生活魔法と+
アルフの1日で、一人になる時間は短い。
生まれてから半年が経つが、未だ歯も生え揃わぬ乳幼児。それも大貴族の子息であれば過保護にされて当然ともいえる。
人の出入りこそ少ないが、日中は常にメイドのリューネが側に控えている。
監視の目が厳しくてあまり突飛な行動には出られない。
ベッドにいる間だけは借りて来た猫のように大人しいので最近は信頼されているのか、彼女も隣に椅子を置き本を読んだり自由に過ごしている。
その分彼女が部屋から席を外した瞬間に振り回される事になるが。
少し席を外した途端、いつの間にか部屋からアルフが消えており、慌てて捜索してもかくれんぼの如く見つからない。
しばらく探し回り、彼女が泣きそうになった頃にやっとトテトテと現れ、ハイハイして来るのだ。
リューネが堪らず説教しようとすると、「あう〜?」と首を傾げて笑いかけてくる。
その愛らしい笑顔に彼女は遣る瀬なくなってしまい、無言でアルフの頭を撫でてしまうのだった。
しかしアルフが普段会えるのは、未だにリューネとエルザ、それに一部の使用人だけだ。
今居るこの屋敷は公爵邸の敷地内でも離れに建てられた別館だったらしい。
住むのはアルフとエリザ、そしてリューネのような一部の職員のみ。それ以外も別棟の寮に住む使用人くらいしか出入りしない為、数多くの部屋が無駄になり空室または倉庫と化している。
父であるマグナス公爵は日中は本館で生活し、忙しいのか直接会う機会は少ない。夜は毎日のように来ているのを知っているが、アルフの部屋には来ようとしない。
最初こそ週に一度は顔を出していたが、今では月に一度訪れればいいほうだ。
まるで隔離されているようだ。
会話の雰囲気から父に特別疎まれているわけでもなさそうなのに。
夜になると度々始まる夫婦のスポーツ。
天井越しに音を拾う度に何故だろうと不思議に思う。
兄であるらしいフリードリヒも本館にいるらしく、まだ会った事がない。
ただの赤子であるアルフにとって現状に不自由はないが、人が少ないと情報が手に入りにくい。
それが不満だった。
ここでアルフは、以前から暖めていた計画に着手した。
『鎖』をいじくりつつしばらく待つと、お手洗いなのかリューネが退出した。
コツコツコツ…
足音が聞こえなくなった。
すかさず鎖を解放!全能力が跳ね上がり、ベッドから静かに飛び降りる。
鎖でドアノブを回し廊下に出て、音を立てないように扉を閉める。
(『隠蔽』『気配遮断』)
アルフは気配を押し殺し、素早く移動して階を上る。
二本足で走る驚異的なスピードを誇る乳幼児が、そこにはいた。
やがて目的の場所に到着する。
鍵はかかっていなかった。
『鎖』で解錠することも可能だが、その場合後処理が面倒だった。
アルフはほっとする。
意を決して中に侵入すると、そこそこの広さの部屋に本棚が10個程並んでいた。
そう、書斎である。
アルフは『感覚強化』により、視覚のみを強化した。
一度首を回して全体を見渡すと、すぐさま気になる本をすばやくピックアップし、『鎖』で一冊ずつ取り出して自分の手元に積み重ねる。
今のアルフでは、薄めの本を3冊程度が限界だ。
選んだのは、「誰でも使える初めての魔法」「スキルの覚え方」「アトランティス大陸の歴史(簡易版)」である。
パラパラと内容を確認するが、難解な表現はなく今のアルフでも頑張ればなんとか読めそうだ。
アルフは本を『鎖』で抱えたまま素早く場を退出する。
そのとき『気配察知』に反応があり、廊下の突き当りから使用人が向かって来るのが分かった。
此方へ曲がる。1人だけだ。
サッ! コソコソ
すぐに行動し、気配を消したまま近くの調度品の裏に隠れる。
コッコッコッ…
見事見つからずに済んだ。安堵して息を吐き出した。
それからは誰にも会う事なく、アルフは自室に戻る事が出来た。
あとは戦利品をベッドの下に隠すだけ。
今日の掃除は終わっているので見つかる事はない。
リューネが戻ってくると何食わぬ顔で笑いかけ、頭を撫でてもらうのだった。
翌日、エリザの授乳タイムが終わり昼寝の時間。
リューネが昼食に向かったため、念願の一人の時間を迎える。
枕と布団でドアからの視覚を遮断し、アルフはコソコソと本を読み出した。念の為人が近づけばすぐに気付けるように『気配察知』を一定間隔で発動する事を心掛ける。
まずは魔法についてだ。
絵本学習で文字の習得は進んでいるが、分からない単語もいくつかある。文脈から予測出来そうなので細部はスルーする事にした。
『魔法とは、世界に満ち溢れている魔素の力を神へ祈り、奇跡を生み出す力である。
一般的には呪文を唱えながら神に願う事で、魔素が魔法へと変質し、術者の望む現象を顕現する』
神って誰だよ。曖昧すぎる…
『魔法を覚える為には、己の体内に有る魔力を感じる事が不可欠である。
魔力とは人の体に魔素が吸収された結果、各属性に変換されたものである。
魔力は体内にて、まるで血液のように心臓から伸びて循環されている。』
『次に呪文を唱えることで、体内から魔力が放出し、魔法として形成される。
より強い願いやイメージを持つほど、魔法の威力は向上する。
呪文を短縮して詠唱する事も可能だが、魔力効率は劇的に下がり、威力の弱い魔法となる為推奨されていない。』
それはアルフにとってほとんど参考にならなかった。あくまでも自分が使う分には、であるが。
アルフは既に、魔法を使った事があるのだ。
今までは魔法を見た事がない状態で使用するのは危険、と考えていたのだが、以前リューネの仕事場をこっそり覗いたときに偶々見る機会を得たのだ。
詠唱は言語が異なるのか難解だったが、最後の魔法名だけは理解出来た。彼女が明かりを灯すときに『ライト』、洗顔の際に『ウォーター』を唱えて桶に水を溜めていた。
これ幸いと、その時に見た魔法を参考にアルフは一人になったときに真似してみた。
そもそもアルフには無属性を除き魔法の適正はない。
本来ならば属性魔法を使えないが、例外として『生活魔法』ならば誰でも使える事を彼は知識として知っている。
その為誰でも使える魔法ならば見る機会も多いだろうと、こうして機会を伺っていたのだ。
結果は、何の苦もなく再現できた。しかも無詠唱で、である。
ただ思ったよりも魔力の消費が激しかった。
一度の使用でMPの過半数を持っていかれる。
それでもリューネの魔法と遜色ない効果を出せたので、アルフは満足した。
水を創造したときに浮かべた水をどうするか悩んだが、消そうと意識すれば少量の魔力消費と引き換えに簡単に水を散らす事が出来た。
気を良くして、アルフは魔力が回復しては他の魔法も思いつきで試して行った。
握りこぶし程の火を発生する『ファイア』、強風を巻き起こす『ウインド』、土を生み出す『サンドクリエイト』。
微弱の電流を発生する『エレキ』、氷を生み出す『アイス』、体を綺麗にする『クリーン』、周囲を暗闇にして視界を遮る『ダーク』。
名前は適当だ。
思ったとおりの魔法が出てくるので、アルフは魔法の万能さに歓喜したものだ。
気付けば魔力残量を忘れて遊び、その後気絶したのはご愛嬌だ。
そんな経緯があるのでアルフは魔法が呪文を唱えなくてもそれなりに使える事を知っているし、知らない神に祈る必要がない事も理解している。
だが本を読み進めるうちに一般に使われる生活魔法についてのページが現れた。
その内容を知り、アルフは今まで使っていた魔法との違いに愕然とする。
『生活魔法とは、属性を帯びる前の魔素に対して術者が少量の魔力を触媒として呪文に作用させることで属性に変換する魔法である。
自分の魔力ではない為威力が出せない。
また本人に影響されない外的な魔法の為、スキルとして覚える事はない。
知られている魔法は以下の5つである。
・イグニッション(着火):一瞬だが火を生み出す
・ブロア(弱風):そよ風を起こす
・ドロップ(水滴):一口分程の水を生み出す
・マッド(泥化):手元の土を柔らかくし、地面を均す
・ライト(灯火):小さな光を呼び出し、周囲を照らす』
『生活魔法は呪文が短く便利であるが、連続使用が出来ない上に効果は限りなく弱い。
しかし魔力消費が少ないため、日用として使用される。
また、魔力のある人間なら呪文を唱えるだけで誰でも使用することができる。
体内魔力さえ知覚出来れば子供でも使用できるため、属性魔法を覚える前の入門として広く活用されている。』
どうやら普通の生活魔法は、アルフが使っていたものより比べられないくらい弱かったらしい。しかも、種類も思ったより少ない。
そうなるとリューネが桶に水を溜めていたのは、量が多かったので水魔法だったらしい。
さすがにアルフも気づいた。
自分が使っていたのは生活魔法ではないと。
ユニークスキル《生活魔法+》。
あの取得した際に鑑定した説明文は、確かこうだった筈だ。
※【生活魔法+】… 生活を助ける魔法が使えるようになる。全ての魔法属性を扱えるが、その威力は使用者の魔力に依存し、精度はイメージと熟練度によって決まる。
文字通りであればかなり便利なスキルだが、スキルを意識しても何も起こらなかった為、アルフは何かしら使用条件があるのだろうと睨んでいた。
だがそんな事はなく、ただ使いたい魔法をイメージして魔力を放出すれば、望んだ魔法を生み出せるものだったようだ。
もはや創造魔法と呼んでも過言ではない。思った以上に万能なスキルだったようだ。
ちなみに普通の生活魔法の呪文はこの本に記載されていなかった。
探すのも面倒だったので今は気にしないことにする。
このあとアルフは、思いつく限りの魔法を試してみて、使えたものとそうでないもの、その原因を考察してみる。
こうしてアルフの日常に、寝る前に魔法の訓練をする事が追加された。




