第2話 潮時。
次の舞踏会。
一曲オアシス様と踊り終わったマテイアス殿下が、オアシス様の肩を抱いて高らかに宣言する。オアシス様はフランソワーズが選んで殿下がプレゼントしたピンクのフリフリのドレスで真ん丸く見える。これがまた…たいそう可愛らしい。
「フランソワーズ、申し訳ないが、僕はこのマリエットを愛してしまった。あなたとの婚約は破棄させてほしい」
いつものセリフである。ここで私はいつもなら、
「あらまあ、私と殿下の婚約は陛下がお決めになったもの、簡単に破棄などできませんわ。それに…その方が王子妃として適格があるかどうか、お確かめになってからでもよろしくなくって?」
と、扇越しにしれっというのだ。そうすると観客の皆さんは、また王子の病気が始まったのか?困ったもんだ、一生尻に敷かれそうだ、と笑って反応してくれる。はず。
まあ、いつもなら。
今日も殿下の瞳の色に合わせた緑色のドレスを身にまとったフランソワーズは肩を抱いて並んだ二人にスカートを引いて首を垂れた。
「ご命令、しかと賜りました。オアシス様とお幸せに」
殿下の顔もご令嬢の顔も見なかった。
ぽかんと声も上げない観客を分けて、フランソワーズは退出するために会場の出口に向かって歩いて行った。
それがあまりにも堂々としていて…誰も声がかけれなかったのかもしれない。
***
自分の護衛に付いていた女性騎士のアンヌに長年のお礼を告げて戻るように言う。
待機していた自分の家の馬車にフランソワーズが乗り込むと、父上と兄上が駆け込んできて、一緒に乗り込んだ。
馬車のドアを閉めて、帰宅の途につく。
「あ…フラン?どうした?何があった?いつもの、あれ、じゃないのか?」
父上と兄上はもちろん今までの茶番劇の一部始終を知っている。
「いつもの、あれ、ですよ。あのご令嬢のお宅に調査が入るのも今まで通りです。思った通りの、大成功ですわ」
「…じゃあ…」
「別にこんなこと…私じゃなくても誰でもいいんじゃないかな。殿下は殿下で自分の好きな人と結婚すればいいかなって思っただけです。潮時、って感じです」
「…フラン?それで…この後はどうするつもりだ?」
父上が心配そうな顔で私を見る。
「国外に出たいところですが、国家秘密に携わり過ぎてしまったので指名手配されるか、処刑されるか。それも嫌なので、王城の事務官で就職いたしますわ。それだと守秘義務を宣誓いたしますのでね。もう試験は通っておりますの」
「…そこまで、考えていたのか?」
「お父様もご存じでしょう?公爵家や侯爵家が騒いでいるのを。伯爵家から王家に入るのは分不相応でございましたわ」
「……フラン?」
私のこの婚約の事情はもちろん知っている。お隣の国イリア国に媚び諂おうという国内の小さくもない勢力がイリア国王女との縁談を勧めてくる前に、さっさと第一王子殿下に正式な婚約者を立てる必要があった。無駄に勢力争いもしたくない。そこで…代々陛下のもとで政務を補助していた文官系の人畜無害のうちに話が来たわけだ。
…だから、私たちの間に、特別な感情はない。
***
部屋に帰って、侍女に着ていたドレスを脱がせてもらうと、クローゼットを開ける。
ドレスやワンピースのそのほとんどが緑色だ。
マティアスの瞳の色。
綺麗な、エメラルドのような…あの瞳に自分が愛おしそうに映ることは10年近くにいてもなかったのだ、と改めて思う。
小さい頃、自分の婚約者だと引き合わされた。初めて会った時から好きだった。精一杯あの人の力になろうと思っていた。マティアスが王族として感情をあらわにしないのも理解してはいた。でも…。
お義姉様に頂いた淡い黄色のワンピースを取り出して、着る。
鏡台の前に座って、長く伸ばした髪を一本にぎゅっと縛ってから、
ザクッ、と裁ちバサミで髪を切る。
…認めるしかない。これは、嫉妬、だ。
でも…こんな感情は王子の婚約者としては不要なものだったな。
だから駄目だったんだ。
自分で切った自分の髪に顔を埋めてフランソワーズは少し泣いた。




