縛りプレイのスタート
あの日固有スキル《負の天鎖》を使い自分の本来の力が覚醒したときから、俺の人生観は大きく変わった。
今までは苦痛に耐えるのが当たり前で、それに負けるのが嫌で意地で生きているだけの暗い人間だった。
何も楽しい事なんてなかったし、幸福なんてものがあるとは信じられなかった。
周りの人間のように上手くいかないし、生活しているだけですべてが辛い。
誰からも理解されず、ただ孤独にひたすら苦痛を耐えるだけ。
そんな絶望的な環境で罪を犯さず、真っ当に生き抜いて来た自分を褒めてやりたいくらいだ。
それがあのスキルを発動した時、永遠だった筈の苦しみから解き放たれた事で、一気に肩の力が抜けた。
視界が色づき、この世界に歓迎されているとさえ思えた。
今まで感情を失っていたのかと錯覚するほど感性が花開き、歓喜に包まれた。
身体が楽になっただけで幸せだった。
だがそれだけでは満足出来なかった。
今までの反動だろうか、欲が出て来た。
生きる喜びを知ってしまった事で、その時初めて「人生を楽しみたい」というポジティブな衝動が生まれたのだ。
それから俺は、今世における人生の方針を定めた。
どこまでも楽しむ事を優先し、自由に気の向くまま、自分のやりたいように生きる!と。
折角の異世界だ。魔法やスキル、魔物、冒険者。知らない物に溢れた世界。
たぶん、一生掛けても限りがない程の楽しみを見つけられるのではないか。
色々な国や大陸を渡り歩き、うまいものを食べて、人と接し、冒険する。
楽しいだけでなく、悲しい事もあるかも知れない。
そこで得た幸せも不幸も受け入れて、出来る限り人生を楽しんでみせよう。
ただ、自分のやりたいように生きる。たぶんこれが意外と難しい。
右も左もわからない世界。暴力や謀略に塗れていても不思議ではない。
己の行き先に立ち塞がる障害を越えていかなければ、望む事を叶えられない。もう諦める人生を送りたくないのだ。
その為に、力と知識、そして経験が必要だ。
生まれたばかりの自分には今から頑張ればいくらでも成長できるだけの可能性がある筈だ。
努力目標にはなるが、子供のうちに可能な限り鍛錬し、知識を蓄えたいところだ。
それに、今までやむを得ずとはいえ努力し耐え続けて来た自分の生涯を否定したくはなかった。
力をとるか、楽をとるか。
葛藤した結果俺は、この『鎖』と共に苦しみを再び受け入れる事に決めたのだ。
「(解析)」
そして、これが現在の俺のステータスだ。
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名前 アルフレート・ブロンベルク
種族 人族
性別 男
職業 無職
年齢:0歳
LV: 1
HP: 10(105)
MP: 8 (93)
筋力:3 (35)
魔力:2 (29)
耐久:2 (28)
敏捷:3 (30)
器用:4 (41)
運:100
【固有スキル】
《負の天鎖》
【ユニークスキル】
《解析》《生活魔法+》《成長性拡大》《言語理解》
【スキル】
直感Lv2 不屈Lv5 身体強化Lv2 感覚強化Lv3
思考加速Lv1 魔力操作Lv2 隠蔽Lv1
気配察知Lv1 受け身Lv2 自己回復Lv3
苦痛耐性Lv4 精神耐性Lv3
【称号】
転生者 *** ブロンベルク公爵家
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この3ヶ月程で、俺の肉体は目違えるほど成長した。
急成長した原因には、固有スキル《負天の鎖》に、ユニークスキル《成長性拡大》、そして称号の『転生者』が関わっている。
【 ※『転生者』…異世界から自我を保ち転生した者。取得経験値・熟練度が増加 】
この成長チートのスキル・称号に加えて、固有スキルが劇的に本人の成長を促す。
この『鎖』はとんでもない代物だ。
身体能力の制限、精神的な抑圧に加えて、免疫力や回復力の低下、魔力効率の低下、技能的な制限等目に見えない要素にまで干渉する機能がある。
現状把握している『鎖』の能力は、
・自分に巻いた場合ステータスの能力値が1割になる。
・伸ばした鎖の能力はオンオフ出来る(俺に対しては何故か無効化されない)
・オフにした場合、物体も人も透過する。
・オンにした場合物体に触れると重量に干渉して操作できる。
たぶん他にも機能はあるし、変化や強弱もつけられそうな感覚だが、今の俺ではこの状態しか扱えなようだ。
他の人間に対しては何が起こるか怖くて、今のところ能力を使った事はない。
しかしこの『鎖』の真価はなんと言っても、己の潜在能力を引き出す作用をもつところだ。
普段自分に巻かれたこれを、今ではパワーギプスだと思って装備している。
鎖によって抑圧された己の力は、抵抗し元の状態に戻ろうと反発している。
通常であれば時間経過に伴いその状態に慣れてしまい、途中から力を取り戻そうとしなくなる。
だがこの鎖の能力がその反発作用を恒常的に刺激し、力を強化しようとするエネルギーを絶えず吸収する。
その分の量を本来の肉体は必要とするのだと錯覚していき、器だけがどんどん膨れ上がる。
最終的に蓄積されたエネルギーは、肉体から鎖を放した瞬間に解放され、余さず自分の元に戻るのだ。
すると起こるのは、超回復どころではない、“超活性化”だ。
強制的に肥大化された器に対し、本来の力を越えたものを取り戻す。
これによって俺のステータスは劇的に向上した。
やっている事は生活の中で動き回ったり、スキルを出来るだけ使って魔力を消費するくらい。
そして定期的に鎖を自分から解放し、成長を促す。
その繰り返しだけで、今の自分は鎖を巻いた普段の状態でも、並の赤子以上の性能を備えるようになった。
とにかく動けるだけ動いて、筋力や敏捷を増強。
ベッドから床にダイブして、耐久値を増強。
スキルを使って魔力を枯渇させ、MPの増強。
鎖を操作する練習で意外と器用値が上がる。
一連の流れを簡易的なトレーニングだと思って毎日飽きもせずに続けた。地道ではあるが能力値の上昇という形で目に見えて効果が得られるのでモチベーションを保てている。
ずっと鎖をつけた状態はつらいが、成長した為か以前ほどではないし、さらに成長すると分かっているので思ったほど苦でもない。
いつでも外せると分かっているだけで、精神的な負担も前世とは雲泥の差だろう。
今の俺が鎖を解放すれば、その能力値は10倍。既にその辺の子供相手なら勝てる能力値だと思う。
以前俺が《解析》した、メイドのリューネのステータスがこれだ。
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名前 リューネ
種族 人族
性別 女
職業 メイド
年齢:16歳
LV: 13
HP: 224
MP: 58
筋力:72
魔力:25
耐久:51
敏捷:62
器用:75
運:19
【ユニークスキル】
《脱水》
【スキル】
水魔法Lv2 魔力操作Lv1 身体強化Lv1
聴覚強化Lv1 短剣術Lv2 家事Lv3
麻痺耐性Lv2
【称号】
干物製造機
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これを見たとき母エリザと比べて弱いな、と感じた。まあたぶん母が特殊なだけで、これが一般人のステータスなのだろうと納得したが。
*
それはある意味正しい。
が、リューネは公爵家に勤める人間。メイドとはいえそれなりに鍛えられている。
戦闘訓練を受けていない普通の一般成人は大半の者がLV5前後であり、HP,MPを除く能力値は30を超えた程度でしかないのだ。
0歳時のアルフがそれに追いつき、しかもLV1の状態でというのは驚異的では済まないだろう。
そんな事も知らずに、今年のうちにリューネの能力値に追いつきたいなーと考えているアルフだった。
そもそも魔力枯渇というのは想像を絶する程辛い状態だ。
どんな生物にも宿る魔力、それを一時的でも失う事は在るべき器官が喪失したかの様に肉体に対して変調を起こす。場合によれば死に至るので、肉体的に比較的弱い人族では特に忌避される現象である。
それをアルフがトラウマにもならずに毎日継続出来ているのは、『苦痛耐性』『精神耐性』により苦しみを受け容れる余地が大きくなっただけでなく、『不屈』スキルのお陰で本人意思に基づく行動に対して忍耐強くなっている要因が強い。
そうでなければ他のトレーニングも含め、こうも根気よく継続出来なかっただろう。
前世で忌み嫌い、死ぬまで戦い続けてきた「苦痛」を、強くなる為に今度は自ら望んで受け入れる。
“幸せに生きる為に苦しむ”という矛盾。
まだ無自覚ながらも、こうしてアルフの新しい人生は始まった。