201.春小麦の刈り入れ(196)
今日は春蒔き小麦の刈り入れ作業の手伝いをする。
「豊作だな」
黄金色の麦穂が風にそよぐ様は宛ら金色の野だ。
「今年は例年になく豊作です!」
と青い作業着の農家達は満面の笑みを浮かべる。作業着は「やっぱり青じゃなきゃね」という謎の拘りでアスタロトが進呈した物だ。
そして俺もアスタロトも、眷属達も全員がお揃いの青い作業着に麦わら帽子で、黄金色の麦穂の海によく映える。
「ガンダロフは経験者?」
ザクッ、ザクッ、ザクッ、と調子良く麦穂を刈り取っていく俺の手際の良さに、農家達も「おぉ~」と感嘆を漏らす。
「地方の寒村出身だからな、村を出るまでは半人前とはいえ貴重な働き手ではあった」
と手を止めて腰を伸ばす。
「小っちゃいガンダロフ。かわいかったよね、見たかったなぁ」
と汗に塗れた俺の顔を繁々と見遣る。
「確かに、今思えば13才は子どもだ」
村にいた頃、大きくもなく小さくもなかった俺はそれでも貴重な働き手として家族に必要とされている、と思っていた。
実家のある村は冷害や干魃、水害等と大規模な災害は無く冬を越せない者が出ることは稀だったが、実家はあまり裕福ではなかった。兄弟姉妹と家族が多かったからだ。
俺は物心ついた頃から身を粉にして農作業に勤しみ、村に立ち寄った傭兵団に実際は口減らしの為に身売りされた時でも弟妹が充分に飯が食えるようになるならと、文句は言わなかった。
とある街で傭兵団同士の諍いに巻き込まれ、大怪我を負った俺はその場に捨てられた。…傭兵団の幹部達の罪を擦り付けられる形で。
尤も幹部達の行動があまりにも稚拙すぎたのと、辛うじて生きていた俺が証言したことで幹部達は捕縛され処刑。傭兵団は解散。
拠り所を失った俺は幸運にも衛兵詰め所の下働きの職を得た。それが13才の時だ。誰の迷惑にもならず一人で生きていかなきゃならないと気を張っていたが、思い返せば衛兵長や食堂の女将さん等いろんな人に世話になってたんだな。
畑は暫く休ませてから、堆肥を入れて秋蒔き小麦を耕作するのだとか。秋蒔き小麦の畑は随分前に刈り取られていて、既に別の作物が栽培されている。
「胡瓜、茄子、ピーマン、南瓜、トマト、西瓜、薩摩芋」
アスタロトが植えられている作物を数えていく。品揃えが大神殿の農園と同じだ。
「試験的に栽培しております」
彼の呟きに麒麟が答える。元々は次の秋蒔きまで畑を休ませていたのだという。だが勿体ないから試験的に何か植えてみたということらしい。
「連作障害を起こさないように気を付けて」
まぁ、特に注意しなくても理解しているだろうけど。とアスタロトは続ける。相変わらず博識だな。
見学のお礼にと農家の方達に夏野菜とチーズをたっぷり乗せたピザ等をを振る舞うと、ちょっとした宴会が始まる。
「こりゃあ、美味い!」
「酒が進む!」
自分達が精魂込めた野菜が目の前で美味い料理に調理されていくのは魔法のようで、だが美味いのは現実だ。
唐揚げやミートボールと共に供された枝豆を摘まみながら、如何にも夏!って感じ、と弾ける笑顔で冷えたエールを手に取るアスタロトを、だから密かに『食の女神様』と拝むのは出来れば止めて欲しい。彼は神ではないし、男だ。
「あっさりしていて幾らでも食べられる!」
一番人気は茄子と胡瓜と紫蘇の塩揉みだった。自分達の作る野菜の美味さにより一層自信を持ったようでなによりだ。
「大豆で、味噌と醤油を作ろう!」
みそ、しょうゆはアスタロトが欲している調味料か。
「既にイチヨウ達が着手しております」
麒麟によると、北の住居で味噌を造っているらしい。
「手間暇かかるよねぇ」
だがロトは元より眷属達も『美味い』に妥協はしない。きっと美味く出来ることだろうな。楽しみだ。
※※※※※
酔い覚ましを兼ねてアスタロトと二人、麒麟に乗り北の住居まで夜空を散歩する。イトくんと白虎とレアンは先に帰宅させた。
「美味しいビールが飲みたいな」
「キンキンに冷えたエールも美味いぞ」
「うん、でもね、依り代さん世界で『ビール』って言ったら殆どがラガーだったの」
「らがー」とは?
俺が少し話について行けてないのを察知してか、アスタロトが言葉を連ねる。
「今飲んでたエールって、ハーブとか香辛料とかで独特の風味があってそれはそれで美味しいのだけど、でも、好みじゃない」
飲み慣れない味だから、かな?と小首をちょこんと傾げる。
「ラガーは、ポップで味付けとか防腐とか。あと、発酵の仕方が違うんだっけ」
つまり同じ麦酒でもエールとは味わいが全く異なる、と。
「ガンダロフは、お酒ってあまり好きじゃない?」
確かに、食卓に出してあれば飲むが自分から催促したことは無い。
「好きでも嫌いでもなく、あれば飲むといった所だ。ロトは、ビールが好きなのか?」
「うん。暑い時に飲む、冷えたジョッキになみなみとつがれた最初の一口だけ」
それはなんとも贅沢だな。
「そういえばマジックバッグにいろんなお酒が入ってたけど、日本酒は無かった」
「にほんしゅ?」
「依り代さんの住んでた日本で作られるお米の醸造酒。この世界ではお米の栽培が無いからかな?」
「米、か。確かに見当たらない。麦はいろいろな種類があるが」
大麦、小麦、ライ麦、オーツ麦、カラス麦…元いた世界とそう変わらない。
「お米の栽培…稲作は来年の春から、やる。私は美味しい炊きたてご飯が食べたい。
…ご飯だけじゃなくて、搗き立てのお餅も食べたい」
あんころ餅、きなこ餅、なっとう餅、あべかわ餅、みたらしも良いよね、と彼は楽しげに言葉を並べていく。
「で、お酒、みりん、お酢。料理の幅が断然広がる!」
徐々に盛り上がっていたアスタロトは、ぱぁっと勢いよく両手を拡げる。
「うぉっ」と俺は小さく呻いて彼の腰をギュッと改めて抱き締めた。
♪べいしゅべいしゅかっ
呑ま呑まウェイッ!
呑ま呑まウェイッ!
呑ま呑ま呑まウェイ!…
アスタロトが腕をフリフリノリノリ上機嫌で歌うのを、俺は動きを妨げないように抱き留める。
…素面でコレなら、酒飲まなくても良いのではないか?




