街づくり
魔境の大地から帰ってきたアレス達は、再びハインツの街づくりに集中することとした。
街の開発に着手してから2ヶ月。
魔境の大地にて手に入れた資金と魔石により、さらに人手とゴーレムを投入した事で開発は恐ろしいスピードで進んでいたのだった。
アレスはジョルジュ、そしてラムレスとともに街を見回り……その発展ぶりに目を見張った。
「驚いた。この短期間でここまで変わるとはね……」
ハインツの道は今、石畳で整えられている。また各地に水路が引かれ、現在試験的に船を運航させていた。この水路は荷物の運び入れの他、民衆達の交通の手段としても使う予定だ。
また、この水路を使って上下水道も通し、ハインツの街の全てにそれが通ったようだ。
家々は皆レンガと石造りとなり、街並みが美しく変わった。その区画整理され整えられた街並みには今、様々な店が出店し、賑わいを見せている。グランツだけでなくブルターニュ、はたまた帝都やロマリアといった他の地からも商人が集まっているようだ。大通りには露店も並び、こちらも大きな賑わいを見せている。
街の中央部、大広場も整えられ、その中央には噴水が設置されていた。そこで多くの子供達が遊ぶ姿が見られる。
「数ヶ月前のハインツとはまるで別物です……夢のようです……」
共に巡視に回っているラムレスも呆然として呟く。
初めは戸惑っていたハインツの民衆であったが徐々にその生活に慣れ始めたようだ。面白いもので、生活が変わると少しずつ彼らの荒い、粗野な所も改善されているように思える。
「文化的な生活をすれば、民の意識が変わります。一年もすれば帝都やロマリアにも負けない文化水準になっている事でしょう」
ジョルジュはそう説明する。
「新しい街並みは市民からも好評なようです。ハインツの規模でしたら一年もあれば全ての工事が片付くでしょう」
そんなジョルジュにアレスは質問をする。
「ジョルジュ、あの建物はなんだい?」
「あぁ、あれは公衆便所ですな。ここの民は用を足す際、その辺でしますからな。そうならないよう教育をしようと設置しました。ハインツの至る所に備えています」
ジョルジュが設置したのは水路を利用した水洗トイレである。常に水が流れており、下水として処理されている。また下水は一箇所に集められ、そこで水の精霊の力を借りて綺麗にし、再び水路に流すようにしている。
グランツだけでなく、他の地でも用を足す際は、その辺りでする習慣があった。しかし、不衛生な街では深刻な病気が発生する。そのため帝都をはじめ大都市ではこのような公衆便所を設置し、病気の予防を行っていた。
多くの厠は汲み取り式であった。しかし、今回この厠は水洗式。常に衛生状態が保てるものであった。
「上下水の設備、そして厠の設置は急務でした。農村なら人糞は肥料として使えますが、都市では病気の温床になります。衛生面は病気の発生率と比例しますからな。」
「しかしまぁよく考えたものだね……この設備を」
「以前、土木に詳しい友人の論文から引用させてもらいました。勿論彼自身にも助言をもらいましたが」
そう言うとジョルジュは小さな笑みを見せた。
「もうすぐその者もハインツに来る予定です。いずれ彼を中心にさらに街を発展させましょう」
◆
少し郊外に出た時。アレスは湯気が出ている建物に気付く。
「あれは何だい?」
アレスの疑問にジョルジュは答える。
「温泉ですな」
「なっ!!温泉!?」
その一言にアレスのテンションが上がる。
「どう言う事だい!?詳しく説明してもらおうか」
「この地にいくつか温泉が噴き出ているところがありまして。それを利用して浴場を作りました」
「なんだよ〜温泉なんて早くいいなよ〜」
アレスの態度の変わりようにラムレスは驚く。
「あの……ジョルジュ殿。温泉とは……」
「あぁ、グランツではあまり湯船に浸かる習慣がありませんからなぁ」
そう言うとジョルジュはラムレスに説明をした。
「とは言っても帝都でも多くの者は郊外の川で沐浴、もしくは湯で身体を拭く程度ですからなぁ」
「あの幸せを知らないんだから、悲しいものだよ……ところでジョルジュ。ここはもう……」
「……おそらく入れるかと」
「よし、入ろう」
ジョルジュの言葉に即答すると、アレスは腰に下げていた袋から手拭いを取り出す。
「じゃ、そーゆー事で!」
アレスは口笛を吹きながら建物の中に入る。ラムレスはその姿を見ながらジョルジュにそっと問いかけた。
「ジョルジュ殿……閣下はなぜにあぁもご機嫌に……」
「主の風呂好きは異常ですな。特に温泉となると……ロマリアでもあぁでした。シュバルツァー領で公衆浴場、および温泉を広めたのはあの方ですよ」
そう言うとジョルジュは小さく笑った。
「では……我らも主の後を追いましょうか?」
そう言って二人は建物の中に入っていくのだった。
◆
ジョルジュとラムレスが建物に入ると、二つの入り口があるのに気付く。
片方には
「男用」
もう片方には
「女用」
と書いてある。
「混浴にすると馬鹿な男もおりますからな。治安の事を考えると分かつべきかと」
ジョルジュはそう言うと男用の入り口に入っていく。慌ててラムレスも後を追った。
部屋の中は広い。しかし床は板張りであり居心地が良い。
その部屋の奥に扉があり……ジョルジュはその扉を開いた。
沢山の湯気が部屋の奥から吹き抜ける。そして目を凝らして見てみると……そこには大きな浴槽に幸せそうに浸かっているアレスの姿があるのだった。
「湯加減はいかがですか?」
「サイコーだね」
アレスは蕩けるような言葉で返事をした。
それを聞き、頷くとジョルジュはラムレスに説明をする。
「私もロマリアに来るまで湯に浸かるという経験はありませんでした。湯浴みなど貴族のものだと。しかし……アレス様は大衆浴場というものを各地に作り、あっという間にシュバルツァー領に入浴の文化を広めていきました……」
「では、これは閣下が発案なのですか?」
驚くラムレスにアレスは答える。
「まぁ、そうだね〜」
「入浴の文化が定着して気付いたのは、身体を衛生的にする事は健康に繋がるということ。また日々の疲れを癒す事で翌日の働きにも影響があることです」
ジョルジュがアレスに次いで言葉を続けた。
「大衆浴場……ロマリアでは豊富な水と多くの水の精霊がいたので作ることが可能でした。この地においても水は豊富、精霊とも協力関係にありますが……それ以上に火山が近くにあるためか温泉が湧き出ているのです。これを使わないてはありません」
「確かに……郊外に出ればこのような場所はあると思います」
ラムレスの言葉にジョルジュは頷く。
「温泉は普通の湯とは異なり、様々な効能があります。それゆえに街の中の公衆浴場は水を沸かしますが、郊外はこのまま温泉を使おうと思います。ゆくゆくはこのような場所を民の憩いの場として提供できれば、と」
こうして、ハインツにおける公衆浴場は着々と増えていくことになるのであった。
◆
湯船に入りさっぱりしたアレス。
「そういや、疑問があったんだけどさ」
とジョルジュに質問をする。
「家の数が相当な数になって……そしてまだまだ作ってるでしょ?あんなに作って大丈夫かい?」
「今、帝都をはじめ各地から多くの者たちがこのグランツに集まろうとしていると情報がありました。そうなれば家が足りません。何度も申し上げますが、私はハインツをロマリアに匹敵する街にしたいと考えております」
◆
果たして、この日よりわずか数年後。ハインツの人口は数倍に膨れ上がり、アルカディア大陸有数の都市に変わっていく。まさにジョルジュの言のような発展をとげていくのである。




