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魔王討伐の裏側──勇者制度の闇に気づいた青年の末路

作者: アポロ
掲載日:2026/04/20

魔族領との境界線──

 地図では“危険地帯”と赤く塗られ、

 王国の兵士ですら近づくことを避ける場所。


 その荒野を、四人の影が歩いていた。


 勇者ユリウス。

 戦士ヴァイス。

 魔法使いノエル。

 聖職者ルカ。


 王国が「魔王討伐のために選んだ」若者たち。

 だが、彼らの顔には疲労と緊張が滲んでいた。


 「……おかしいな」


 ユリウスが立ち止まり、遠くを見つめた。


 「煙が上がってる。

  こんな場所に……村があるのか?」


 ヴァイスが眉をひそめる。


 「地図には載っていない。

  だが、あれは間違いなく人の生活の煙だ」


 ノエルは杖を握りしめ、周囲の魔力を探った。


 「魔物の気配が……薄い。

  こんな場所なのに……どうして?」


 ルカは静かに祈りの言葉を口にし、

 ユリウスの背中を押した。


 「行きましょう。

  ここに村があるのなら……理由があるはずです」


 ユリウスは頷き、歩き出した。


 魔族領に最も近いこの地に、

 人間の村があるなど、常識では考えられない。


 だが──

 その“常識”が、これから崩れ去ることを

 ユリウスはまだ知らなかった。


 村に入った瞬間、ユリウスは息を呑んだ。


 「……なんだ、ここは……」


 老人が巨大な丸太を軽々と担ぎ、

 若い女が素手で岩を砕き、

 子供たちが木刀で信じられない速度の素振りをしている。


 農民のはずなのに、

 その動きは兵士よりも洗練されていた。


 ヴァイスが低く呟く。


 「……強すぎる。

  この村の連中、俺たちより強いぞ」


 ノエルは震える声で言った。


 「魔力の流れも……普通じゃない。

  みんな、戦い慣れてる……?」


 ルカは祈りの手を止め、静かに言った。


 「ここにいるのは……ただの村人ではありませんね」


 その時、村の奥から一人の老人が現れた。


 白髪で、背は曲がっている。

 だが、その歩みは静かで、揺るぎがない。


 「よく来たな、勇者ユリウス」


 ユリウスは驚いた。


 「……俺の名前を?」


 老人は微笑んだ。


 「わしはエルド。この村の長だ。

  ここにいる者は皆──元勇者、あるいは勇者パーティだった者たちだ」


 ユリウスは言葉を失った。


 ヴァイスが剣を握りしめる。


 「……逃げたのか。魔王討伐を」


 エルドは否定しなかった。


 「逃げたとも。

  だが理由は……魔族領に入れば分かる」


 村を後にしてまもなく、ユリウスたちは魔族領へ足を踏み入れた。

 

 そこにあったのは──

 ユリウスが想像していた“魔族の国”ではなかった。


 畑を耕す魔族の男。

 子供を抱く魔族の母。

 遊ぶ子供たち。

 笑い声。

 生活の匂い。


 ただ、人間とは少し姿が違うだけ。


 ユリウスは呆然とした。


 「……これが……魔族……?」


 魔族たちはユリウスを見ると怯え、逃げた。

 まるで“恐ろしい怪物”を見るように。


 ユリウスの胸が痛んだ。


 「……こんな人たちを……殺せるわけがない……」


 その瞬間だった。


 ヴァイスが無言で剣を抜き、

 ノエルが魔法陣を展開し、

 ルカが裁きを唱え始めた。


 「やめろ!!」


 ユリウスが叫ぶが、

 仲間たちは魔族へ向かって攻撃を放つ。


 悲鳴が上がり、血が飛び散る。


 ユリウスはヴァイスの腕を掴んだ。


 「やめろ!! 何をしてるんだ!!」


 ヴァイスはユリウスを見ずに言った。


 「これが……俺たちの任務だ」


 ノエルも、ルカも、目を合わせようとしない。


 ユリウスは震える声で言った。


 「どういう意味だ……?」


 ヴァイスはようやくユリウスを見た。

 その目は、深い絶望に染まっていた。


 「俺たちは……お前の仲間じゃない。

  国王がつけた“監視役”だ」


 ノエルが続ける。


 「ユリウスが任務を放棄しないように……」


 ルカは手を震わせながら言った。


 「……家族が……王国に人質に取られているんです。

  魔王を倒さなければ……皆殺される……」


 ヴァイスは涙をこぼした。


 「頼む……ユリウス……

  魔王を倒しに行こう……

  俺たちの家族を……助けてくれ……」


 ユリウスは唇を噛み、血が滲んだ。


 そして──

 ユリウスは仲間たちに背を向け、エルドのいる村へ戻った。


 ヴァイスたちは、ユリウスの背中をただ見送った。

 追いすがることも、引き留めることもできなかった。


 ──止めれば、ユリウスを殺さなければならない。


 それが“監視役”として課された役目だった。

 任務を拒否した勇者は、その場で処分する決まりになっている。


 だが、彼らにはもうユリウスを殺す力も、心も残っていなかった。

 家族を守るために従ってきたはずの任務が、

 いつの間にか自分たちを壊していた。


 だから彼らは、ただ黙って見送るしかなかった。

 止めないことだけが、ユリウスにできる唯一の“優しさ”だった。


 魔族の悲鳴がまだ耳に残っている。

 ヴァイスたちの懇願も、胸に刺さったままだ。


 ──俺は……どうすればいい?


 「戻ってきたか、ユリウス」


 その声は、まるで帰りを待っていたかのようだった。


 ユリウスは言葉を失い、ただ頷いた。


 「……話を、聞かせてください。

  あの魔族の村……あれは……」


 エルドは静かに頷き、家へ招いた。


 「座れ。

  お前が見たものは、わしらが見たものと同じだ」


 ユリウスは椅子に座り、深く息を吐いた。


 「魔族は……人間と同じだった。

  家族がいて、生活があって……

  どうして……どうして国は……」


 エルドはゆっくりと湯を注ぎ、ユリウスの前に置いた。


 「それを話すために、わしらはここにいる」


 エルドは語り始めた。


 「前にも言ったが……この村にいる者は、皆……勇者か、勇者パーティだった者だ。

  わしもその一人だ」


 ユリウスは驚いた。


 「村長も……?」


 「そうだ。

  わしは三十年前の勇者だった」


 エルドは静かに続ける。


 「わしらも、お前と同じように魔族領へ入った。

  そして……同じものを見た。

  魔族は、少し姿の異なる人間だった」


 ユリウスは拳を握りしめた。


 「じゃあ……どうして国は……」


 エルドは首を振った。


 「国は魔族を“敵”にしておきたいのだ。

  敵がいれば、国は団結する。

  税収は上がり、軍は強化され、王の権力は安定する」


 ユリウスは息を呑んだ。


 「……そんな理由で……?」


 「そんな理由で、だ」


 エルドの声は静かだった。

 怒りも悲しみも、すでに通り越した声。


 エルドは続けた。


 「勇者は“選ばれた者”ではない。

  “選ばされた者”だ」


 ユリウスの胸が痛んだ。


 「……どういう意味です?」


 「勇者に選ばれた村は国から援助を受けられる。

  さらに村の税を免除される。

  貧しい家の子ほど、勇者にされやすい」


 ユリウスは息を呑んだ。


 ──俺も……そうだった。


 家は貧しく、母は病気だった。

 勇者に選ばれた時、村は歓喜し、母は泣いて喜んだ。


 だが、それは──

 国が仕組んだ“選ばせ方”だったのか。


 エルドはさらに続ける。


 「勇者が魔王討伐に失敗して帰れば、裏切り者だ。

  家族は処刑され、村は罰を受ける。

  だから……誰も帰れない」


 ユリウスの心臓が強く脈打った。


 「……じゃあ……俺たちは……」


 「最初から、帰る場所などなかったのだ」


 エルドはユリウスの目を見た。


 「お前の仲間……彼らは“監視役”だろう?」


 ユリウスは震える声で答えた。


 「……はい。

  家族を人質に取られて……

  俺が任務を放棄したら……殺されると……」


 エルドは静かに頷いた。


 「わしらの時も同じだった。

  勇者パーティには必ず監視役が混ざる。

  勇者が真実に気づいた時、止めるためにな」


 ユリウスは頭を抱えた。


 「……なんで……

  なんでこんな……」


 エルドは湯を飲み、静かに言った。


 「勇者制度とは、そういうものだ。

  勇者は国の道具。

  魔族は国の敵。

  真実は……国にとって邪魔なのだ」


 エルドはユリウスの肩に手を置いた。


 「ユリウス。

  ここで暮らせばいい。

  もう戦わなくていい。

  お前は十分すぎるほど頑張った」


 ユリウスは目を閉じた。


 ここにいれば救われる。

 仲間のように、逃げて生きることもできる。


 だが──

 ユリウスの胸には、まだ消えないものがあった。


 「……俺は……

  まだ、やらなきゃいけないことがあります」


 エルドは寂しそうに微笑んだ。


 「そうか。

  なら……行くがいい。

  だが気をつけろ。

  国は……お前を殺すぞ」


 ユリウスは立ち上がった。


 「それでも……行きます」


 エルドは深く頷いた。


 「お前は……本当に勇者だな」


 村を出る時、

 子供たちがユリウスに手を振った。


 「お兄ちゃん、また来てねー!」

 「気をつけてね!」


 ユリウスは笑って手を振り返した。


 ユリウスは、

 王国へ戻る道を歩き始めた。


 王都へ続く街道は、以前よりも長く感じた。

 ユリウスは一人で歩いていた。

 ヴァイスたちの姿はない。


 ──俺は……間違っているのか?


 魔族の村で見た光景が、何度も脳裏に浮かぶ。

 怯える子供。

 逃げ惑う母親。

 畑を守ろうとする父親。

 そして、仲間たちの無表情な殺戮。


 ユリウスは拳を握りしめた。


 「……違う。

  間違っているのは……国の方だ」


 その言葉を口にした瞬間、

 胸の奥にあった迷いが、少しだけ晴れた。


 王都の門が見えてきた。

 巨大な石壁、衛兵の鋭い視線、

 そして街の喧騒。


 だが、ユリウスが門をくぐった瞬間──

 空気が変わった。


 衛兵たちがざわつき、

 視線が一斉にユリウスへ向けられる。


 「……勇者だ」

 「戻ってきたぞ……!」

 「魔王を倒したのか……?」


 期待と不安が入り混じった声。

 ユリウスは胸が痛んだ。


 ──俺は……何も倒していない。


 だが、真実を伝えなければならない。


 ユリウスは王城へ向かった。


 王の間は、以前と同じく豪奢だった。

 だが、ユリウスの目には冷たく映った。


 王は玉座に座り、ユリウスを見下ろす。


 「勇者ユリウス。

  魔王討伐の報告を聞こう」


 ユリウスは深く息を吸い、言った。


 「……魔王討伐は……できません」


 王の眉がわずかに動いた。


 「理由を言え」


 ユリウスは一歩前に出た。


 「魔族は……敵ではありません。

  彼らは人間と同じように暮らしています。

  家族がいて、生活があって……

  魔王は暴君ではなく、国を守る王です」


 王の表情が凍りついた。


 ユリウスは続けた。


 「魔族を殺す理由はありません。

  魔王討伐は……間違っています。

  このやり方は……もうやめるべきです」


 王の間が静まり返った。


 そして──

 王はゆっくりと立ち上がった。


 「……勇者ユリウス。

  貴様は……国家への反逆を宣言したのだな」


 ユリウスは息を呑んだ。


 「反逆ではありません。

  真実を──」


 「黙れ」


 王の声は冷たかった。


 「勇者制度を否定し、

  魔族を擁護し、

  魔王討伐を拒否した。

  それは国家への裏切りだ」


 衛兵たちが一斉にユリウスを取り囲む。


 ユリウスは叫んだ。


 「俺は……正しいことを言っているだけだ!!

  魔族は敵じゃない!!

  この戦いは──」


 「連れて行け」


 王の命令で、ユリウスは拘束された。


 冷たい石の床。

 湿った空気。

 鉄格子の向こうには闇。


 ユリウスは鎖につながれ、膝を抱えて座っていた。


 ──俺は……間違っていない。


 そう思っても、胸は苦しかった。


 仲間たちの顔が浮かぶ。

 ヴァイスの涙。

 ノエルの震える手。

 ルカの泣き声。


 彼らもまた、国の被害者だった。


 「……俺は……どうすれば……」


 その時、足音が聞こえた。


 衛兵ではない。

 もっと静かで、慎重な足取り。


 鉄格子の前に現れたのは──

 一人の若い兵士だった。


 「……ユリウス様」


 ユリウスは顔を上げた。


 「お前は……?」


 兵士は震える声で言った。


 「私は……あなたの言葉を聞いていました。

  魔族が……人間と同じだという話も……

  勇者制度の闇も……」


 ユリウスは息を呑んだ。


 兵士は続けた。


 「私は……あなたを信じます。

  あなたは……正しい」


 その言葉に、ユリウスの胸が熱くなった。


 「……ありがとう……」


 兵士は鍵を取り出した。


 「ユリウス様。

  あなたは明日……処刑されます。

  国民の前で……見せしめとして」


 ユリウスは目を閉じた。


 「……そうか」


 兵士は震える手で鍵を差し込み、鉄格子を開けた。


 「逃げてください。

  あなたが死ねば……真実は永遠に消えます。

  どうか……生きてください」


 ユリウスは立ち上がった。


 「……お前の名前は?」


 兵士は微笑んだ。


 「名乗るほどの者ではありません。

  ただの……あなたの味方です」


 ユリウスはその兵士の肩に手を置いた。


 「……ありがとう。

  お前が……俺を救ってくれた」


 兵士は涙をこぼしながら言った。


 「どうか……真実を……」


 ユリウスは頷き、闇の中へ走り出した。


 夜の王都は静かだった。

 だが、ユリウスの心臓は激しく脈打っていた。


 ──俺は……逃げるのか?


 違う。

 逃げるのではない。


 生きて、真実を伝えるために。


 ユリウスは城壁を越え、

 闇の中へ消えた。


 ユリウスは故郷の村へ向かった。

 母の顔が浮かぶ。

 村の人々の笑顔が浮かぶ。


 ──真実を伝えなければ。


 だが、村に着いた時──

 ユリウスは膝から崩れ落ちた。


 村は焼かれ、

 家は崩れ、

 人々の亡骸が放置されていた。


 母の姿もあった。


 ユリウスは叫び声を上げた。


 「うあああああああああああああああああああああ!!」


 声が枯れるまで泣き続けた。


 ──俺が……守れなかった。


 ユリウスは震える手で母の手を握った。


 「ごめん……ごめん……

  俺が……勇者なんかに……選ばれたせいで……」


 涙が止まらなかった。


 夜が明ける頃、

 ユリウスはゆっくりと立ち上げった。


 もう守るものはない。

 もう帰る場所もない。


 だが──

 胸の奥には、まだ消えない炎があった。


 「……終わらせる。

  この国の……このやり方を……」


 ユリウスは王都の方角を見つめた。


 そして、歩き出した。


 本当の敵へ向かって。

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