12.ここにいる理由と経緯(11.5)
数多ある作品の中から選んでいただきありがとうございます。
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「……あぁ、そうか。そうだな。君が魔神だろうと人間でなかろうと、俺のかわいい人ということに変わりはない」
俺はアスタロトの方に向き直り説いていく。
「ただ、君がこの世界で無敵の存在であっても、もしかしたら何者にも傷つけることの出来ない存在だったとしても、俺は、君に何か嫌なことがあったんじゃないかと心配してしまうんだ」
真剣に切々と語る。これ以上彼に無茶なことをして欲しくなくて。
「君にしてみれば、余計なお世話かもしれないが…」
そうだな。これはたぶん俺のわがままだ。俺は少し泣きたいような情けない気持ちがして俯く。
「余計なお世話、じゃないよ。たぶん凄く重要で大切なお世話だと思う。だって」
アスタロトは変わらず淡々と話す。
「ガンダロフがいなかったら、私、消えてたから。少なくとも『私』という自我をこの世界に定着させたのはガンダロフの」
唐突な話の終了とその後の沈黙。
たぶん『彼』の自我をこの世界に呼び戻して定着させたのは、俺の勝手な願いと一連の行為なのだろう。それについて彼が恩義を感じることはないと思うが。……口づけをしたこと、本当に怒っていないのか?
顔を上げるとアスタロトと目が合う。彼は話そうにも上手く言葉が出てこないって感じで、口を開けたり閉じたり。頬が薔薇色に染まってかわいさが増している。触れたい。身体の芯が熱くなる。仄かに漂う甘い香りが濃くなってきて、その存在を主張していると感じると同時に、彼は両手で顔を覆って俯いた。
はぁ、かわいい。いやそれは置いておくとして。やはり怒ってはいないが、わだかまりは感じるというところだろうか。
「アスタロト……」
声を掛けるも言葉が続かず、触れるのも余計に意識させそうで。と考えあぐねていると、彼が話し始めた。
「えぇと、魔神とか聖者とか世界との関わりというか関係性というか、いまいちよくわからないのだけどね」
彼は顔を上げて、俺と向き合う。顔が真っ赤で、瞳が少し潤んでいる。
「まずは自分が生きることが第一で、どうせだったら楽しく暮らしたい。って思ったら、あそこに留まるなんて論外だったの」
正直に自分の気持ちや考えを伝えてくれる。その誠実な態度にまた惚れ込んでしまう。
「それで……転移魔法なんだけど、初めにガンダロフが寝てたテントに意識を飛ばして、そこに行く!って思ったら行けたの」
彼が持つ『魔法の力』は利便性が高い。しかし俺にはなんだかよくわからないモノだから、使い過ぎによる弊害があるのではと不安になる。
「……簡単に言う……具合が悪くなるとか変な感じ、違和感とかは」
アスタロトは少し考えて、首を横に振った。
「大丈夫。何かあればやらない。で、成功したからガンダロフと剣ちゃん連れてきた」
「重くなかったか?」
「見た目よりも重く感じたのは、筋肉がしっかりとついているからだよね。起こさないように大事に抱えて行くの、結構気を使ったなぁ」
「抱えて、か。俺が起きなかったのは……」
魔法を掛けられたのか?そんな感じは全く無いのだが。
「寝る時に子守唄を唄った。『ねんねんコロリ』って」
「あれは君の方が先に眠った」
どう思い返しても、あれは彼が自分に掛けたとしか思えないのだが。
「……やっぱり?いつも唄の最初の方しか覚えていないんだよねぇ。じゃあ、お姫様抱っこの効果かな」
「…………は?」
……なんだって?『お姫様抱っこ』?
「まぁ横抱きのことだけど、気持ちがね、壊れやすいものを抱えるように大事に丁寧に抱っこするの」
大事に丁寧に。
「……君が、俺を」
嬉しい。が、想像図が頭の中に浮かび上がる。ちょっと待て何だこの絵面は。顔が火照ってきて、腹の奥の方から熱い何かが身体中を駆け巡る。
「お姫様抱っこ。再現する?ガンダロフは大柄だから見応えあるよ」
「っ?!い、いや、そのっっ!」
俺が姫?!それは無理があり過ぎるだろう!見応えの有無以前に俺が恥ずかしい!
「それは後にして」
後でもやらん!
「家探しの時にデントで日誌みたいなのと地図を見つけた。で、教会みたいな建物の地下に魔法陣っぽいのと脱ぎっぱの服が5、6。まだ細かくは見てないけど、洞窟の中にいたらしい人達もそうだけど、食糧ってどう賄ってたんだろう?それらしいモノが見当たらない」
話題の切り替えが早いのが有難い。
「確かに。あれだけの人数で遠征となると、物資もそれなりな量になるはず。……君のように転移魔法を使える者がいたとか」
魔法が発達した世界なのだろうか、ここは。
「馬さんもそれなりな数いたみたいだけどね。生き残ったのは2頭とお腹に1頭」
「外にいるのか?」
「うん、たぶん。飼い葉と水を用意してテントで休めるようにしておいた」
「そうか。後で様子を見てくるか」
「で、これが日誌みたいなのと地図」
何も無かった手元に丸まった大きめの紙とノートが現れた。魔法か。
「読める?」
俺にノートを渡す。
「私の知らない文字だから内容がさっぱりぽん」
俺はページを捲って中身を見る。日誌みたいなのと言ってはいたが。
「俺も知らない文字だな。さっぱりわからない」
「文字が読めなくても、それを書いた時の情報を探ることは出来るかな?」
また無茶苦茶難解なことを軽く言う。だが、『やろうと思えば出来るし、出来ることはやる』のだろう。……彼を止める術が見当たらない。情報の入手は必要だと俺も思ってはいるから。
はぁ~、と息を吐いて俺は
「無理はするなよ」
とノートを渡した。
「承知!では早速……」
アスタロトの瞳がキラキラと煌めく。好奇心いっぱいな感じで微笑ましい。開いて1ページ目。彼は右手の平を当てて、目を閉じる。ピクリと震えて、その後じっと動かず。静かに目を開けたのは、読み取れたのか諦めたのか。
「……どうだ?」
「んー…なんていうか、怒ってる」
「怒ってる?」
困惑を表すように彼の眉間にしわが寄る。
「これ、もしかしたら書いてある事と書いた人の感情が全く異なるのかも」
「うぅむ。そういうこともあるか」
「何書いてあるかは全くわからないけど、面倒事を押し付けられたって」
つまり、書いた人が書いた時の感情を読み取ったということか。
アスタロトはパラパラッと捲って最後のページを開く。先程と同様、右手の平を当てて目を閉じて……
ブンッ!バサバサッ!
無言でノートを投げた!無表情、だが瞳が冷たい光を宿していて……これは怒気か?彼は一体何を読み取ったんだ?
「ロト」
放り投げた時のまま伸ばされた腕を引き寄せて手を握る。小刻みに震えている。俯いた彼の背中を優しく擦る。一体何をどうしたらこんなにも激怒するんだ?
「ごめんなさい、また心配させちゃった」
小声で謝ってくる。
「いや、俺も無用心だった。すまない」
アスタロトは俺の手を両手で包む。まだ震えていて少し冷たくて、だが徐々に暖かくなってくる。丸まっていた背中も擦っている内に随分と伸びてきた。
「あれ書いた人、最低。っていうか、この世界の人達って、もしかして人間じゃなかったりする?」
硬くて低い声。話していて思い出したのか、ぶるるっと震える。
「人間に見えたのだがな。人種的に違うのかもしれない」
彼に『最低』とまで言わせるとは……どんな感情だったのかは気になるが、もう彼に触れさせたくない。
「あのね」
アスタロトは俯いたまま話す。
「さっき読み取った『書いた人の心の声』なんだけど」
「別に話さなくてもいい。君が辛い思いをする方が俺には堪える」
彼は、はっ、と短く息を吐いて
「無理。忘れられそうにない。夢に出てきそう」
まだ少し声が震えている。何かを恐れているのか、未だに怒りが収まらないのか。俺は掛ける言葉が見つからず、背中を擦ることしか出来ない。
「だから巻き込んで悪いのだけど」
アスタロトは顔を上げて俺と目を合わせる。
読了、ありがとうございます。
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