たい大人たちとは違う。だから例えどこか抜けていても、頼りにところがあっても、隼人にとっては彰浩はヒーローなのだ。



「何か用っすか?」

「いえ、隼人さんの姿が見えなかったもので……一人で森に入っているかと思いまして」



 そういって彰浩はわずかに眉尻を下げた。今日の森の採集班は省吾、依里奈、真凛、鈴子の四人だ。森に入るときには遭難対策として必ず複数で行動している。砂浜にいるはずの隼人の姿が見えなかったので、彰浩は心配してわざわざ探していたらしい。



「わ、そんなに時間経ってたっすか! すみません」



 隼人は迷子になって両親に見つけられた子供のような面映ゆさに襲われた。この共同生活では、何かあったときに備えて決められた班行動をする以外の場合、誰かに行き先を告げる必要がある。用をたしに行く程度や、数分で戻ってくる場合はその限りではないが、どうやら樹液の器との触れ合いに浸りすぎていたらしい。



「いえ、別に謝ることではありません。自分が勝手に探していただけですから」



 何気ない彰浩の言葉に、隼人はぽかんと口を開けた。見開いた瞳は頭一つ分背の高い彰浩を見上げたまま――いや、見つめているようで焦点があっていないようだ。ともかく、驚いた表情のまま固まる隼人に彰浩は不思議そうに首をかしげる。



「隼人、さん?」

「えっ」



 名前を呼ばれて虚空に飛んでいた意識が戻ったのか、隼人は視線を右往左往させながら落ち着かない様子で手足をパタパタと動かした。いつも彰浩に対して飼い主を慕う子犬のような表情を向けていた顔は、今では耳まで真っ赤に染まっている。



「どうしました?」

「ひぇ! え、あっす、すみません! 何でもありません! ただちょっと、びっくりしたと言いますかっ」

「落ち着いてください。大丈夫ですか?」

「あ、はい! 特に何も問題ありません!」



 隼人は腕で顔を隠しながらそう答えるが、鈍感な彰浩から見てもまったく大丈夫そうには見えない。浮足立った体はもちろん、言葉遣いすら普段とは変わってしまっているのだ。

 隼人の様子がおかしいことに気づきながらも、彰浩にはどんな言葉をかければいいかさっぱり思い浮かぶことはなかった。彼が何を理由にあんなにも慌てふためき、どんな感情で「何の問題もない」と言い張っているかがわからないのだ。こういう場合、彼の態度と言葉の不一致を指摘すべきか、はたまた言葉通りに受け取り流せばよいのか。彰浩は恥ずかしそうにじたばたとする隼人を見ながら考え込む。


 しばらくして、短くはない時間をかけて落ち着いた隼人が――それでも、まだ耳が赤く染まっていた――もじもじとしながら、再び彰浩を見上げた。



「すみません……僕は、大丈夫です。ただ少々、大人に心配されるだなんて初めてで戸惑ってしまったと言いますか……」



 ――まあ、瀬尾は大丈夫だろう。

 ――余計なことはしないで。隼人、あなたは勉強さえしていればいいのよ。

 何度も大人たちに言われたセリフが隼人の中に反復する。学校の教師たちは、テストの点さえとっていれば例え隼人が顔に大きな痣を作っていたとしても無反応だった。

 ――他に何か才能がある訳でもないのに、どうして勉強すらできないの? 兄を見習いなさいよ。あなたはそれでも、私の息子なの!

 両親が満足する点がとれなかったら、頬が切れることすら構わず殴られた。隼人と違い出来のいい兄は無関心で、冷めた目で母親が手を振り上げるのを見つめていた。


 満点をとっても褒められたことはない。瀬尾家ではそれが当然で、むしろそれ以外が出来損ないだった。だから、両親の定めた目標校に落ちた隼人には、家での居場所がなかった。



「僕は、出来損ないなんです」



 隼人が自嘲するように笑う。口元がひくついた、歪な笑みだった。



「両親が希望した大学も落ちて、ひとり暮らしをはじめました。うちの家は、お金だけは余っているので『出来損ないの顔を見たくない』って追い出されてしまって」



 彼の自傷するような告白に、彰浩は何も言えずにいた。

 彰浩とて、後ろ暗い過去はある。それを誰かに晒す行為はとても勇気がいることだと、この島に来て知った。だから、隼人の勇気を受け止めるために、逸らしそうになっていた視線を強く彼の瞳へと向ける。わずかに潤んだ隼人の瞳も、真っ直ぐに彰浩を見つめていた。



「だから、僕のことを心配してくれる大人なんていませんでした。幸い、友人たちには恵まれましたが僕の周りには頼れる大人なんていなくて……だから、うれしかったんです」



 ――彰浩さんが、僕を探しに来てくれて。

 そう言ってはにかんだ彼は、年齢よりもずっと幼く見えた。

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