最後の下ごしらえ01
「ルフェールが夜這いに?」
「そうなのよ。いつの間にかわたくしのベッドの中にいるのよ彼。ジョックスやララを見張りにつけても、何故か巧みにかわされるのよ」
若草色のドレスを着たティーナは白いベッドの上でうつ伏せになり、頬杖を突いている。話し相手のセロはソファに足を組んで座っていて、二人は壁越しに会話をしていた。
牢の中である。体調の良くなったティーナの要望で昨日牢の中に戻ったのだった。そして今日はすでにセロの短い尋問を終えて世間話をしているところである。
「女性の意思に反してベッドに潜り込むのは紳士としてあるまじき行為だね。ガーウィンに話したらまた何時間か説教されることになるだろうな」
セロは可笑しそうにふふふと笑いながら本のページをめくった。
「それにしても、大木くんやレディの目を掻い潜るなんてルフェールもやるなぁ。この二人はどちらかが必ずティーナの傍にいるだろう? 一体全体どういう手を使っているんだろうね」
本から目を上げて牢の外にいるジョックスとララを見るセロ。ララは視線さえも向けずすました顔をしていたが、ジョックスは腕を組んだままため息を吐いた。
「こいつが協力してんすよ」
バシッと背中を叩かれたのはレリアンである。レリアンは困ったように笑っていた。
「あはは……ルフェール様に頼まれてしまっては断れませんから……」
ティーカップにポットを傾ける。ちょうど最後のお茶を淹れ終わり、「片付けてきます~」とレリアンは逃げるように牢から出ていった。
「さすがに手の内も分かって来たんで最後の方は防げましたし、ここに移ってからは来ないですけど」
ティーナが牢に移りたいと言ったのはそれが主な原因である。とにかくルフェールはしつこく、隙を見て部屋にやってくるので、鍵がかかっていて見通しの良い牢に避難したというわけだ。
「そしたら今度は部屋に来て欲しいなんて言うのよ。今日の深夜はダリアの部屋にいるから~ですって。牢に入れられているから行けないわよって言っても、レリアンに開けさせるから必ず来てって。あの人、わたくしのことを何だと思っているのかしら」
頬を膨らませ、ティーナは足を折ったり曲げたりしている。セロはまたふふふと笑い、読んでいた本を閉じた。
「ルフェールはずっとここに閉じこもっていたから女性の扱いに慣れていないんだよ。悪気はないんだろう。ただ純粋にティーナと一緒にいたいだけかもしれないよ」
ギィ、と扉を押して牢を出て来たセロ。ティーナは鉄格子越しに見つめてくるセロに視線を合わせ、口を尖らせてみせた。
「一緒にいたいだけなら許すわよ。でもあの人スキンシップが激しいの。甘えん坊なのよ。わたくしを母か何かだと思っているみたいだわ」
「どうだろうね。彼は……それはそれは可愛そうな子だから、確かに母の愛に飢えているのかもしれない。けれど、ティーナに母の姿を見ているというのは些か無理があると私は思う。君は良い意味で彼の母親とはまるで別人だ。ティーナは間違っても彼を殺そうとはしないだろうしね」
ティーナの目が細くなる。セロは「おっと失言だったかな」と口を塞いでおどけてみせた。
「何にせよ、まるで他人に興味を示さなかったルフェールが君に熱を上げていることは良いことだ。長らく変わらなかったものが今、変化している。この変化に乗り遅れてしまわないようにしないとね。お互いに。それじゃ、また会えることを楽しみにしているよ、ティーナ」
セロは手を振りながら牢を出ていった。靴の音が遠くなっていく。
「腹の底の見えない方ですね」
靴の音が聞こえなくなってからララがぼそりと呟いた。
「このまま分からなければ随分と楽でしょうけれど。嫌だわ。極力面倒なことには関わりたくないのだけれど、巻き込まれそう。まぁ、セロが今何を企んでいるにせよ、取り急ぎわたくしたちがしなくてはいけないことは変わらないからとりあえず放っておきましょう」
ララははいと言って頷いた。二人の話がどういうことか理解できないジョックスは聞いているふりをしているだけである。とりあえず二人が分からないことはジョックスにも分からないので、こういう時の彼は二人の会話が盗み聞きされないように気を張る見張り役であった。
「けだもの男の作戦ですが、上手くいくのでしょうか」
「させるのよ。あの方たちはお互いに信頼していないから情報が共有されることはほぼないでしょうし、作戦としては悪くないと思うわ。けれど人手が足りないのよね」
ここでジョックスがララの肩を人差し指で叩いた。振り向いたララと、それを見ていたティーナに目で知らせる。近くに人がいると。
しかしティーナはベッドに座り直し、お構いなしに話を続けた。




