表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/58

王都仮面舞踏会04

「お兄様がよく言うのよ。『ティーナの側にいると気分がよくなる』と。最初はわたくしを社交界へ連れ出す口実かと思ったのだけれど、どうやら本当に気分がよくなるらしいの。わたくしには人を癒す効果があるのね」


「いや、君の香水だろう。その香りには安らぐ効果があるようだ」


 男が冷静に分析した結果を述べると、ティーナは口を尖らせた。


「こういう時は、そうだねすごいねと頷くのよ。貴方がどんな人付き合いをしているのか分かってしまったわ。正直なのは良いことだけれど、時には相手を喜ばせる言葉を選ぶのも人付き合いには大事なのよ」


 珍しくティーナが軽くため息を吐いてみせる。男は唇をへの字に曲げてむ、とした顔をしてから口を開いた。


「良かった! ここにいたんですね!」


 男は何か言おうとしたが、違う男の声が聞こえたので口を閉じた。ティーナと男が声のした方を見ると、長い金髪を首の後ろで一つにまとめた男がひょっこりカーテンの間から顔を出していた。


「ふらふらどこかに行ってしまわれたので探しましたよ~! ベル様はすぐ酔う癖に断れませんからね~」


 言いながら男は外へ出てきた。青いジュストコールを着て青い目で柔和に微笑む、人のよさそうな男である。ティーナの身長では、仮面の右目に埋まっているレンズが反射して男の右目は見えなかった。


「もしかしてお邪魔でしたか?」


 金髪の男は申し訳なさそうな声で言ったが、ベルと呼ばれた男はいや、と首を振って答えた。


「気分もよくなったので今戻ろうと思っていたところだ」


 ぱ、と金髪の男の表情が明るくなる。


「そうですか。では私は中で待っていますね。それではレディ。失礼いたします」


 ティーナに頭を下げ、金髪の男はホールへ戻っていった。


 ベルと呼ばれた男は背筋を伸ばし、気合を入れた様子でカーテンをくぐろうとした。


「お待ちになって」


 それをティーナが呼び止めた。男が訝しげな顔をして振り返ると、ティーナは男のジレに何かを突っ込んだ。男はぎょっとしてティーナが突っ込んだ物を取り出した。


「これは……」


 ティーナのしていた白い手袋だった。


「また気分が悪くなった時のために、連れていってあげて。わたくしは貴方の側にいられないから」


 男はじっとティーナを見る。にっこり、ティーナが可愛らしく笑うと、男は突然ぼっと顔を赤くして逃げるようにホールへ戻っていってしまった。


「あら、お礼もないの」


 ティーナは唇を尖らせ、カーテンをくぐった。


 ホールに戻るとワルツが始まっていた。今まで気づかなかったのが不思議なくらい、室内が音楽で満たされている。息を吸うと空気と共に音楽が身体の中に入って来るような気さえする。


 管弦楽団の奏でる音楽に合わせ、ホールの真ん中では男女が手を取り合っていた。個々を見るとバラバラなのに、不思議な一体感がある。その中にはジョックスの姿もあった。身体が大きく頭一つ分出ているのでよく分かる。


 姿を見ないと思ったら、どうやら貴婦人に掴まっていたらしい。どこかぎこちないワルツを踊っている。ティーナに気づいたジョックスは助けを求めるように目配せしたが、ティーナは気づかなかったふりをして目をそらした。代わりに、


「ねぇ貴方。わたくしと踊らない?」


 腕組みし、壁に背を預けて立っていた長身の男に声をかけた。


 真っ直ぐな長い黒髪に黒一色の衣装、黒い仮面といった全身真っ黒な、カラスのような男だった。


「誰がお前のような女と踊るか」


 男は一瞥もくれず、吐き捨てるように言った。ティーナはむっとした顔をした。


「踊りたくないならそう言えばいいでしょう」


「勘違いするな。踊りたくないのではない。お前のような女が嫌なのだ」


 ぎろり、と男は真っ赤な目をティーナに向けた。それに加えて威圧的な態度。常人が彼のような態度とその目を向けられたら震えあがっているところだろう。しかし、相手はティーナである。


「わたくしのどこが気に入らないのよ」


 ティーナは頬を膨らませて真っ直ぐな目で男を見ている。男は壁につけていた背を浮かせ、小首を傾げてティーナを上から下に見た。ティーナと男の態度には大きな温度差がある。


「全て、だ。その幼げな容姿、生意気な目、この私に口答えする態度。全てが気にくわぬ」


「酷い人ね。無知や性格を詰るのは許せても、このわたくしの容姿を詰るのは許せないわ。お母様からいただいた大切な身体なのよ。謝りなさい」


 男はハ、と鼻で笑った。


「母を出すか。まだ乳離れ出来ていない赤子のようだな。女であるお前からダンスに誘ったのも、思考が幼いからか? 見目相応に中身も幼いようだな」


「あら。どうしてわたくしからダンスに誘ってはいけないの? わたくしは貴方と踊りたいと思ったから誘ったのよ。それの何がいけないのかしら。男が女を誘うのが決まりだからとでも言うの? 決まりが何だっていうのよ。踊るきっかけなんて何だって良いじゃない。それとも貴方、ダンスが苦手なの? 安心して。わたくし、ダンスは得意なの」


 ティーナは胸に手を当て、ふふんと得意げに笑って見せた。すると男は上体を曲げ、上からティーナを見下ろしてきた。黒い長髪がするすると背中から流れ、ティーナの頭の上から顔の横までカーテンをつくる。


「減らぬ口だな。利けぬようにしてやろうか」


 男の白く、長い指がティーナの首に伸びる。


 びく、とティーナの身体が震えた。


 冷たい指が肌に触れ、細い首を掴もうとする。


「レディ」


 途端、男の手が止まり、するりと解けた。


 ティーナが声のした方を振り返ると、背筋をスッと伸ばした姿勢の良い男が立っていた。青鈍色の前髪を上げ、白い仮面をした男である。ほとんど黒い深緑のジュストコールを着ている。


「私と踊っていただけませんか?」


 男が手を出す。ティーナは咄嗟に黒髪の男を振り返ったが、驚いたことに、男の姿形はなくなっていた。ティーナは目を大きくした。


 まるで、一瞬だけ、黒い悪夢を見ていたかのような……。


「レディ」


 もう一度、青鈍色の髪をした男が呼ぶ。ティーナは唇を結んでから男の方に向き直った。


 数秒、男を見つめたまま固まる。男は手を出したまま微動だにせず、ティーナを待っていた。


「……喜んで」


 一度出そうとした言葉を飲み込んでから気を取り直してにっこりと笑い、ティーナは男の手を取った。


 男は慣れた手つきでティーナをエスコートし、曲に合わせて踊り始めた。ティーナもそれに合わせて身体を動かす。男は身長の低いティーナを気遣って足を運んでくれるのでティーナは随分踊りやすかった。


「お上手ね」


「恐縮です」


 男は軽く礼をした。律儀な男である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ