三人目の尋問01
鳶色の髪の男、キッドは茶を飲んでいる。
ティーナは若草色のドレスを着て椅子に座っている。その向かいの椅子に座り、間に小さな丸い机を置いて、キッドは足を組んでカップを傾けていた。もちろん、ティーナの分のお茶も用意されている。
「……貴方は何も聞かないの?」
ティーナはお茶を一口飲んだ。キッドはカップをくるくる回して水面を見て楽しんでいる。
「若草の君は私からの辛くてきつい尋問がお望みなのかな?」
悪戯っぽく笑って金色の目をティーナに向ける。ティーナが黙っていると、キッドは「なんて、冗談だよ」とくすくす笑ってお茶を飲んだ。
「然るべきことには然るべき人が対処すべきだ。必要なことはベルやウィンがやるさ。私はただ物語の行く先を見つめるだけ。私の役目はほとんど終わっているも同然なんだよ」
キッドは空になったカップを掲げてひとしきり底を見つめてから二杯目を注いだ。こぽこぽという音と共に、湯気が香り立つ。
「……貴方たちはわたくしを尋問して、その後はどうするの?」
「裁判官の真似事さ。有罪か無罪か決めるんだ。私たちが集めた情報を元にこの城の王は判決を出すのだけれど、王は私たちにも意見を求めるからね。私たちも判決を出さなくてはならない」
「貴方はさっき自分の役目はほとんど終わっていると言ったわ。その判決ももう決まっているの?」
「無罪だよ」
さらりと言ってキッドはお茶を飲んだ。あまりにも自然にそう返したものだから、ティーナはすぐに答えられなかった。
一口お茶を飲んでからゆっくりと口を開く。
「どうしてそう言えるの? 貴方はわたくしのことを何も知らないのに」
「若草の君が犯人ではないということを知っているからだよ。それに、私は貴方のことを知っているんだティーナ・レイラ・メレズディ」
「何を知っているの?」
ティーナはカップをソーサーに戻した。カップが空になっていることに気づいたキッドが二杯目を注ぎながら答えた。
「ティーナが考え得る全てのことさ。家族構成や交友関係、性格もろもろ何でもだよ。あまりレディのことを犬のように嗅ぎまわるのはよくないと思ったけれど、こんな状況だからね。事前にできることはさせてもらったよ。ティーナは随分ワガママなお姫様なようだ。いいね。欲が深い女性は好きだよ」
「よく言われるわ」
キッドはくすくす笑いながら足を組み替えて机に頬杖を突いた。
「可愛らしい人だと」
「よく言われるわ」
「お転婆とも」
「よく言われるわ」
「いつも変わらず幸せそうだと」
「よく言われるわ」
「乗馬が苦手で一人で馬に乗れない」
「そうなのよ」
「非力で運動能力もほとんどない」
「なくても大丈夫なの」
「誰からも愛されている」
「当然だわ」
「顔が広い」
「どこまでのことを言っているのかしら」
「思ったより頭が良い」
「誰の意見なの、それ」
「最後は私の印象だよ」
にっこり、キッドは笑った。ティーナは分かりやすく肩を落としてみせた。
「思ったより、なんて失礼ね」
「そんなつもりではなかったのだけれど、気分を害したのなら謝るよ」
「その必要はないわ。わたくしも言ってみただけだから」
キッドはにこにこ笑いながらお茶を飲む。ティーナもカップを口につけたが、あまりにもじっとキッドが見てくるものだからお茶が喉を通らなかった。
「なあに?」
思わず不満そうな声を出す。するとキッドはふふふと笑ってカップを置いた。
「楽しいなと思って。ティーナのような人と話せる機会はそうそうないからね。ベルやウィンも含め、貴族や王族はみんなつまらないことしか言わない。その場限りの社交辞令や、どこの金回りが良いとか悪いとか。そんなことを話して何が面白いのか」
キッドはわざとらしくため息を吐いて呆れた態度をとった。
「そんなに楽しい会話をしているつもりはないけれど、貴方は楽しいの?」
「楽しい。もっと腹の探り合いになるかなと思って億劫だったのだけれど、そうではなかった。ティーナは思っていたより賢くて、そして直球だ。話しやすいよ」
ぱっと表情を変えるキッド。今度はティーナがため息交じりの声を出した。
「まどろっこしいのは嫌いなの。必要とあらばそうすることもあるけれど、貴方には必要ないみたいだし。思ったより頭が良い、という意見をそのまま貴方に返すわ」
こくりとお茶を飲み下す。キッドはにこにこ笑った顔のまま頬杖を突き、身を乗り出してきた。距離が近くなり、ティーナは少しだけ身を引いた。
「そろそろ私の名前を呼んでほしいなティーナ。キッド、なんて呼ばないでくれよ」
一度開いた口が閉じ、すぐに開いた。
「セロ・バンテス・ロッカード・ジュニア。セロと呼ぶ? それとも卿と呼んだ方が良いかしら?」
「あはは! やっぱりすごいなティーナ!」
キッド……セロは大きな口を開けて笑った。
「セロ。セロと呼んでほしい。それからどうして分かったのかこの私に教えてほしいな」
「分かるわよ。鳶色の髪に金色の目。二十代前半で女性の扱いにも慣れていて、王都の貴族の社交界に顔を出せる人物なんて限られるわ。仮面を取って顔を晒しているのだからもう確実よ。わたくし、国の要人の似顔絵はしっかりチェックしているのよ」
「勉強熱心だなぁ。いやぁすごいな。ベルやウィン……ひょっとしてルフェールのことも分かる?」
「そういうことになるわね。……ルフェールのことは立場くらいしか分からないけれど」
「あはは! すごい! 私は目立っている自信があるから気づかれているだろうと思っていたが、ベルやウィンのことも分かるなんてね! まぁルフェールは分かりやすいにしても、二人のことが分かるのは相当だと思うよ」
セロは金色の目を輝かせている。ティーナは随分褒めてくれるじゃないの、と言って机に腕を置いて身を乗り出した。二人の距離が随分近くなった。
「わたくしに言わせれば二人とも分かりやすいわ。ウィンはあの髪色で剣が好きだと言っていたし、騎士団を率いていたもの。ベルは何人か当てはまる人がいたから迷ったけれど、人物像から搾れたしセロたちと一緒に出てきたから確信したわ。国を動かす貴族の一人であるロッカード公爵の御子息様に匹敵する人物でしょう? なんて分かりやすいヒントなのかしら」
「田舎貴族は王都が雲の上にあると思っているからね。私たちのことですら知らないことが多いよ。辺境では情報を集めようと思わなければ集められないから、その土地の周辺だけで完結してしまうんだ。けれどティーナは違う。そんなに私のことが気になっていたのなら、文の一つでもくれれば良かったのに。喜んで会いに行ったよ。バラを持ってね」
セロがティーナの鼻先で手を回し、桃色のバラを出す。するとティーナは相変わらず素敵ね、とそのバラを受け取った。




