白磁の小瓶01
「んなっ!? 何て格好をしているんだ! 恥を知れ!!」
岩の牢でベルの声が反響した。
「今日はなんだか着替えたくないの。そんな日もあって良いでしょう?」
ティーナは気怠そうな声で答えた。
白いシーツのベッドの上でティーナがうつ伏せになっている。着ているものは細い手足が丸見えの白いシルクの寝巻だ。ティーナは胸に枕を抱いて足を投げ出し、寝転がっているのである。もう少しずれたら尻も見えてしまいそうだった。鍵のかかった牢の中とはいえ、無防備にもほどがある。
「怠けたことを言うな! ちゃんとした服を着ろ!」
ベルは真っ赤な顔をして怒鳴っている。
そろそろ尋問の時間かと思って来てみたらティーナが寝巻姿でごろごろしていたので、緊張感のないその態度への怒りと、女性のそんな姿を見てしまったという恥ずかしさが混ざってベルの頭の中はこんがらがっていた。
「わたくしが着替える前にベルが来たんじゃない。そんなに気になるなら目隠しになるものを入れたら良いんじゃないかしら。それとも、見に来たの?」
ティーナが挑発的な目をしてベッドに腕をつき、上体を起こした。衣擦れの音がして、寝巻がなめらかな肌の上で滑る。前のめりになるとティーナのふくよかな胸が強調され、大きく開いた襟から谷間が見えた。
ドッと、ベルの心臓が波打った。
「ままままだ着替えていない方がおかしい! はしたない! どうして君はそんな身体っ!?!? どうしてそんなに怠惰なんだっ! 今すぐ着替えろ!! 俺は君が着替えるまでここを離れる!!」
途中言い直しながらもなんとか言い切ったベルはすぐに踵を返して小走りに牢を出ていった。
「あら、つまらないわね」
ティーナは耳まで真っ赤にして逃げるように去ったベルを見送ってから寝そべった。
「あいつには姫様のその姿は刺激が強すぎたみたいっすね」
ジョックスの声にはため息が交っていた。ただ、ジョックスはベルに同情もしていた。ジョックスも思春期の時に散々遊ばれたのである。発育の良かったティーナはそれを武器にジョックスを右に左に振り回していた。おかげでジョックスはティーナの蠱惑的な態度や姿に慣れている。今でも時々ドキッとさせられるが、脱兎のごとく逃げ出すほどではない。
「ベルは可愛らしいわね」
目を閉じながら微笑むティーナ。
「着替えます?」
そのまま寝てしまいそうなティーナに問いかけると、ティーナはううんと声を出した。
「もう少し、このままで……」
ふぅ、と息を吐き、ティーナの言葉は空気に溶けた。
一方牢を飛び出したベルは熱い顔を手の甲で押さえながら階段を登っていた。ルフェールのところへ向かっているのだ。こういうことが何度もあっては困るので、ティーナの言った通り目隠しになるものを入れてもらおうと思ったのである。
三階分の階段を登り、廊下をずんずん進んでいく。今日はバラの部屋にいるとレリアンから聞いていた。バラの部屋は端の方にある。この建物にある部屋の中でも行きつくのに距離のある部屋だった。
この建物には百を超える部屋がある。それはどれもルフェールのもので、ルフェールは日替わりで部屋を使っている。部屋には花の名前の他、月の部屋や銀の部屋といったような名前もついている。しかし扉も間取りも全て同じになっているのでどの部屋がどれなのか見分けるのは苦労する。ベルは片手で数えられる程度も覚えられていない。それはどうやらセロやガーウィンも同じらしい。そのため、彼らは必ず最初にレリアンと共にルフェールを訪ねる。レリアンは部屋の名前と位置を全て把握し、ルフェールがどこにいるのかも把握しているのだ。ただ、彼もルフェールがどこにいるのか知らない状態で朝を迎えるらしく、毎日鍵のかかった扉を叩いて彼がどこにいるのか探すらしい。
ようやくバラの部屋と呼ばれている部屋の前まで来た。今日はこれで二回目だ。一回目はこの建物に来てすぐ済ませている。
いつも、扉を叩くのには緊張する。ベルはこの部屋の主が誰だか知っているのだ。
コンコン
「ベルです」
鍵が開く音がした。いつもと同じ。ルフェールはいつも、部屋に鍵をかけて閉じこもっている。
「失礼いたします」
しばらくしてから扉を開け、部屋に入った。
ルフェールがソファに座っていた。壁にかけられたランプの光をそのまま反射しているので、橙色に光っているように見える。
光を吸収することのない白い姿。もう慣れたが、初めの頃はこの姿に驚いたものだった。
「もう、彼女の尋問は終わったのかい?」
赤い瞳がベルを見る。瞳は確かな色を持って強くベルを見つめているのに、声や態度には覇気がない。不思議な気分になる。まるで、そこにあるようで何もない、幽霊に会っているかのようだ。
「……まだです。……ティーナはまだ着替えていなかったので時を改めました」
ルフェールが座っている向かいのソファの左側に立ち、ベルは言った。
「そう」
一言。ベルはこれだけで終わると思っていた。
「今日はとてもゆっくりしているようだ。食事も少量、時間をかけて食べたそうだよ」
いつもは一言だけで終わる会話が続く。ここ最近、ベルはルフェールと会話らしい会話をしていた。何事にも関心のなさそうだったルフェールが、ティーナのことになると少しだけお喋りになるのだ。
「そのようですね。レリアンから聞きました。……レリアンは、ティーナに食事を作ることを楽しみにしているようですね」
今日出会った時のレリアンを思い出す。
厨房にいたレリアンは、ララと共にうきうきした様子でティーナが食べ終わった食器を洗っていた。呆れて声をかけると、「いつも褒めてくれるんですよ! だから私も嬉しくて嬉しくて。夜はティーナ様ご要望の鴨のコンフィです~」などと言ってにこにこ笑った。ベルはこんな風に笑う男だったかと内心首を傾げた。ティーナが来る前からよく笑う男だったが、困ったように笑うだけでにこにこはしていなかった。
「そのようだね。いつも彼自身が報告してくれるよ。他にも、本がどうとか」
「みんなでデヴォンを読んでいるらしいですね。感想や意見を交換し合っているのだとか。……セロさんが持ち込んだ本ですよね?」
デヴォンというのは有名な推理小説作家である。セロがデヴォンの短編集を持ち込んだのがきっかけで、この建物内ではデヴォンブームが起きている。
セロはほぼ毎日ここへ通ってティーナに本を届け、感想を言い合う意見交換までしている。ベルも居合わせたことがある。その時の意見交換会にはセロとティーナはもちろん、レリアン、ララ、それからジョックスまでもが参加していた。
「うん。私にも勧めてくれた。私もたまに意見交換会に参加するよ」
「えっ!? ルフェール様もですか!?」
それは初耳だった。
「そう。セロに誘われてね。ほとんど皆の話を聞いているだけだけれど、退屈ではないよ」
引きこもりが珍しい、とベルは思った。




