じゅうきゅう 無視
すぐに帰った。
家に戻った。
ユウへグは明らかに普通ではない態度だったし、俺の方もその様子を目の当たりにして、やや戸惑ってしまったのも、また事実だ。
だから、すぐに帰った。
散歩なんてのんきなことは一旦忘れて、今は彼女を落ち着かせることが最優先だと判断した。
小生意気な、いつも俺のことを舐め腐っていたユウへグは、家に着いて、玄関の扉を開けて、狭い部屋を横断して、ベッドに寝かせても、ずっと震えていた。
どうしちまったんだ。
「どうもしてません」
口調だけは、もういつもの通りなようだった。
それだけでも、だいぶ落ち着いた方か……。
「ウソをつけ。どうもしていないワケがないだろ」
「本当です。本当ですよ。本当。信じてください」
悪いが、信じられない。
「ほら、私の目を見て下さい。官能小説を初めて読んだ子供のような目をしているでしょう?」
「官能小説を初めて読んだ子供の目は、今のお前の百億万倍輝いている」
いや、そんなことはどうでもよくて。
彼女の肩は、未だにブルブル震えている。
何かがあったのは間違いなさそうであるし、無理をしているのも間違いなさそうであった。
怖い人。
彼女はそう言っていた。
『怖い人、いた』。
といことは、つまり、あの時に誰かを見たのだ。
誰か、たとえば、彼女のトラウマを呼び起こさせるような、誰かを……。
……では、それは誰だ?
「まあ、いい。今日はもう寝ちまえ。ずっと歩いて、疲れただろうしな」
「帰ってからやろうと思ってたことが、まだ……」
「いいから」
それ以降の彼女の言葉を、俺は聞かなかった。
俺のことを罵倒して止まない彼女に対する、初めての無視だった。
奴隷を相手にするときの、貴族じみた、無視。




