白磁の小瓶03
一体何が起こっているんだ? どうして彼女が倒れているんだ?
「ルフェール様! 持ってきました!」
レリアンが手に白磁の小瓶を持って現れた。走って来たらしく、息が少し荒い。その後ろからララが部屋に飛び込んできて男たちをかいくぐり、ベッドの横まで来た。こちらも息が荒く、また顔色も悪く、今にも倒れてしまいそうに見えた。
レリアンがルフェールに小瓶を渡すと、ルフェールはララとジョックスの立つベッド脇とは反対側に立った。
「解毒薬だよ」
二人の目の前に小瓶を差し出すルフェール。ジョックスが引っ手繰るように受け取り、ララに手渡した。ララは小瓶の中身を少しだけジョックスの手の甲に出す。ジョックスはそれを舐めた。
「毒ではないみたいだ」
「……随分あっさりとくださるのですね」
ララはベッドに腰かけ、片手をティーナの後頭部に添えて上体を起こした。「ティーナ様、お薬です」と優しく言いながら小瓶を唇に傾ける。
「これ以上貴方たちから欲しいものがないだけだよ」
ルフェールは弱り切ったティーナを見ながら言った。ララがちらと視線をルフェールに向ける。
「ごほっごほっ」
ティーナが咳き込んで薬を吐いてしまった。ララは小瓶を唇から離し、指で口の周りについた液体を拭った。
「……ティーナ様、頑張ってください。嫌でしょうけど、頑張って」
落ち着いてから再び小瓶を傾けたが、また咳き込んで吐いてしまう。
「ちっ。姫様は苦いもんが嫌いだから喉を通らねぇんだ……」
ジョックスが眉間にしわを寄せる。
「それは困ったね」
他人事のように返すルフェール。ついにジョックスの頭の中で何かがぶちっと切れる音がした。
「何が困っただ!! てめぇの所為だろうが! てめぇが姫様に毒盛ったんだろ! 毎日飯に混ぜさせてたのはてめぇだろ!」
乱暴にルフェールの胸ぐらを掴んで引っ張り上げる。服のボタンがいくつか千切れ、踵が浮いて額がジョックスの額にぶつかりそうになった。咄嗟にレリアンが止めようとジョックスの腕にしがみついたがビクともしない。それでもルフェールは涼しい顔でジョックスを見つめ返していた。
「放してくれるかい? 私に手を出しても貴方の主人はどうにもならないよ」
「てめぇ!」
さらにジョックスの腕に力が入った。憤怒で青い瞳が燃え上がる。「ルフェール様!」とレリアンが焦燥に駆られた様子でルフェールを窘める。
「……言い方を変えよう。放してくれ。手を尽くそうにもこのままでは何も出来ない」
「知恵を貸してくださるのですか?」
ララの反応は早かった。ルフェールは赤い瞳をララに向けて「そう」とだけ答えた。
「放してくださいジョックス」
「ちっ」
ララが指示すると放るように手を離した。
自由になったルフェールは真っ白な手をララに伸ばした。そうして攫うように小瓶を抜き取り、サイドテーブルに置いてあったランプの隣に小瓶を置いた。
「何をするつもりだ?」
ジョックスが眉を寄せて問いかける。
「うまくいくかは分からないけれど、何もせずに見ているよりはましだろう」
それだけ答えてルフェールはランプの中に火を入れ、口のところに銀の器を置いた。それから器の中に小瓶の中身を傾けた。
「……火をかければ空気に溶ける。飲めなくても、吸うことは出来るはずだ」
空になった小瓶を置く音が大きく響いて聞こえた。
誰も答えなかった。今までそんな方法で薬を与えたことはない。考えたこともなかった。ルフェールの言う通り、上手くいくか分からない方法だ。
「皆は部屋を出た方が良いだろう。薬も毒だ。空気に溶ける薬が濃くなったら、身体に影響が出るかもしれない」
ララとジョックスは顔を見合わせた。数秒無言で会話をした後、ベッドに腰かけていたララが立ち上がった。
「それでは私は部屋の外に」
「俺は残る。毒には耐性があるからな」
ルフェールを睨みながら腕を組むジョックス。
「……私も、ルフェール様を残していくわけにはいきませんので」
レリアンも隣に並んだ。ジョックスが「大丈夫なのか?」と問いかけると、レリアンは「貴方と同じようなものですから」と困ったように笑った。ルフェールは何も答えなかった。
「ティーナ様、早く可愛らしい笑顔をララに見せてくださいね」
ララは優しくティーナの髪を整えてあげてからジョックスの脇を通り過ぎ、扉の前に立った。そうして部屋の中を一通り見渡し、緑色の瞳を茫然としたまま動かないベルに固定した。
「貴方も出ていった方が良いと思いますよ」
緑色の目を細めるララ。
ベルはハッと気がついて、一礼して外に出たララの後を追うようにして部屋を出た。
扉を閉めると無機質な静寂が訪れた。扉を開くと、あの焦燥と緊張の入り混じった空気が胸を焼くのだろう。世界が分断されたような気さえする。
どくん、と心臓が震えた。怒涛のような展開から切り離され、今になって状況が理解でき、焦りと緊張が遅れてやってきた。
「ティーナは大丈夫なのか?」
「分かりません」
隣のララに話しかけてみたが、ララはじっと扉を見つめたまま顔も向けなかった。
「何か、俺に出来ることがあれば……」
「何もありません。私たちはティーナ様に何もしてあげられないのです」
「……もどかしいな」
呟いて、ベルは口を閉じた。
それから一、二時間は経っただろうか。それだけ経ってもララは扉の前で姿勢よく立ったまま動こうとしなかった。ベルもティーナの様子が気になって離れることが出来ず、二人並んで扉を見つめていた。
この一、二時間で焦りと緊張は落ち着き、ベルは冷静に考えられるようになっていた。
「毒はどうやってティーナの身体に入ったんだ?」
まず気になったのはそれだった。
静寂を破ったベルにララは一瞥をくれるとすぐ扉に向き直ったが、答えてくれた。
「ティーナ様の毎日のお食事に毒が混ざっていたのですよ」
「あの食事に!?」
「即効性のある毒ではなく、また微量だったのでしょう。そのため今日になるまで具合が悪くなることはありませんでした。……今日になって、ようやく、効果が現れるだけの量になったのでしょう……」
ララの声は小さくなっていった。これ以上話す気はないということなのかもしれない。ベルは誰に聞くでもなく、ぼそりと呟いた。
「誰がそんなことを……」
ほとんど呟きのような声がララに火を点けてしまった。




