最後の下ごしらえ04
ベルはガーウィンを追いかけるように小走りで廊下を歩いたが、彼を見つけることは出来なかった。とうとう階段を登りきっても見つけることが出来なかったのだが、ガーウィンは階段を降り、ティーナの牢の前に立っていたのだからそれもそのはずである。
「レリアンから聞いたか」
「えぇ。ララとレリアンは一緒に外へ出て行ったわ。……ルフェールもここを離れるのだそうね」
ガーウィンは少しだけ息を吐いた。
「彼はそれも話したか……。そうだ。ルフェール様もここを離れる。ここにはもう、誰もいなくなる」
「そう。少し勿体ない気もするけれど、ルフェールが光の下に出られるのは良いことだと思うわ。貴方もそう思うでしょう?」
ガーウィンは答えなかった。ティーナは目を細めて笑った。
「誰にでも困難はつきものだわ。それを支えてあげられる人がいれば良いのだけれど、ルフェールは問題なさそうね。ガーウィンやセロやベル、それからレリアンがいてくれるんだもの。あの人を助けてあげてね。一人じゃ何も出来ない甘えん坊だから。あの人には頭にくることばかりされたけれど、嫌いじゃないのよ。これからの幸運を祈るくらいはしてあげる」
胸の前で手を組み、ティーナは祈りを捧げるポーズを取った。仏頂面だったガーウィンがほんの少しだけ表情を緩める。
「……ティーナは心優しい人だ。こんなことに巻き込んでしまい、申し訳なく思う。数々の非礼を詫びよう、レディ」
ガーウィンは胸右手を当て、頭を下げた。
「いいのよ。ガーウィンはガーウィンのお仕事を全うしただけだわ。ちょっと、怖かったけれど。今度会うときはうんと優しくしてね?」
小首を傾げるティーナに、ガーウィンは小さく頷いた。
「そうしましょう。……このお返しはまたいつか」
「あら。いつかなんて言わないで、一つ頼まれてはくれないかしら」
「俺に出来ることならしよう」
「ルフェールにお別れの伝言を頼みたいの」
ガーウィンは口を開けて一秒にも満たない間沈黙してから言った。
「それは、自分で言った方が良いのではないか」
「わたくしはもう彼に会うつもりはないわ。彼のことは嫌いじゃないけれど、会ったらまたしつこく言い寄られそうだし、離してくれなくなったら困るもの。だから代わりにガーウィンにお願いするわ。今日は銀の部屋で休むと言っていたから、最後に彼に伝えて。『砂糖菓子の入っていた銀の箱は持っていくわよ』って」
今度は数秒固まった。聞いていたジョックスも眉を寄せてなんだそれは、という顔をする。
「……それでいいのか? ……最後の言葉になるかもしれないぞ」
「あら。だって当然でしょう? これはお詫びの品としてわたくしがもらったものなんだもの。もらっていったっていいじゃないの」
ティーナは銀の小箱を軽く叩いて主張する。そういうことではないのだが、と思えども口には出さず、ガーウィンはふっと笑った。
「分かった。そのように伝えておく。それでは、さようならレディ。再びお会いできることを天に祈りましょう」
頭を下げ、ガーウィンは踵を返して牢を出て行った。
「任務完了っすね」
ぼそっとジョックスが零し、ティーナは伸びをした。
「ようやくお家に帰れそうだわ。さ、準備をしてジョックス。家に帰るまで気は抜けないわよ」
パンパン、と手を叩くティーナ。ジョックスは腰に手を当てた。
「へーい。で、俺は何すりゃいいんすか?」
「そうね。まずは着替えよ! 同じドレスを着回すのはうんざり。ララに新しい物を頼んであるけれど、作り直してもらうことになるかもしれないから、ここにあるドレスを集めてきてくれないかしら。材料にしましょう。それから貴方もそんなみすぼらしい格好はやめて、身支度を整えましょうね」
にっこり笑うティーナに、ジョックスははぁ、とため息交じりの返事をしたのだった。




