冒険者ギルド
温泉からの帰り道のこと。
アレス達は石畳で整えられたハインツの大通りを歩いていた。
途中途中、露天に立ち寄りながら、その食べ物の味をアレスは確かめていく。
「ふむ……以前に比べればだいぶ上がったけど……正直まだまだ美味いとは言えないな……」
「商人が流れているので使う食材が良くなったからだとは思いますが……作り手の意識の問題でしょうな」
「ある程度落ち着いたらハドラーのレシピをロマリアのように解放しようと思ってるけど……」
そうアレスは呟き、そして視線を目の前の新しい建物に向けた。どうやら開店間近のようで、中では大忙しに準備をしている店員の姿が見られた。
「ま、あそこに何店舗かロマリアから飲食店の支店が出る予定だから……それで変わってくると思うけどね」
ロマリアにいた時と同様、アレスはグランツでも食文化を大切にするつもりだ。
グランツ到着後、一番初めに彼が行った事。それはハインツの出店の味を確かめる事であった。そして……アレスはその味に衝撃を受ける。
「これはちょっとひどいね……なんとかしなくちゃ」
傷んだ食材やぬるい飲み物。パンは固い黒パンでパサパサしている。調理法もかなりいい加減だ。
グランツでは
「食べられればそれで良い」
という風潮がある。
しかしアレスは言う。
「生物が生きていく上で最も必要になるのは水と食事だ。日々の活力はそこから生まれる。その一番大切な部分をおざなりにして、文化の発展はない」
幸いなことに、ロマリアの食文化を作ったハドラーは今、シオンやジョルジュ達と共にアレスを追ってハインツに移住している。
また商人が入るようになり、食材に変化が生まれた。
これを機に食文化をも変容させよう……アレスはそう固く決意していた。
「ここグランツでは食事の文化が低い……ある意味、こちらで新しく作ることができるのは良いことだろう」
「ロマリアの飲食店から支店をだそう。補助金はこちらから出す。その食事を取れば、料理とは何なのか気付く人が増えるはずだ」
「露天や店の者達にも計画的に研修を施そう。この予算もこちらでだす。場合によっては免許状も作ろう。飲食店のレベルが上がれば、ほとんどの者は毎日食べたいと思うはずだ。店は繁盛するので他の店も切磋琢磨するだろう。またそれを手軽に食べれないかと試行錯誤して、自然と家庭の味も変わってくるはずだ」
この数週間後。大通りに飲食店が多数並ぶこととなる。そしてアレスの思惑通り、店は大繁盛。ハインツ、およびグランツの民衆はここで初めて「料理の素晴らしさ」に触れる事になるのである。
それをきっかけに、以前からあった店や露天も研究を始め、また各民衆達も競って『料理』『食事』というものに対して目を向け始めたのだ。
ここから数年後……ハインツは美食家にとって憧れの街に変貌していく……
◆
露天を廻っていたアレスはある建物の前で足を止めた。
「おや?この建物は……」
そこは他の家々よりもはるかに大きな建物であった。赤レンガの屋根が太陽の光に照らされ、輝いている。
「あぁ、ここは冒険者ギルドですよ」
ジョルジュの言葉に、横にいたラムレスが代わりにアレスに説明した。
「グランツにはいくつかの冒険者ギルドが存在します。それだけこの地は彼らの活躍の場がある、ということです。ハインツのギルドはその元締めのようなものです」
「なるほど……確かに街を出れば魔獣も多かったしね……」
魔境の大地制圧以前のグランツは、街を出れば魔獣がうようよいる、まさに呪われた大地であった。
今、魔境の大地が制圧され、知能が高い魔人や魔獣達は皆、大人しくしている。
しかし知能の低い魔獣や元々群れない魔獣などは未だグランツ領内にはたくさんいた。
第一軍……すなわち『破軍』が警戒に当たってるがそれでも追いつかない。
「また、ここハインツでは彼らの様な荒くれ者達も受け入れやすいですから……居心地が良いのでしょう。大陸全土から冒険者が集まる傾向にあります。ゆえにハインツのギルドは大国の都ほどの大きさがあります」
「確かに……ここの民なら彼らの様な者たちでも恐れることはないか……」
そう言って笑うと
「……うん、魔獣対策のためギルドを使うのも必要だね……」
アレスはそういうと、フラっとギルドの扉を開け、中に入っていくのであった。
◆
冒険者ギルドとは冒険者に仕事を斡旋する場所である。
そして冒険者とは、依頼主の依頼をこなし報酬を貰うのを仕事としている者だ。護衛から探索、討伐と幅広い分野で依頼を受ける。
ランクが、E〜SSまであり、冒険者ギルドで管理されていた。
その中の8割はE〜Cランク。そして残りの2割のうちのほとんどがB〜Aランクだ。SやSSクラスはほぼ少数。彼らほどになると上位龍種も相手にできるほどの腕前であり、各国家からの覚えもよく、将軍に推挙されたものもいる。
しかし稼業がらか、あまりガラが良くなく、チンピラまがいの者も多い印象である。
アレスが扉を開けるとそこは少し薄暗い、大広間であった。
正面に大きな受付があり、数名の女性が対応している。
周りを見渡すと受付で話をしている者、テーブルを陣取り酒を煽りながら大声で話している者、こちらの様子を伺う者……
冒険者ということもあり、どの戦士達も屈強な体つきだ。ただ、そうでない者もいる。その者は恐らく魔法を得意としているのだろう。人族、亜人、耳長族、ドワーフ……また、中には女性もおり、その顔ぶれは多種多様だ。
まだ若いアレスを見て鼻を鳴らす者、明らかに敵意を持つ者、そして興味深そうに眺める者……その反応も様々であった。
そんな入り口で様子を伺うアレスに正面の女性が気付き、声をかけた。
「いらっしゃいませ。ようこそハインツの冒険者ギルドへ!!」
そう言うとその女性は満面の笑みを見せる。
「冒険者の方ですか?それとも登録をされる方ですか?」
「いや、ごめん。別に登録をするわけでも冒険者なわけでもないんだ。ちょっと覗いてみようと思って……」
そのアレスの言葉に周りから失笑がもれた。
「はっ、冷やかしかよ」
「とっとと家でママのおっぱいでも飲みな」
「モヤシがこんなところに来てんじゃねぇよ」
しかしアレスはそんな野次馬には関わらず、依頼を眺めている。
「なるほど……ここに依頼すればさらに効率のよく、はぐれ魔獣などを討伐できるかな?」
「あ、依頼主の方ですね?承知しました。では向こうのカウンターに……」
その時、受付嬢の説明を遮るように、後ろから大柄のスキンヘッドの男がアレスの肩を掴んだ。
だいぶ酔っているらしく、足取りもおぼつかない様子だ。
「へぇ。坊ちゃん、依頼をするのかい?金がたんまり出るならこの俺様が頼まれても良いぜ?」
その様子を見て周りで見ていた者達はそれぞれ異なる表情を見せる。
あるものは同情した顔を。あるものは面白そうな顔を。
だが、思いは一緒だ。
「あの坊主、哀れだな。『ハンマーヘッド』ガロンに絡まれたよ」
と。
この男、悪名高い男である。ランクはCランク。それなりに腕は立つ。しかし……酒場で暴れたり暴行事件を起こしたり……はては村での略奪行為など褒められたものではない。酒を飲んだ彼には誰も近寄らないほどだ。
しかしアレスは横目でその姿を一瞥すると静かに口を開いた。
「僕が依頼をする内容は貴方では難しい。出直してくれないか?」
誰もが予想できない一言。一瞬の静寂の後、ガロンは激高した。
「きっ、貴様ぁ!!この俺様が優しく言ってやってるのに調子に乗りやがってぇ!」
そう言って拳を振り上げる。
その瞬間だった。
アレスが殺気を解放したのは。
圧倒的強者の気配。
僅かでも戦闘の経験があるものだったら感じるはずだ。死へつながるその気配を。まるで古代龍と言った最強の生物と対面した時のような錯覚を。
その争いに驚き止めようとしていた受付嬢は周りの様子を見てキョトンとした。
「あれ?皆さん……急に動きが止まって……」
驚いた事だろう。その場にいた荒くれ者達が一斉に動きを止めたのだ。
冒険者達は皆青ざめた顔をしている。中には腰を抜かしているものすらいるほどだ。アレスに絡んだ『ハンマーヘッド』ガロンに至っては……全身で殺気を浴び、白目を向いて卒倒していた。
表情を変えていないのはアレスの横にいるジョルジュとラムレスの二人のみだ。
「やれやれ。この程度で気を失うなんてね。これじゃあ城兵の方がよっぽど役に立つよ……冒険者のレベルも下がったものだ」
アレスがそう呟いた時だった。
「おい、いったい何事だ!!」
奥の方から、明らかにカタギでない向こう傷の大男が現れたのは。
◆
「やぁ、ご無沙汰ですね、ドミニク殿」
大男の言葉に答えたのはラムレスだ。
「…………ん?ラムレス殿?という事は今のはダリウス卿か……?」
ドミニクと呼ばれた男はそう呟きながらこちらにやってくる。
大柄の体にはあの向こう傷。明らかにカタギではない容姿をしている。
「いえ、今日は愚弟はいません。その代わり大切な客人がおります」
そういうとラムレスは視線をアレスに向けた。ドミニクもあわせてそちらに目を向ける。そしてその姿を確認し、一瞬だけ驚いた顔を見せた。
「できれば……お人払いをしていただけるとありがたいのですが?」
ドミニクは視線をアレスに移す。
「分かりました。では、私の部屋で話をしましょう」
そう言うと、アレス達はドミニク自らの案内で個室に移ることになるのであった。
◆
ドミニクがアレス達を通したのは冒険者ギルドの中にある彼の個室だ。
小さな部屋ながら豪奢な作りをしている。入り口にあるサーベルタイガーの剥製が印象的だ。
扉を閉めるなり、彼は丁寧に膝をついた。
「領主であるアレス殿に御目通りが叶い恐悦至極です」
ラムレスが従っている事。そしてダリウスに匹敵する殺気。それだけで充分であった。
ドミニクはその正体をすぐさま察し、大慌てでこの部屋に連れてきたのだ。
「顔を上げてください。貴方は別に私の臣下ではない」
そう言ってアレスはドミニクを立たせる。
恐縮しながらドミニクは立ち上がった。
「それよりも……お願いがあるのですが……」
そしてアレスはドミニクに本題を切り出すのであった。
◆
「魔獣討伐に冒険者を……??」
「えぇ。今第一軍で討伐を進めていますがもっと大規模に行いたいのです」
そう言うと、アレスは出された紅茶のカップに口をつけた。
「特に、郊外にいくつかある魔獣の巣窟……ダンジョンなんかに行ってもらえるとありがたいのですが……」
グランツ郊外には洞窟や遺跡といったダンジョンと呼ばれる
「なるほど、それは有難い。ダンジョンなどはグランツ領の管轄のためおいそれといけませんからな。解放していただけるなら人も集まる事でしょう」
そう言うとドミニクはカカと笑った。
そうやって笑みを絶やさず……彼はアレスという男を観察している。
ドミニクがギルドマスターになったのはもう10年以上前だ。その前は彼もまた冒険者として活躍している。今は殆ど知る者が少ないが、S級冒険者の『大剣のドミニク』と言えば冒険者では知らぬ者がいないほどであった。
冒険者の時の経験、そしてギルドマスターとして多くの人間を見ているドミニクをして……この目の前の男は計り知れない恐ろしさをもっている。
(ダリウス卿も相当ヤバい相手だったが……こちらの御仁はもっとマズイ。絶対敵に回してはいけない方だ)
「では、そういう契約でお願いします。後ほど使いが何件か依頼をだしますので……」
アレスの言葉にドミニクは現実に帰る。
「……承知しました」
アレスはドミニクの返事に満足して頷くと思い出したように付け足す。
「あ、そういえばドミニク殿」
「なんでしょう?」
次は一体何を言い出すことやら…………ドミニクが構えると……
「僕も冒険者登録できますか?」
「ダメです」
答えはドミニクではなく、アレスの斜め後ろから返ってきた。
「えーーっ!なんで?」
「主はやる事が沢山あります」
「ケチーーーーーーー」
「ケチではありません。現実問題です」
アレスとともにいる仏頂面の男は淡々と言葉でアレスを追い詰めていく。
その様子を見て驚くドミニク。
そんなドミニクに声をかけたのは、ラムレスであった。
「驚きましたか?今度の領主殿に」
「……驚きました」
「でもきっと彼はこのグランツを変える事でしょう。お互い手を取り合いより良い道を進もうではありませんか?」
ラムレスの言葉を聞き……ドミニクは笑う。しかし確信するのだ。確実にこの街はこの男で変わると言うことを。
そして思う。
(この男は火だ。なにもかも飲み込み、そして燃やしていく。ならば……冒険者ギルドも彼についていくのが吉だ)
と。




