にじゅうはち 約束
喫茶店を後にして、俺は家に帰った。
考えたいこと、考えるべきことがいろいろあったが、一先ずは家に持ち帰ることにした。
虚言癖。
妄想癖。
それらが彼女にとって、どういう立ち位置にあるのか、彼女にどういう影響を与えたのか。
彼女をどれほど苦しめたのかは、今の俺には知る由もない。
帰り道。
道行く人々、大衆、雑踏が、この時だけは気にならなかった。
不思議だ。
「お、起きてたのか」
玄関の扉を開けると、ベッドにユウはおらず、椅子に座って何か考えている様子だった。
「はい。今さっき起きました」
「もう大丈夫なのか」
「私が大丈夫でなかった時代などありません」
「いや、絶対にウソだ」
そして、時代レベルの話なのかよ。
「もちろんウソです。どんなに凄いユウへグちゃんでも、神様ではないので、大丈夫でなかった時代もあります。きゃぴ」
「……そうだよな」
大丈夫でなかった時代。
たとえば、昨夜から今朝まで。
とか。
「何ですか。思った反応と違いますね」
「そうか?」
「そうです。というか、どこ行ってたんですか。さては、何かあったんですね」
ユウは俺の目をじーっとのぞき込む。
ここで目をそらすこともできたが、俺はそうしなかった。
ユウの目を見返して。
逆に心を読んでやろうというくらい、見返した。
どれくらい経ったか、ユウが口を開く。
「風俗ですね」
「ちげーよ」
読心術なんて、やっぱり信用ならないようだった。
ユウは目を離した。
「なあ、ユウ」
「むむ、何でしょう?」
「お前、どうして奴隷でいたいんだっけ」
「私は、奴隷でいたいと考えます」という彼女の言葉。
脳裏をよぎる。
俺はまだ、その理由をちゃんと聞いていない。
「そうですねえ」
右手をアゴにあてて、ユウは考える。
俺は答えを待つ。
「私が奴隷でいたいのは、きっと、逃げてばっかりのこんな私ですけど、絶対にこの肩書からは逃げないぞって、心のどこかで決めてるから……だと、私はそう思いますよ」
逃げてばっかりの自分。
その一節の裏には、『虚言』と『妄想』という二つの単語が見え隠れしていた。
そうか。
「なるほどな」
「でも、何でですか、急に? やっぱり、何かあったことは確実なようですね」
「さあな」
「教えてくださいよ」
はてさて、何があったかな。
いろいろありすぎて、もう忘れちまったぜ。
ならば今は何とかして、この場を乗り切らねば。
「じゃあ、お前が逃げるのを止めた時に、その時に教えてやるよ。その時にはきっと、笑い話のタネにでもなってっからさ」
「ほほう、約束ってやつですね」
「そうだ」
「素敵です」
ユウへグという名前の、一人の奴隷は笑った。
本当に、心の底から、俺はその笑顔を美しいと思った。
「そうだな」
彼女の笑顔は、これだからいけねえ。
九歳にしてここまで美人なんて。
凄い女だぜ。
まったく。




