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0歳児の一日



「あああアルフ坊っちゃまぁ、探しましたよ!!もう、元気なのはよろしいのですが、いつもどうやって部屋を抜け出しているのでしょう…?」


「あぅーっ」


アルフは今、ハイハイで屋敷の中を散策していた。

自分の部屋が2階にあるので階段を転がり落ちるわけにいかず、その階だけであるが、それでも赤子からすると信じられないくらいに広く感じる。


「エリザ様も心配していますよー、お忙しいのに慌てて戻って来られたのです。はあ、元気過ぎて困るわ。この調子で怪我でもされたらどう謝ればいいのでしょう」


そんな彼を半刻程探し回ってようやく発見したリューネが涙目になって抱え上げ、安堵と憂いから大きく溜息を吐いた。



アルフが固有スキルを使った日からおよそ3ヶ月が経過した。


今までの貧弱さが嘘のように彼の身体能力は上昇して行き、実は既に立ち歩きが出来るくらいだ。


だが母とリューネの会話の中で「フリード様は5ヶ月でハイハイ出来るように〜」という内容がチラッと聞こえたので、ギリギリ不自然じゃないように気を遣って最近やっと人前でハイハイを見せるようにしたのだ。

ちなみにフリードとは彼の兄らしい。3歳との事だ。


実際に披露したら屋敷中の人間が驚いた。

どうやらさすがに3ヶ月でハイハイを始める赤子はいなかったらしい。この様子では万が一立ち歩きしているところを見つかればひと騒動起きそうだ。


実際少し前まで身じろぎすらしない病弱な赤子と周知されていたので、突然活発になれば周囲の動揺はこの上なかった。

母エリザは最終的に「アルフは天才ね〜」と喜んでいたが。


今まで動けなかったストレスもあって、それからというものアルフは積極的にハイハイをするようになった。

終いには部屋の中だけでは満足出来なくなり、最近はよく部屋を抜け出している。


どうやって抜け出すのか…そこで役立つのが彼の持つ固有スキル《負の天鎖》である。


この鎖、物質では出来ている訳ではないが、物に触って干渉出来るらしい。

鎖の先端を操って物に巻き付けてみると、それを鎖と一緒に自在に動かすことが出来るのだ。


鎖はどうやら他の人には見えていないらしく、あたかも念動力で動かしているような気分になる。

面白くてよく物を浮かせて遊んでいるが、物が独りでに浮いているところを見られたら不味いので、周りの目には細心の注意を払っている。


とはいえ今のアルフの力だと、大したことはできない。

動作は遅く、自分に巻き付いた鎖を目一杯まで伸ばしても半径3mくらいが限界。念動といっても軽い物体しか動かせないのだ。


ともかくこのスキルを悪用してリューネのいない隙に部屋を抜け出しているのだが、鎖を使ってドアノブを回すのは中々苦労している。

力は要らないが上手い具合に鎖を巻いて引っ張らないといけないので、とてもシビアな操作性を求められる為だ。


「また抜け出されると困りますから、今日は一緒にお散歩しましょうか。天気がいいのでお庭に行きますよー!」


「あぃー!」


アルフはリューネに抱っこされた。そろそろ疲れて来たのでちょうどよかったのだ。


最近は活発に動き回る事で意外と丈夫な体なのだと認められたのか、たまに部屋の外へ連れて行ってもらえるようになった。


目も見えるようになった為、異世界の風景に興味津々だ。気になるものを見つけては這いずって移動し、直接触って物色している。


今日連れて来られたのは初めての中庭だ。


先が見えない程広く、木々や石像がバランス良く配置されている。とても美しい。

彼は居ても立っても居られなくなり、すぐに庭を動き回りたい衝動に駆られた。


リューネがテラスのベンチに座った頃を見計らって、その腕の中から素早く脱出し、地面へと飛び降りた。


「ああっ、坊ちゃま!!」


ゴロゴロゴロ。


アルフは芝生に落ちる寸前に体勢を整え、綺麗に受け身をとった。

衝撃を受け流すようにして身体を捻り、回転を利用してそのまま延々と転がり回る。


「ひぃぃ大丈夫ですか坊ちゃま!!!…っていうかそれ、前にも部屋でやりましたよね!?」


アルフ必殺ダイビングロールの披露は既に通算3回目である。


「ちょっと〜ダメです、そんな高いところから落ちたらすっごく危ないんですからねっ!なんで怪我しないのか分からないわ…。えーん、まだ転がってる〜」


リューネは必死に追いかけるが意外と転がるスピードが素早く、下手に近づいても彼を踏みかねないので、オロオロしながらついて回る。


ついにリューネがしゃがみ込んで泣き出してしまった頃には、アルフは既に転がるのを止めて無邪気に草花を観察していた。



風呂場で汚れた体を丁寧に洗われ、部屋に戻るとすぐにエリザベートがやって来た。授乳タイムである。


「はーいアルちゃん、今日もいっぱい飲みましょうね〜?」


アルフは無心で乳を飲んでいる。

目が良くなったせいで内心は死ぬほど恥ずかしがっている。エリザは相当な美人だったのだ。


淡いブロンドの髪は綺麗にまとめてあり、大きく開いた蒼く輝く瞳。身長はリューネより高いがおそらく平均的なのだろう。

スタイルは二児の母とは信じられないくらいに引き締まっている。それでいて出るところはしっかりと出ている。


黙っていると近寄りがたい冷たい印象でありながら、アルフに対しては優しい笑顔を浮かべ、天然な発言をするのでギャップがとてもかわいい。


母が美人なだけならまだよかったのだ。

アルフは以前、夜に『聴覚強化』を使った時の事を後悔していた。


どうやら自分の部屋の真上が両親の寝室だったらしい。ベッドが軋むような音が聞こえたので、反射的にそちらに耳を傾けてしまったのだ。


夫婦仲は相当にいいらしい。


こうして乳を飲んでいると、嫌でもあのときの嬌声を思い出し、母の顔を見てしまうのだ。

性欲こそないものの、前世の知識も相まってどうしても色々と想像してしまう。


達観した息子と表情にエリザは首を傾げた。



エリザ退出後しばらくして、リューネが絵本を持ってきた。

寝かせて大人しくさせる魂胆だな、とアルフは穿った目で応じた。


「勇者様がー、お城から攫われたお姫様をー…」


アルフには『言語理解』のスキルがあるが、会話は出来ても文字が読めるようになったわけではなかったようだ。

そうなるとステータスの文字は何故読めるのか、という謎が増えた。


リューネの言葉を参考に、真剣に文字を読み取ろうとする。絵本の内容はなんの面白みもなかったので、無感動に聞く。

最近はある程度文字の法則性が見えてきて、よく出てくる言葉ならなんとか読めるようになった。



就寝の時間になり、アルフが寝息を立て始めたのを確認するとリューネは部屋を後にした。


足音が完全に聞こえなくなったのを確認するとアルフは寝たふりを止めてガバッと体を起こし、そのままベッドから勢いよく床へとダイブした。


「ぶっはぁっ!」


今度は受け身を取らない。ドンッと背中から床に叩きつけられ、肺を圧迫した。


1分程痛みにプルプルと悶えてから、なんとか立ち上がり、再度ベッドの上に戻る。

自力ではまだ登れないが、『鎖』を補助のように使って体を引っ張りあげた。


数分休憩してから、また飛び落ちる行為を繰り返す。

その度に呻きを上げながら、ベッドに上がる。


1連の流れを20セット程行ったら終了。

傍目にはかなりイかれた行動だが、こうする事で「耐久性」が鍛えられるのだ。


その後はベッドの上で腕立て伏せや腹筋、スクワットなど筋トレの真似事。まともに体勢を動かせていないが、休息を挟んで何度も繰り返す。

筋肉がプルプル震えてもう動かせなくなるまで延々と続ける。


汗を拭ったアルフは満足そうに布団をかぶり直した。


仰向けに寝たまま自分に巻き付いた『鎖』を解放する。瞬時に彼の肉体が活性化し、それまでの疲労が吹き飛んだ。


満足感に浸りながら、暫く鎖をうねうねっと動かす。何度か自分に巻き直したりしながら、とにかく鎖を動かして遊び倒す。


簡単なようで、これが意外ときつい。

鎖の締付け具合によって自分に苦痛が戻ったり楽になったりと変化が激しいので、気持ち悪くなってくる。


それに鎖を動かしていると段々と疲れて来るのだ。

魔力は消費されていないので、もしかしたら何か別のエネルギーを使っているのかも知れない。


鎖を元どおりに、自分の身体へがっちりと締め直す。


アルフは最後ににスキルを発動して五感すべてを強化し、それぞれの感覚を鋭敏化させた。


暗い部屋の天井のシミ。

今日も真上の部屋から聞こえて来る男女の嬌声。

窓側に置かれた花瓶からの仄かな香り。

柔らかいベッドのフカフカとした感触。

自分の唾液の味。


スキルによって異様に強化された感覚に目眩と吐き気を覚えながら、こうして魔力を大量に消費していく。


すぐにMPがゼロになった事で意識は強制的に遮断される。

今日もアルフは気絶し、苦しそうでありながら達成感のある表情で眠りに就くのだった。




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