表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/84

5.闇夜の監視

 ラスケット湖のほとりに、《キングクラブ》のヌシが住み着いた――。

 その影響と被害は甚大な物であり、まず湖での漁業が主となる町の収入は激減した。

 次に、畑で作られる野菜やにも限界があり、山で獲れる肉類も町の食事を賄えるほどの量は獲れない。油などの日用品も含め、全ての価格が高騰しつつあると言う。

 この町にも自警団のような、モンスターに対抗できる者はいるものの、我慢できぬと単身乗り込んだその者たちは、圧倒的な物量を前に、文字通り・()()()()()()()()されてしまったようだ。


「多勢に無勢、って言葉を知らねェのか――」

「シェイラ、“戦える”と言う事は、時にこのような“勘違い”を引き起こす。

 無謀は勇敢でも何でもない。無理だと判断すれば、即座に退くこと――

 これが、戦いにおいて最も大事な“選択”なのだ」

「う、うん……」

「――まぁ、彼らも町を想ったゆえの行動であるだろうし、

 それを反面教師に使うのは、少しばかり申し訳ないが……」

「ひゃっひゃっ! 別に構わんよぉ。考えなしに突っ込み、くたばった奴が悪いのさ。

 未来への教訓にしてくれるなら、アイツらも浮かばれるってもんだ――」


 この老婆の名は〔マッシャ―〕と言い、浅黒く年相応にシミが目立つ肌をしているが、昔は相当の美貌を備えていたのが(うかが)える。

 名は体を表す……との言葉のように、その鋭い拳骨は硬くまるで芋潰しのそれのようでもあった。



 そのマッシャ―婆さんが手配してくれた、ラスケットの町の宿に停泊する事になった三人であるが、今回の任務について頭を悩ませていた。


「しっかし、困ったもんだな……」


 カートは、煤けた床の上で腕を組み、難しい顔をしながら呟いた。

 目の前には今回の任務の依頼書が置かれ、中判金貨三枚と記されている。

 今回の依頼にあたって、任務を一つ追加するべきか否かの会議中だった。


「俺は、今回の《キングクラブ》のヌシ討伐は反対だね。

 “作物泥棒の調査”は受けるが、モンスター討伐は依頼に含まれてねェ」

「どうしてっ! 町の人のためにも、ここは助けてあげるべきだよっ!」

「馬鹿も休み休み言え。俺たちはまだ、“訓練生”の身だぞ?

 レオノーラは“調査”であるから任務を受け、俺たちに与えたんだ。

 それを越え、ついでに“討伐”もしろと言うのは、契約違反にあたるんだよ。

 しかも、こんなシケた町じゃ、報酬も期待できそうにねェし――」


 ベルグは無条件に。シェイラは、任務の先にそれがあるなら受けるべきだ、と象徴していた。

 カートは反対の意志を示しているものの、頭ごなしには反対していない。

 そこに相応の報酬があればやっても良い、と言うのが彼の考えである。

 冒険者はその報酬のために命をかけて、危険な任務を請け負う――依頼と報酬は、切っても切れない関係なのだ。 これに関しては、賛成派の二人も納得していた。


 三者三様の、性格の違いによる意見の相違――。

 パーティーである以上、“討伐”に賛成であるベルグとシェイラだけで、事を進めるわけにもいかない。反対意見を出すカートを納得させには、相応の理由……報酬が必要となるのであった。

 しかしながら、ベルグも手放しに“任務”を受けるわけではない。

 クリアせねばならない問題が他にもあり、少し難しい顔を浮かべながら口を開いた。


「今回の一件――もしかすれば、水位が上昇した事と関係しているかもしれん。

 この所の“自然災害”が原因だとすると、国の案件にもなりかねないな……。

 それに“討伐”を行うのであれば、アンクルガード付きのグリーブも必要になろう……」

「それって。あの木の実の……?」

「それはオリーブだバカ。お前が今着けてる脛当ての金属版だ」

「し、知ってたけど、ちょ、ちょっとだけふざけてみただけなんだから!

 ……で、そのグリ……って防具は、ないの?」

「町のモンから借りるにしても、サイズも強度・ガード付きのもねェだろうよ。

 ……ってことで、この話は終わりだ。夜に備えて休む事にしようぜ。

 下手すると、夜通し見張らなきゃならねェからな――」


 カートは言い終わる前に大欠伸(おおあくび)をし、ベッドの中に潜り込んでいるた。

 目の前で困っている人がいるのに、それに手を差し伸べられない――シェイラは歯がゆさを感じ、小さく唇を噛んだ。


「シェイラも眠っておけ。俺はマッシャ―婆さんから話を聞いて来る」

「う、うん……」

「それと、トイレはちゃんと行くようにな?」

「お、大きなお世話よッ!」


 顔を真っ赤にして起こるシェイラを背に、ベルグはワフワフと笑いながら部屋を後にした。

 幼い頃、おねしょばかりしていたシェイラは、ベルグから“おねシェイラ”と呼ばれていたのだ。


 ・

 ・

 ・


 それから数時間後――。

 パラパラと屋根をうつ音が部屋に響き、それが次第にザアザアとした音に変わっている。

 窓をを打つ雨粒が水膜を作り、明るさを失った外の世界をぼやかしていた。

 その雨音に、微睡(まどろみ)から這い出たシェイラは、懐かしい感触に頭を預けた。


(あ、まだ夢の中か――)


 幼き頃、ベルグと共にベッドで眠り、大きなぬいぐるみのように抱きしめて眠った夢を見た。

 フワフワと柔らかかったそれも、今ではゴワゴワではあるが、その毛むくじゃらの枕が温かくて心地よい――。

 ゆっくりと上下する胸元に顔を埋めていると、思い出のままの温もりにと獣の匂いに、ふいに涙が出そうになってしまう。


(……あれ? じゃあ、今は……?)


 そこで初めて、現実の自分は大人では? と思い出した。

 どうしてここにそれがあるのか……目を開いたシェイラは、半身を起こしそれを確認する。

 真っ暗でよく分からないが、犬の湿った鼻先からすぅすぅと寝息をたてる者が、同じベッドの中に居た。

 空はごうごうと()()()をあげ、雷が近そうだ――とシェイラは思った。


「――な、ななっ、な、何でスリーラインが居るのよッ!?」

「む、むぅぅ……まだ眠い……もうちょっと……」

「『むぅぅー』じゃないの! おっ、起きなさいってばっ!?」


 寝起きがあまり良くない“弟”の口を掴み、ゆさゆさと揺さぶっていると、反対側のベッドからカートも()()()と身を起こした。

 部屋の燭台に火を灯すと、橙の明かりがベッドの中で一悶着起こしている、犬と女を照らしだした。


「……なーにやってんだ、お前ら」

「す、スリーラインが私のベッドの中にっ……」

「ふぁ、あぁぁ……他にベッドがなくてな。俺は特に気にしていないが……」

「私が気にするのっ!? いい? 女の子のベッドの中に勝手に入っちゃダメなのっ!」

「うん、知ってる――」


 流石のベルグでも、見知らぬ女のベッドには入らない。

 そこで眠っているのが“姉”・シェイラだから、“弟”は昔のようにベッドに入った。

 それに、“姉”自身も昔を思い出したのか、無意識に“弟”に抱きついて眠っていたのだ。

 当時の懐かしさに加え、大きくなっても“姉”を頼ってくれた事が、どこか嬉しくなった。

 ――そのせいか、以後ベッドに入ってくる事は禁止せず、『ベッドに入る時は、まず一声かける』と言う方向で話がまとまったようだ。


「《ワーウルフ》に常識がないのか、シェイラがアホなのか……。

 ――で、犬っころ、そこにある書類はなんだ?」

「む? ああ、今回の窃盗事件で盗られた野菜と、その方法についてだ」


 カートは、ベッド脇のチェストテーブルにあった紙の束をベルグから受け取った。

 寝起きの目をシパシパとさせながら、それをパラパラとめくってゆくと――。


「『三日に一度。毎回、野菜二つとカボチャ一つ』、『夜中から未明にかけて現れる』、か」

「勘が良い奴のようでな。待ち伏せや見張りをしている時は来ないようだ」

「『出来の悪い物を盗っている可能性アリ』……ここまで調べてんなら、俺らいらねェだろ」

「――残されていた足跡が、人のそれではないようなのだ」

「となると、モンスターか?」


 それを聞いたシェイラは、ビクッと身体を震わせた。

 もし仮にモンスターであれば、その場で戦闘になる可能性もあったからである。

 しかし、それと同時に『もしモンスターであれば、どうして町を襲わず、僅かな野菜を持ってゆくのか?』との新たに疑問が、皆の中に生まれていた。


「うむ、大体の予想はついているが、モンスターである可能性が高いだろう。

 しかし、これらがやって来た時期が《キングクラブ》が来た頃……。

 これに何か因果関係がありそうだ、と踏んでいる」

「ま、それを調べんのが、今回の俺たちに仕事だ――そろそろ見張りに行くとするか」


 カートは鞄から黒に近い深紫のストールを取り出し、慣れた手つきでスルスルと顔に巻き付け始め顔の下半分を隠した。

 ベルグは、マッシャ―婆さんから貰った、張り込みに必要になる食糧と飲み物、そして“天秤”を持ち、シェイラは手にした槍をぐっと今一度握り直している。



 ざあざあと大粒の雨粒が落ちる中、三人は畑が見える軒下を目指した。

 偵察や見張り、潜伏などにおいては、雨に濡れる事も(いと)わないといけない。

 だが、そう言った状態に慣れていないシェイラは、身体に張り付く服、水が染み込んだ()()()()の靴が気になって仕方がない様子であった。


(うぅ……ぐちゅぐちゅ言って気持ち悪い……)


 外に出てすぐに水たまりを踏んだため、靴を水浸しにしてしまったのだ。

 ベルグは裸同然であるし、カートは元から慣れている――シェイラに関しては、このような訓練も受けていないため、濡れた服から下着にまで侵食してきたそれらに、ただ不快感しか感じていない。

 それどころか、尻や腹が冷え、胃の痛さまで感じてしまっている。


「うぅぅ……」

「む、冷えたか?」

「う、うん……」


 腹を押さえている姿に、ベルグは心配そうな表情を浮かべながら尋ねた。

 暑さと荷物になると思っていたため、上に羽織る物を置いて来てしまっていた。


(やっぱり、荷物になっても後悔するより良いよね……)


 備えあれば憂いなし――と、シェイラは痛感した。

 “弟”に心配させないようにしているのだが、吹く風が濡れた身体の体温を奪ってゆく……。

 一度、寒さで震えた身体は抑えられず、その柔らかい肌と肉を揺らし続けてしまう。

 早く終わらせたい……と思っていた矢先、急に背中を扇ぐ風が止み、その背に温かい何かを感じ始めていた。


「す、スリーライン!?」

「これで多少はマシであろう――?」


 背後からシェイラを抱きしめるように、ベルグが身体を密着させていたのである。

 その獣の毛も濡れてはいるものの、人肌ならぬ獣肌の優しい体温で、そこがじんわり温かくなってゆく。

 獣の腕は右肩から左肩に回され、まるで毛皮のマントをまとったかのようであった。

 ベルグの(たくま)しく太い腕に、“弟”ではなく一人の“男”の腕と思ってしまい、シェイラの体温は内側から少し上昇してしまっていた。

 背から内から温かく感じると、今度はシェイラの胸元からも、何か温かい物を感じる。


(あ、あれ……この宝石……)


 人肌で温められていたからではなく、その石が熱を持っていたのだ。

 何の石か? と不思議にも思ったが、石からも内なる熱を発するそれを両手で包み、冷えた腹のヘソの部分に当て、冷えた胃の痛みを落ち着かせてゆく。

 ――その時、真っ暗な闇の中でうごめく“何か”をカートが察知した。


「おい、何か来たようだぞ――」


 カートが指を指すが、シェイラには何も見えていない。

 目をこらしてようやく『何かが動いているかも?』と思う程度である。

 だが、夜目が効くベルグの獣の目にはとんでもない物が見えていた。


「あれは……我々の探しているモノではない。これはマズいかもしれん……」

「何だ?」

「カニだ。《キングクラブ》の手下か――四十センチほどのが四、五匹いる」

「な、何だとッ……もう町まで下って来たってのか!……」

「斥候……いや、単に腹が減ったから来ただけ、かもしれん。

 ハサミで畑の土を掘り起こし、土ごとジャガイモらを食っている」

「は、畑やられたらダメだよ! 町の人の食べる物なくなっちゃうじゃない!」


 シェイラは、内からふつふつと湧きあがる何かを感じた。

 何の抵抗も出来ないまま、()()じっと耐えるしかないのか――と。


「ここは人を呼び、町の者を警戒させよう。

 シェイラ、急ぎ警鐘を――お、おいっ、シェイラ! どこに行くッ!」


 耐えきれなくなったシェイラは、ベルグやカートの静止も振り切り、畑に向かって駆けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ