転生しました
今俺の視界には知らない天井が見える。
風が頰を撫でるのを感じて目を覚ますと、見知らぬ場所にいた。
視界がぼやけてよく見えない。室内にいるらしい事は分かるが目に映る全面が白く、少し眩しい。
耳鳴りがした。電波の不安定なラジオを聴いているような雑音、だが人の声だというのは理解出来る。
音源は複数あり、左右に分かれているようだ。気になって視線を脇にずらすと、側で何かが蠢いている。
自分より高い位置に影が映る。輪郭で捉える限り、人なのだろう。
何と無くだが、俺に視線が集まっている気がする。
「お…?目を覚ましたようだぞ。ふむ、フリードの時と違って大人しいものだな」
「そうですわね…逆にちょっと心配してしまいますわ。赤子は泣く事が仕事みたいなものだそうですよ。もしかして元気がないのかしら…?」
「恐らく大丈夫でしょう。昨日はよくお泣きになっておられましたし。すぐにお腹がすいて泣かれるかと」
声が聞こえる。
日本語か…?違うな。
聞き慣れない言葉の筈だが、何故か理解出来る気がする。
「まあ無事に生まれて良かった。報告を聞いた時は本当に驚いたが…とにかく今は喜ぼう。
エリー、昨日は生まれた直後なのに付き添えずに済まなかったな。私もなるべく公務の合間に見に来るつもりだが、日中はこの館へ顔を出せん。寂しい思いをさせるが、アルフを頼んだぞ」
「はい、大丈夫ですよ。貴方も頑張って下さいね」
男性らしき影は立ち上がり、退出したようだ。
しかし耳が遠いな…。いまいち内容が聴き取れない。
言語に違和感を感じる所為か、現実感が薄い。字幕付きのDVDを視聴しているような気分に捉われる。
「私もこの子のご飯を済ませたら少し休みますね。リューネ、お茶をお願いしていいかしら」
「はい、お待ちくださいませ!」
やけに体が重い。それにしても一体ここはどこだ?
体も動かせないのか。
いや、身体が動かないってヤバいなそれ。
捕らわれている?うーん、そんな雰囲気じゃないな。拘束具を付けられた感触もなさそうだし、謎だ。
さっきから自分が何故この場にいるのか考えているのだが、記憶を掘り起こそうにも思考が上手く働かない。
こんな状態では仕事にも行けないではないか。そもそも今日は平日なのか?昨日何が起こればこんな状態になるのか。
えーと、あれ?
…そういえば俺、死んだんだった。
どうなったんだっけ。確か、気味の悪い行列から逃げて…変な部屋で設定をしろと言われたんだったか。
スキルとか選んで、転生とかなんとか…。
なるほど、転生ね。
うん?するとここ、異世界か。
ふむ…とても信じられないが、あの非現実的な体験に加えて今の状態。そう考えると状況的には当てはまる。
無事に生まれたのだろうか?
薄っすらと自分の身体を見てみると、布に包まれた先でぎりぎり視界に入った手がすごく短く、人形の様に小さい。側にいる人間とはまるでスケールが違う。
やはり自分は赤子の状態みたいだ。
身体が違う事にかなり違和感があるが、本当に転生したんだな…。なんだか夢を見ているみたいだ。
でもこの苦しさ、痛みが、嫌でも現実を知らせてくる。
前世と変わらず襲いかかるこの苦痛…まさか転生しても引き継がれるのかよ。
また苦しんで生きていくのか。
転生してすぐに悲しくなってきた。
泣いてもいいですかね?
「ぎゃ、おぎゃ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
おおっと、体が勝手に泣き出していた。止める間もなく決壊していた。
さすが赤ん坊クオリティ!ちょっときついだけで堪えられなかったようだ。
「あらあら、まあ。お腹がすいたのかしらねー?今あげるから待っていてね」
女性の声が側から聞こえたと思ったら、フッと体が持ち上がった。
どうやら抱き抱えられたようだ。誰だこの人。
「はい、お飲みなさい〜」
女性は服をはだけさせ、胸を露出させた。
うおっ痴女!?じゃなかった、これたぶんあれですよね、乳を飲ませてくれるって事だよね。
おいおい、マジか羞恥プレイか。
うわぁ、顔がよく見えないので助かったが、それでもすごく気恥ずかしい。
でも飲まないとこのままの気がしたので、覚悟を決めてしゃぶりついた。
「ふふ、よかった。たっぷり飲みましたね〜、アルフは元気な子に育つわよ」
飲みました。けぷ。
味は淡白だが思ったより空腹だったのか、夢中で頂いてしまった。
性欲がないみたいで、羞恥以外は特になんとも感じずに済んだ事が救いだ。
それにしてもこの人の言葉、やはり日本語じゃないな。なんで母国語のように聞こえてくるのか不思議だ。
アルフ?俺の名前だろうか。
「ふんふ〜ん♪」
自分から見ると大きすぎる掌で、俺の頭を撫でられる。
優しい感触が眠気を誘うが、必死に抗う。もう少し情報が欲しい。
手持ち無沙汰になって改めて周囲を見渡す。
やけに部屋が広いな…。ベッドも大きいし。
最初は俺の身体が縮んだ所為でそう錯覚したのかと思ったが、それを加味しても広すぎる。
気のせいか家具の他にも調度品らしいものが並んでいる。明らかに一般人の家にある物じゃない。
こんなところに住んでいるという事は、もしや貴族ってやつなのか?
あれ、でもそういえばあの変なパネルで特殊称号ってやつを選ばないと貴族になれなかったような…
うん…!?
そういえば気を失う直前に、ランダム…ってやつ見つけたよな!
ええ、嘘だろ?選択してないよね?
…選択してるよ。思い出しちゃったよ。
はあぁ〜マジか。奴隷や呪い子になってもおかしくないコースを選んでしまっているよ。
時間がなかったとはいえ、あの時は本当にどうかしてたんだなあ。
となると、そのランダムなんとかってヤツで運良く貴族の家庭に転生出来たのだろうか。相当に運良かったな、俺。
なんだか驚かされたが、うん、結果オーライ。一気に安心した。
体が重いし、体を揺らされている所為かやたらと眠い。
色々分からない事が多いのだが、もう頭を働かせるだけでしんどい。
うう、とりあえず一度寝てから考える…か……。
「あら、寝てしまったのね。ふふ、かわいいわ〜!
…辛くても生きてね、アルフ。お願い」
*
目が覚めると、周囲は暗かった。真っ暗だ。
どうやらベッドに寝かされていて、周りには誰もいないらしい。
やはり体が動かない。それに依然としてしんどいので、何もやる気が出ない。
先程は混乱していて気付かなかったが、肺が圧迫されて呼吸にさえ碌に力が入らない。
とはいえ本当に何もしないのも暇だな。何しよう。
まずは状況把握の続きか。
先程の会話は音量の問題で断片的にしか聴き取れなかったので、名前がアルフかも知れない事しか分からない。
視力に加えて耳が聞こえないのは、果たして赤子特有のものなのだろうか。
まさか欠陥でもあるのではと不安になる。
まあいい。現状を考えていても何も分からないので、先に転生前の事を思い出してみよう。
あのときは今にして思えば、変な部屋へ移動しようとしたときからずっと極限状態だった。
思考力を奪われないようにする事だけに大半の意識を割いていた気がする。
あんな朦朧とした状態で不安要素たっぷりの初期設定とやらをさせられても、正直いって上手くいくはずがなかった。
行き当たりばったりで進めた挙げ句、後回しにしていたものに全く手を出せなかった。
ユニークスキルはいいとしてもスキルなんて一つもとらずに終わったというね…。
うーん、時間配分ミスとしか思えない。
転生はうまくいったのかも知れないが、不安だ。
自分の情報とか見れないかな?
ああ、そういえば《解析》ってスキルをとったのだった。あれは今も使えるのだろうか。
どこか…何も見えない。仕方ない、布団でいいか。
試しに使ってみよう。
「あぅあ… (解析)」
うっ…!?
いざスキルを発動しようと念じた途端、スッと身体から何かが抜けた様な感覚を覚え、脳裏にフレーバーテキストの様なイメージが浮かび上がった。
【 ※「掛け布団」:ホワイトバードの羽毛と大陸北部産のコットンが使われている 】
おおお、見れた。
発音がうまくいかなかったがそれでも出来たという事は、たぶん口に出す必要ないっぽい。これは便利だ。
あの時は実感がなかったが、これがスキルを使うという感覚か。面白いんだが…やたら疲れる。
元々しんどいのだが、今ので精神的にも一気に消耗してしまった。
んー、どうせなら他のスキルの事も知りたいところだな。
そういえば自分自身にも《解析》ってかけられるのだろうか?試してみるか。
(解析…)
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名前 アルフレート・ブロンベルク
種族 人族
性別 男
職業 無職
年齢:0歳
LV: 1
HP:1 (10)
MP:0 (5)
筋力:1 (5)
魔力:1 (5)
耐久:1 (3)
敏捷:1 (4)
器用:1 (7)
運:100
【固有スキル】
《負の天鎖》
【ユニークスキル】
《解析》《生活魔法+》《成長性拡大》《言語理解》
【スキル】
直感Lv2 不屈Lv5 身体強化Lv1
思考加速Lv1 苦痛耐性Lv3 精神耐性Lv2
【称号】
転生者 *** ブロンベルク公爵家
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ぐぅぅぅっ、ひどい脱力感が。なんだこれやばい、意識が飛びそう。
これが所謂、ステータスというやつか。
実際には脳内に情報として浮かんでいるのだが、あたかも目と鼻の先に突然半透明のボードが現れたかの様に感じる。
ゲームみたいな光景に、本当に異世界なんだなぁと感動した。
中身をみると色々気になる事が書かれている気がするが、思考がフラついてうまく認識出来ない。
いかんせん限界だ。
身体中から熱を奪われたような感覚が身を襲い、脳までも活動を停止しようとしている。
これがスキルを使った反動だとしたら笑えない。
む、なんだこの数字。全部1って。いくら赤ん坊とはいえ大丈夫なのか?
HPがゼロになったら死ぬとか、そんな気がするんだが。
え、あれ、MPがゼロじゃん…。ちょ…?
「あぅ…」
俺は気絶した。