三人目の尋問02
「セロだけじゃないわ。ウィンにだってベルにだって、その他の方にも興味はあるわ」
「気の多いひとだ」
金色の目が細められる。
「そんなことないわ。わたくしにはもう、婚約者がいるの。わたくしはその方一筋よ」
「罪なひとだ」
セロは微笑み、右手を伸ばしてティーナのこめかみから側頭部を掻き上げた。
ティーナはゆっくりと瞬きをして露わになった耳に手を伸ばした。すると何かが指先に触れた。しっとりとした感覚。無数のひだ。花であることはすぐに分かった。
「ティーナには花が似合うね」
栗色の髪に白いバラが咲いている。
大きな薄い茶色の目に、微笑むセロが映る。
「良ければその人のことを話してほしい。ティーナのことを、もっと知りたいんだ。良いだろうか?」
「良いわ。その代わり、セロのことも同じくらい聞きたいわ」
「なんなりと」
上体を起こし、セロは胸に手を当てて目を閉じ、軽く礼をしてみせた。その姿勢のまま、片目を開けてティーナの様子を伺う。ティーナはくすくす笑って話し始めた。
「お祖父様が決めたの。来年結婚するのよ。でも不満はないわ。だってとても素敵な人だもの。欲を言えばもう少しわたくしに構ってほしいのだけれど、お役目が忙しくてそうもいかないのよ」
「贅沢な男だなぁ。ティーナのことを独り占めできるのにしないなんて。私ならティーナの傍を離れないだろう。役目があっても連れて行くかもしれない」
「嘘ばっかり」
大げさに首を振ってみせたセロに、ティーナは呆れた声を出した。
「セロは自由が好きでしょう? たった一人の誰かに縛られるなんて有り得ないわ」
「私のことをよく分かっているね」
セロは目を細めた。
「そう。ティーナの言う通り、私は自由が好きだ。物語に縛られる登場人物ではなく、私は物語を作る作家でありたい。自由に考え、自由に動き、自由に過ごすのが私の理想だ。けれどその全てをなげうってでも貴方が欲しいと言ったら、ティーナはどうする?」
「どうもしないわ」
手の中で桃色のバラをくるくると回すティーナ。つい、と動いた瞳にセロが映る。
「さっきも言ったけれど、わたくしには婚約者がいるのよ。その方以外有り得ないわ。わたくしのために誰かが破滅しようとも、わたくしの知るところではないわ」
「残酷なひとだ」
セロは笑った。残酷だと言っておきながらまるで悲観しておらず、面白いものを見る目をしていた。
「ティーナは頑固だね。こうと決めたらそれを曲げない。ワガママなのもその所為かな。妥協を許さない性格だから、傍から見るとワガママに映るのかもしれない」
「さぁどうかしらね。それはわたくしには一生分からないことだわ。他人から見たわたくしの印象なんて、他人が決めることだもの。セロはどう思うの? わたくしをワガママだと思う?」
「もちろん思うよ。けれどティーナのワガママは可愛いものだ」
「あら、どうして?」
「ティーナは叶えられるワガママしか言わないからさ」
言ってセロはティーカップを持ち上げ、じっとティーナを見ながらお茶を飲んだ。ティーナはセロがカップを戻すのを待ってから口を開いた。
「……貴方本当にわたくしのことが好きね」
「おや、気づかれてしまったなぁ。そうだよ。私はティーナのことが好きだ」
セロはにっこりと笑った。セロの笑顔は心の底から人生を楽しんでいる者の見せる、屈託のないものだ。腹の内では何を考えているか分からない彼が見せる、この可愛らしい笑顔は随分と魅力的である。ティーナはため息を吐いた。
「罪なのはどっちよ。貴方はそれで何人の女の子たちを泣かせたの?」
「さぁ。数えたことがないから分からないな」
「酷いひと」
ティーナもカップを手に取り、お茶を口に含んだ。
「私は悲劇よりも喜劇が好きなんだ。涙の数より、笑顔の数を数えたいのさ」
「笑顔の数も覚えていないくせに」
「ふふふ。私は皆を笑顔にするからね。私と出会った分だけ人は笑う。笑顔はこの世の人の分だけさ」
「強欲なのね」
「人は皆強欲だよ」
カップ越しにセロを伺う。セロは相変わらず楽しそうに笑っている。
何もかもが演技のように嘘くさい。それでいて何もかもに人情味が溢れているような気もする不思議な男。嘘偽りで己を覆い隠し、相手を騙そうとしているようには見えないが、本心が透けて見えることもない。この男について考えようとすればするほど、この男の本質から離れていくような気がする。
ティーナはセロについて考えるのを止め、「そうだわ」と話を変えることにした。
「セロは物語が好きなのよね。良ければおススメの本をいくつか見繕ってくれないかしら。あのお部屋にいる時間は随分退屈なのよ」
「お安い御用だよ。私としても、私の愛するものについてティーナと語れるようになるのは願ってもないことだ。ストラトフォードは?」
ストラトフォードというのは王都で今最も有名な作家の名である。
「好きよ」
「ペテル」
「嫌いじゃないけれど」
「デヴォン」
「わくわくするわね」
「なるほど、よく分かった。君の知らない物語でティーナの好きそうな、私のおススメのものを持ってくるよ。期待して良い。私の書庫は王都でも随一だからね」
「楽しみだわ」
「私も楽しみだ」
二人は笑いながら同時にお茶を飲んだ。




