胸躍る贈り物01
昼下がり。だいぶ元通りの生活になってきたティーナは、食事を終えると本を読んでいた。セロが持ってきてくれたデヴォンの長編小説である。一度読み始めると没頭してしまうティーナだったが、今回ばかりは違っていた。
「……ねぇ。そんなに睨まれると気になるのだけれど。わたくしに用があるのかしら? ベル」
扉の横でベルが壁にもたれかかってティーナを睨んでいる。
ベルはもう二時間以上もそうしている。昼食が始まった頃にやってきて扉の横に立ち、食器を片付けたララが出ていくのを見送って、今はティーナが本を読むのを見つめている。部屋に入る前も入ってからもベルは一度も口を開いていなかった。さすがのティーナも無言で睨まれれば気になった。
「なあに? 用はないの? ないならどうしてここにいるの?」
ティーナはむっとした顔をした。するとベルはつかつかと足音を立ててベッド脇に立った。
「どうしてそんなに平気そうなんだ。……ティーナは毒を盛られたんだぞ? 食事をするのを躊躇ったり嫌がったりしないのか」
ティーナは本を閉じた。
「毒が入っているものも平気で食べたのだから、今更怖がることなんてないわ」
ぐ、とベルは唇を結んだ。
「じゃぁ、ここにいたくないとは思わないのか?」
「ここに来た時からずっと思っているわ。それは初めから何も変わっていないわ」
「……夜、目を閉じるのが怖くなったりしないのか。またあの苦しみが襲ってくるかもしれないと思うことはないのか。目を閉じたら、開けられなくなるのではないかと思わないのか」
「思わないわ。目を閉じて、開けられたことに感謝することはあっても閉じることを躊躇したことはないわ。これから起こることを嘆くより、わたくしは今こうしていられることを喜びたいのよ」
ベルは目を細めた。
「どうして……君はそんなに強いんだ、ティーナ」
何故かベルが泣きそうな顔をしていた。ティーナは肩の力を抜き、ベッドの端を叩いてベルに座るよう促した。ベルは少し戸惑ったが、結局ティーナに背を向けて腰かけた。
「わたくしは弱いわよベル。重いものは持てないわ。長く歩くこともできないの。そしてすぐに疲れてしまうのよ」
こんなに弱い人間他に見たことないわ、とティーナは笑った。
「そういうことじゃない」
しかしきっぱりと否定されてしまい、ティーナは息を吐いた。
「どういうことなの?」
「……俺の言っていることは精神的な話だ。どうしてティーナがそんなにも気丈に振る舞えるのか分からない。……あのララという女もそうだ。ジョックスという男だって。どうして君たちはそんなにも強いんだ。人はみんな弱いはずだ。大きな力には逆らえないし、死の危険があったら逃げるはずなんだ」
ベルの頭は下がっていて、大きなピアスが揺らめいている。背を向けていて見えないけれど、組んだ手を見ているのだろうなとティーナは予想をつけた。
「ベル。貴方、誰かに信じてもらったことはある?」
「……ない」
「誰かの目標となったことは?」
ベルは首を振った。
「期待されたことは?」
ベルはもう一度首を振る。
「そう。自覚していないと、わたくしのことを理解するのは難しいかもしれないわ」
言ってからティーナは居住まいを直した。
「わたくしはね、ベル。信じてもらえて、目標とされて、期待されているの。まず、ララやジョックスがわたくしのことを信じてくれているわ。ララはわたくしを目標とさえしてくれているのよ。お祖父様やお兄様はわたくしに期待してくれているわ。それにね、わたくし、領主メレズディ家の娘なのよ。村のみんながわたくしを慕ってくれて、信じてくれて、期待してくれているの。そんなところで生活できるなんて、環境に恵まれたわ。わたくし、運だけはいいの。でも、時々そんな目が怖い時もあるわ。そんな時はお母様とお父様が励ましてくださるのよ」
「……良いご両親だな」
「えぇ。もう、この世にはいないけれど」
ベルは目を大きくして振り返った。ティーナは悲しそうな顔で微笑んでいた。
「空から、二人が励ましてくれるの」
「そう、だったのか……。ごめん……俺は、ティーナに酷いことを言ってしまった……」
尋問の時に親のことを持ち出したことを思い出し、ベルは眉を下げた。ティーナのことが見られなくて、視線を下げてベッドを見る。
「いいのよ。知らなかったのだから仕方ないわ」
ベルは小さく口を開いたけれど閉じてしまった。ティーナはしばらくベルが何かを言うのを待ったが、時間が過ぎるだけでベルは話そうとしなかった。ティーナはそっと、ベルの腕に手を添えた。
「……ベルは信じてもらったことや目標とされたこと、期待されたことがないそうだけれど、わたくしはそうは思わないわよ」
視線が遠慮がちに上がった。
「ルフェールからわたくしの尋問をお願いされたでしょう? それはベルのことを信じているからよ。ここでルフェールのために働いているのも、期待されているからだわ」
「そんなことはない。あの方は他人に興味がない。信じる信じないもないんだ。あの方には俺たちに頼むという選択肢しかなかっただけだ。俺がここにいるのも、指示されたから来ているだけで……誰かの期待を背負ったわけではない」
ティーナは目を細めた。
「そう思うのなら、それは正しいのかもしれないわ」
ベルの身体が強張ったのが掌から伝わってきた。唇もぎゅっと固く結ばれる。
「でも、自信というものは、強さというものは、自分が自分を肯定し、他人に肯定されなければ形にならないのだとわたくしは思うの。自信や強さが欲しいのならまず自分を肯定することよ。何だっていいの。今日は早く起きられたとか、思ったよりも本を読むのが早かったとかそういうことでいいのよ」
なんだそれは、とベルは呆れたように笑った。ティーナも口の端に笑みを浮かべ、話を続けた。
「簡単なことでも自分を褒めるのよ。誰にでも出来ることってこの世には何一つとしてないの。みんな努力したり才能があったりするから出来るだけなのよ。ジョックスはお祖父様に半ば拷問のような形で教育を受けたけれど、覚えられないみたいでほとんど文字が読めないのよ。読めても単語だけよ。でも逃げ回っていたからか走るのはとっても速いのよ。ララは何でも卒なく出来ると見せかけて裏で努力していて、最初の頃は手を傷だらけにしてお料理を作ってくれたわ。何と戦ってきたのって、わたくし思わず聞いてしまったのよ」
懐かしそうに話すティーナ。
ベルは想像した。ティーナの祖父から逃げ回る幼いジョックスや、傷だらけの手をした幼いララを。はっきりと幼い二人を描くことは出来なかったが、ずいぶんと微笑ましくて楽しそうだなとベルは思った。
「だから些細なことでも自分を褒めてあげて。それから自分を褒めてくれる人に認めてもらえるよう努力するのよ。わたくしたちで言うところの、お祖父様のような方ね。お祖父様は厳しい方だけれど、褒めて信じて期待してくださる方なの。絶対にできると信じ、成長した姿に期待して、課題を与えるのよ。できたことは褒めてくださるわ。……無理難題を言い渡されることが多いけれど、ジョックスもララもよくやっているわ。二人の成長がわたくしには嬉しい。二人がわたくしの傍にいてくれることが、わたくしは嬉しい」
べったりなのはあまり好きではないのだけれど、とティーナは困ったように笑った。




