色鮮やかな世界02
「このお花畑はルフェールのものなの?」
ティーナは周りの花を摘んでいく。
「そう。ここを用意してくれた人が、これもくれた」
ルフェールはティーナの手元を見ながら答えた。
「貴方のお祖父さんね」
「うん。あの人は私に何でも与えてくれて、何でもしてくれる。……でも、嬉しかったのはこれだけだ。これをくれたのが、唯一嬉しかった。今なら、それが分かる」
「今までは分からなかったの?」
ティーナが顔を上げると、ルフェールはこくりと頷いた。
「分からなかった。ここに初めて来た時、何かを感じたけれどその時の私にはその感情に名をつけることが出来なかった。それから、ここに来た時に湧く感情にも。……誰も教えてくれなかったから。けれどティーナに会って、それが嬉しいという気持ちだと分かったんだ」
ルフェールは花畑に視線を移した。
冷気をはらんだ優しい風が草花を揺らしている。明るく、空気は澄んでいて、鮮やかで、周りを囲むものは何もない。
岩に囲まれた暗い世界とは大違いだ。
目を閉じるのが勿体なくて、瞬きさえも惜しみ、この美しい世界をずっと見つめていたくなる。けれども闇に慣れたルフェールの目は長く明るいものを見ていられない。もう、目が痺れるくらいに痛い。
ルフェールはそっと目を閉じた。目を閉じても匂いが教えてくれる。頬を撫でる風が教えてくれる。それから、
「気持ちがいいわね、ルフェール」
今日はティーナがいる。ティーナのころころとした笑い声が聞こえる。
ルフェールは目を閉じたまま顔をティーナのいる方へ向けて目を開いた。
「出来たわ」
にっこりと、ティーナが花のような笑顔で笑っていた。輝いて見えるのは太陽に照らされているからだろうか。
「ティーナは太陽が似合うね」
「当然よ」
ティーナは膝立ちになって手に持っていたものをルフェールの頭の上に乗せた。ルフェールは頭に乗っている物を見上げ、手で確認した。
「これは何?」
「花冠よ。幼い頃にお母様が編んでくれたのを覚えていたの。……結構似合うじゃないの」
白い頭の上に色とりどりの花で作られた花冠が乗っている。ルフェールの人間離れした容姿もあいまって、随分美しい仕上がりとなった。
「冠か……。私に、似合うのだろうか」
「えぇ。似合うわよ」
「ティーナが言うのなら、似合うのかもしれないね」
ルフェールは躑躅色の花を摘んだ。
「……皆は私をどうしたいのだろう。私はどうあるべきなのだろうか」
花を手の中で弄びながらルフェールは呟いた。ティーナへの問いではない。それが分かっていたから、ティーナは問いに問いで返した。
「ルフェールはどうしたいの?」
「どうも。私は何もしない代わりに何も望まない。皆が私に望めば私はそれを返さなければならないけれど、このまま一人でいるのなら皆が私に望むことは何一つとしてないだろう。……私はこの世に存在していないものだからね」
花を持った手にティーナの手が添えられた。
「そんなことないわ。貴方は一人でもちゃんと生きているじゃないのルフェール。貴方は無関心で無気力でどうしようもなく世間知らずだけれど、まだ遅くないわ。これからやりたいことを見つければいいのよ。……どうしてもと言うなら、わたくしだって手伝ってあげなくもないわ」
白い指先がティーナの手を取った。
「言ったね。私の傍にいてくれるんだね、ティーナ」
ティーナは一度目を大きくしてからじっとりとルフェールを睨み、口を尖らせた。
「騙したの? わたくしは手伝ってあげなくもないと言っただけよ。手伝うなんて言っていないし、傍にいるなんて一言も言っていないわ」
「私が唯一望むとしたら貴方だよティーナ。私はティーナさえ手に入ればそれでいい」
穏やかに笑うルフェール。ルフェールの手に乗せられたティーナの薬指にはいつの間にか花輪が通されていた。ティーナは無言で自分の左手の薬指に咲く花を見つめてから、ルフェールに視線を移した。
「……ここにわたくしを連れてきたのは、最後のお願いをするためでしょう?」
ルフェールは微笑んだ。
「……そうだよ」
それから一拍置いて続けた。
「一つ目のお願いを叶えてくれたから、もう一つのお願いをするよ。三日後、彼らに私が寝ている場所を教えてあげてほしい。セロにはダリアの部屋、ガ―ウィンには銀の部屋、ベルには青の部屋にいると伝えて」
「陽動作戦ということね。分かったわ。それだけで大丈夫なの? ちゃんと動くかしら」
「動かざるを得ない状況にする。その他のことも私が上手くやるよ。貴方には危険が及ばないようにする。もう私が貴女を傷つけることはないから安心してほしい」
「ありがとう。……幸運を祈るわ」
「そうして」
「それじゃぁわたくしのお願いを言うわね」
それまですぐに返事をしていたルフェールが口を閉じた。
「聞かなきゃだめ?」
首を傾げるルフェール。ティーナは「そういう約束でしょう?」と口を尖らせた。
「わたくしのお願いは一つだけよ。役目が終わったらここから出して無事に帰らせてちょうだい。もちろん、ジョックスやララも」
形の良い唇は沈黙している。ティーナはむっとした顔をした。
「すねないで。外でも会ってあげるわよ。お友だちとしてね」
「友だちは嫌だ」
「貴方しつこいわね」
ティーナは呆れた声を出して肩の力を抜いた。
「わたくしにはっ」
突然ティーナの唇をルフェールの唇が塞いだ。ティーナは目を大きくして静かになった。
ルフェールは赤い目を終始開けたまま長く重ねていた唇を離した。
「聞きたくない」
ベチンッ
「痛い」
ティーナの手が頬をひっぱたいた。ルフェールの真白だった頬が赤くなる。
「手が早い人は大っ嫌いよ!!!」
ティーナも真っ赤な顔をして叫んだ。ルフェールはきょとんとした顔で立ち上がって自分を見下ろすティーナを見上げた。
「唇を合わせることならティーナが……」
途中で言葉を切って口を閉じるルフェール。これ以上言うとまたティーナが怒りそうな予感がしたからだ。ガーウィンの指導が初めて役に立った瞬間である。
「わたくしが何よ!?」
しかしティーナは聞き逃さなかった。怒った顔をして上からルフェールを睨みつけている。ルフェールは迷った結果、やはり言わないことにした。
「秘密」
「何よ! 言いなさいよ!」
「絶対言わない」
ルフェールはティーナに抱き着いてそのまま花畑の上にティーナと共に倒れ込んだ。
「もうっ! 驚いたじゃないのっ! 放してっ!」
今度はしっかり頭と身体を抱えたのでティーナがどこかに頭をぶつけることはなかった。ただティーナの怒りは最高潮に達したらしく、腕の中で暴れまわった。ぽかぽか肩を叩き、腰を蹴り。そうしてティーナが暴れまわった所為でルフェールの長い髪が絡まり、二人は拘束されることになってしまったのだった。
「貴方の髪ってどうなっているの!? どうしてこんな時に限って絡まるの!? いつもはさらさらで絡まらないじゃないの!! 独りでに動くのこの髪!?」
座り直したルフェールの足の間にちょこんと座り、身体に絡まった白い長髪を丁寧に解きほぐしながらティーナは不満をもらした。
「髪は勝手に動かないよ」
「知っているわよ!!」
振り返ってきっとルフェールを睨みつけた。するとルフェールはまるで幼子のようなあどけない顔で笑ったのだった。
「楽しい」
「楽しくなんかないわ!!」




