胸躍る贈り物02
ベルは何となく分かったような気がした。
ジョックスとララがティーナのことを慕う理由が、嬉しいと言って笑うティーナの姿にあるのだろう。ティーナが信じ、期待しているからこそ、二人はティーナの傍でその期待に応えるべく努力するのだろう。一人で頑張れる人間は少ない。他人に応援されて、支持されて、初めて力を発揮できる人間ばかりだ。ティーナとジョックス、それからララは三人でお互いに支え合い、お互いを必要としているからこそ信頼関係を築けるのだ。
「俺は、ティーナがいるから彼らはやれるのだと思う。ティーナが彼らを信じ、期待しているからこそ、彼らは君を信じてついていくんだろうな」
穏やかな表情で言うとティーナは「そうかしら?」と小首を傾げた。
彼女にとっては当たり前なのかもしれないが、決して当たり前ではない。ベルはさっき、彼女自身から誰にでも出来ることはこの世にないのだと教えてもらった。従者を信じるということは当たり前のようで特別なことなのだろうとベルは思った。
「何にせよ、ベルもわたくしたちのお祖父様たちのような、自分を信じてくれる人や期待してくれる人を探した方が良いわ。身近にいるものよ。いないと思うなら、人のためになる自分の要素が足りないのよ。他人のために何かをしてあげられれば、それだけの信頼が得られるものよ」
ティーナのように。
「そう、だな。いつもティーナは賛成できないことばかり言うけれど、それについては同意する」
ベルがそう返せば、ティーナはなあにそれ、と言って笑った。そんな笑顔が可愛いな、とふと思ってしまい、ベルは軽く頭を振った。
「そうだ、ティーナ」
いつまでも頭に残り続けるティーナの笑顔を上から塗り潰そうと口を開く。
「何かしてほしいことはないか? 俺は、その、ティーナが運ばれてきた時に何もしてやれなかったから……。かわりと言っては何だが、君の望むことをしたい」
ティーナは自分が倒れた日にベルがずっと部屋の前で心配してくれていたことを知っている。ララが話してくれたのだ。
毒に倒れた者に対して出来ることは誰にだってないとは思うものの、ベルが真剣な表情で言うので、ティーナはそうね、と言って少しだけ考えた。
「お日様の下でお茶会がしたいわ」
「分かった」
ベルは頷き立ち上がるとすぐさま部屋を出ていってしまった。一人残されたティーナはきょとんとした顔でベルの出ていった扉を見つめた。
それから二時間くらい過ぎたティータイムの時間にベルは再びやってきた。
「ティーナの望み通りのものを用意した。行くぞ」
ベッド脇で手を差し出すベル。しかしティーナは小首を傾げてその手を見つめた。
「行くってどこへ行くの?」
「茶会の場所にだ」
「どこなの?」
「下だ」
「下って……階段を降りるの?」
「そうだ」
「わたくし、長い階段は降りられないわよ」
「っ! だったら俺が連れて行ってやる! ほら! 来い!」
ベルは頬を赤らめてティーナに両腕を伸ばした。ティーナは数回目を瞬いたが、すぐににっこり笑って腕をベルの首に回した。ベルはティーナの背と膝の裏に手を添え、軽々と身体を抱き上げた。そのまま踵を返し、開けっ放しになっていた扉から部屋を出る。扉の外に控えていたジョックスは少しだけ驚いた顔をしてから後をついてきた。
「ベルって力持ちなのね」
「女一人くらい持ち上げられるよう鍛えている」
ティーナが下からベルの顎を見つめながら言うと、ベルはぶっきらぼうに言った。ティーナはそうなの、と答えてベルの胸に耳をくっつけた。
心臓の音がドキドキ煩い。それを聞いていると自分までドキドキしてきて、ティーナはくすくす笑った。
「何がおかしいんだ」
不満そうな空色の目が見つめている。
「楽しいと思っただけよ」
「まだ茶会も始まっていないのにか?」
ベルは片眉を上げて不思議そうな顔をした。ティーナはそうよ、とだけ答えて鼻歌を歌い始めた。ベルにはよく分からなかったが、とりあえずティーナが楽しいならそれでいいと、考えるのをやめた。
階段を下まで降りたベルは円形の広場を突っ切って迷路に入った。右、左、右、右、左、真っ直ぐと進んでいき、やはり行きついたのはあの庭であった。
明るい陽光が差し込んでいるのが見える。久しぶりに見た太陽の光が眩しくて、ティーナは少しの間目を瞑っていた。瞼に刺すような光を感じる。
そろそろ慣れたかというところで目を開けた。
「素敵!」
ティーナは思わず歓喜の声を漏らした。
陽光のさす庭は生き生きとしていた。風に揺れる白いテーブルクロスが美しく、草花に零れ落ちた太陽の光が煌めいている。身体を包み込む暖かい空気に、晴れた日の匂い。外で陽の光に当たることがこんなにも素晴らしいなんて、とティーナは目を細めた。
「ティーナの席はここだ」
ベルは手前の椅子を引いてティーナを座らせ、自分はティーナの向かいに座った。
すかさず庭で待っていたレリアンとララがそれぞれお茶を淹れて二人の前に出した。ティーナはララの淹れたお茶を飲み、ベルはティーナの様子を伺いながらレリアンの淹れたお茶を飲んだ。
「美味しいわ」
ほっと息を吐き、ティーナは笑みを綻ばせた。ティーナの笑顔を見て、ベルもカップに隠れた口の端を少しだけ上げた。
「甘い物も用意させた。甘い物が好きなんだろう? たくさん食べろ」
テーブルの真ん中に大きなバスケットが用意される。バスケットにはマドレーヌやパウンドケーキが山盛りにされていた。
「美味しそうね。二人で作ったの?」
取り分けてくれているララとレリアンに聞く。二人はそれぞれに「そうです」と言った。
ティーナはララが取り分けてくれたパウンドケーキに手を伸ばし、一口食べた。口の中に優しい甘さとベリーの甘酸っぱい味が広がる。
あっという間にパウンドケーキを食べ終え、次はマドレーヌに手をつけた。バターと砂糖が上手く調和したまったりとした甘さに頬がとろける。
「二人ともありがとう。とっても美味しいわ」
また笑顔になって言うと、二人は嬉しそうに笑った。
それからティーナは次々とパウンドケーキとマドレーヌを食べていき、ベルを驚かせた。バスケットの中身がみるみるうちに減っていく。半分くらい食べたところでようやく満足したティーナは、一息ついてお茶を飲み干した。
「意外と食べるんだな」
思わずといった様子でベルが感想を漏らす。
「あら。たくさん食べる女の子は嫌い?」
「いや。嫌いじゃない。けれど食べ過ぎるのはよくないぞ。元気になったばかりなんだから気をつけろ」
真面目に答えるベル。ティーナはふふっと笑い、ララに注いでもらったお茶をもう一口飲んだ。
「そうするわ。ありがとうベル。私のことを心配してくれて。それから、このお茶会を用意してくれて。とっても気持ちがいいわ」
庭に視線を向けるティーナ。ふわふわの栗色の髪が風にそよいだ。
「ルフェールやセロやガーウィンもいれば……あの夜のお茶会をやり直せれば良いのに」
呟いたティーナの声は風が攫った。
ドクン、とベルの心臓が大きく波打った。
ティーナの横顔はどこか憂いを帯びており、細められた目は遠くを見据えていて、口元に浮かんだ笑みはずいぶんと大人びて見えた。いつもは、そう、可愛らしい顔つきや態度が歳の割に幼い印象しか与えないのに。
二度三度と瞬きすれば彼女はもう、にっこりいつもの幼い顔で笑っていた。
ガーウィンとセロの言っていた言葉がベルの頭をよぎる。
「君は……俺が誰なのか……」
知っているのか。
聞こうと思って、やめた。
「なあに?」
ティーナは小首を傾げる。
「いや、何でもない」
言ってベルはティーカップを口に運んだ。
今はまだ、何も知らないままでいたい。純粋無垢なままで。ベルはそう思いながら、「気になるじゃない」と言って口を尖らせたティーナに笑みを向けた。




